錆びた手すりにつかまって、傾斜のきつい階段をあがる。ここのアパートの階段はどんなに気を配って足を下ろしてもかんかんと音が鳴る。藤崎は夜遅くに帰宅するときどうしているのだろう。階下の住民に迷惑などかけてないだろうか。
 藤崎とは学部は違えど、同じ大学だった。入学して二月ほどして知ったのだが。社会福祉学部に入学した藤崎と、医学部に入学したボク。オレもお前も人を助けるっつー点においては同じだな、と藤崎の何気ない言葉が今も印象に残っている。たぶん同じことを考えていたに違いない。
 その日から、途絶えていたはずの藤崎との交流が始まった。交流といっても、そんなに頻度が多いわけではない。たまに藤崎のアパートに行って、少し話をして帰る。それだけだ。高校生のころあれほど感じていた対抗心など、今はない。少し気恥ずかしさが残る程度で。
 呼び鈴を鳴らすと、壁が薄いのでこちらにも聞こえる。学校から徒歩五分の距離の近さだけで選んだと胸を張っていたのを思い出す。はいはい、椿よく来たな、と笑う藤崎は、近頃ビデオレターでしか知らない父に似てきたと思う。

「まあ入れよ」
「お邪魔します」
「相変わらずかてえな!お前ここくんの何回目だよ!」
「うるさいな、慣れないんだ」
「なに飲む?」
「……キミと同じのでかまわない」
「お前いっつもそれだよな、言ってくれればなんか別のジュース買ってくんぞ?バイトもしてるし」
「そういうことじゃない」

藤崎はパックのオレンジジュースをコップに注いだあと、もうひとつのコップにもオレンジジュースを注いだ。

「キミも相変わらずオレンジジュースが好きだな」
「ん、あぁ」
「そういえばスケット団のふたりは元気なのか。今は連絡とってないのか?」
「元気だよ。スイッチは工学部でさあ、パソコンで会話は相変わらずなんだけど、あれもひとつのアイデンティティなんだっつって。でもたまに文字に記録する気がない言葉?とかはしゃべるようになった」
「なんだそれは」
「あのパソコン、これまでの会話、っていってもスイッチの言葉だけなんだけど、記録として残るんだよ。んで、残しておきたくない会話?は直接話してるんだ」
「そういうことか。鬼塚は元気か?」
「そりゃあもう!元気すぎてサークルの先輩シバいたってさ。あいつ黙ってりゃけっこうかわいいんだからもうちょっとおしとやかになんねーのかな」

 藤崎はスケット団のことになるとよく笑って、よくしゃべった。いまだに交流があるらしい。来週は鬼塚のバイト先に笛吹とこっそり行くのだとか。少しうらやましくなった。

「んで、お前のほうは?」
「ボクは特に、何も」
「なにも? いやなんかあるだろ。安形にあったとか、デージーにあったとか、ほら」
「生徒会のみんなはちがう学校だ。特に集まる予定もない」
「会いたくねーの?」
「そんなことは」
「じゃあ会おうぜ」
「……どうやって」

 藤崎はこちらに手のひらを向ける。手相?と手のひらを見つめていると痺れを切らした藤崎が、携帯だよ、携帯だせ、と手を何度か振った。

「あ、あぁ。携帯か」
「なんだと思ったんだよ」
「手相かと……」
「お前どっか抜けてるよなあ。賢いのに、たまにすごくバカだよな」
「なっ、バカっていうな」

 そうやってすぐムキになるのも変わってないなあ、と笑いながら慣れた手つきでメールを開く。再会して何度か藤崎宅に行っても、あまり長居しなかったので、こんな話はしたことがなかった。いつも用事の合間に訪れたり、近くを通るついでに寄るだけだった。
 あ、文面、自分で考えるか?と聞かれて首を振った。何を書けばいいのかわからないことを素直に伝えた。

「バカ。なんでもいーんだよ。つばき、みんなに会いたいよーだけでも」
「だからバカっていうな」

 んー、そうだなあ。なんて言いながらも、指は迷うことなく文字を選んでいく。画面には、『旧・現生徒会の皆様。お久しぶりです、お元気ですか。来週からゴールデンウイークに突入することですし、ゴールデンウイークのどこかで集合しませんか?』の文章が並んでいた。

「藤崎、たったこれだけでいいのか?もっと時節の挨拶とか……」
「バッカ!堅苦しいんだよ!これでも堅すぎるくらいなんだよ!じゃあ、ほれ」
「……? なんだ?」
「なんだ? じゃねーよ。送れ」
「藤崎がやったらいいじゃないか。すぐだろう、送信の仕方くらいわかるだろう」
「オレがやったって意味ねーよ。お前が送んねーと。ほれ」
「あ、ありがとう」

 受け取って、藤崎にばれないよう、一度深呼吸してから画面をタップした。送信中の三文字が左隅に表示されて、消えた。
 ふたりで送信されたことを確認する。胸がどきどきしていた。みんなに会えるだろうか。

「ふ、藤崎」
「ん」
「ありがとう」
「いーよ、別に。それよりさ、今度、墓参り行こうぜ」

 藤崎の行動力に感心すると同時に、とてもうらやましく思った。次に会うときにお墓参りへ行く約束をして、藤崎宅をでた。なんだかとてもあたたかい気持ちだった。



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