ふと目が覚めると、窓の外は暗かった。いつから眠っていたんだっけ、記憶が曖昧になっている。
 最近ずっと忙しくてろくに睡眠をとっていなかった。上官から昼から休んでもいいと言われて、申し訳ないと思いながらもすごくほっとして、昼ご飯を食べたあとすぐに部屋に戻って、それから。ぱったりと記憶が途切れているので、きっとすぐに眠ってしまったんだろう。時間はわからないものの、窓の外や自室に入るドアの向こうからもあまり大きな音はしないし、結構夜も更けたのかもしれない。しまったなあと思いながらも寝起きの頭は重たくて、どうにもぼうっとしてしまう。せめて着替えよう。兵士みんなに支給されている茶色いジャケットを脱いで、部屋の壁にかけてあるハンガーに羽織らせた。夕ご飯を食べ損ねてしまったが、何も食べるものはないし。よく眠れたのか目は冴えてしまって、もう一眠りとはいかなそうだ。紅茶でも飲むかなあ、頭をかいたところで、コンコンと扉が叩かれた。時間はわからないが、こんな夜更けに誰だろう。不審に思いながら扉に近寄り、少し控えめな声で「はい」と答えた。向こう側から聞こえたのは、よく聞き慣れた声。

「ナマエ、起きている?」
「ナナバさん? どうしたんですかこんな時間に」

 この人はこんな時間に訪れるなんて非常識なことはしないのに。軽く驚いて、扉に手のひらをぴったりと当てて、先輩兵士であるナナバさんに声をかける。向こうでくすりと小さく笑った気配がして、「お邪魔しても平気かい」とそっとつぶやいた。そのやわらかくて優しい声が、とても好きだ。

「ごめんなさい、今まで寝てて散らかってますけど」
「ううん、こんな時間に来た私が悪いから。というか、ナマエの部屋はいつも散らかってないと思うけど」

 ふわりと歩くたび、ナナバさんのやわらかそうな髪が揺れる。お茶でも淹れてこようかと思ったけど、「夜も遅いしやめておきな」と止められたので、大人しくふたりでベッドに腰かけた。寝起きのままの顔はひどいものだし、寝癖だってついているかもしれない。顔洗えばよかった、と手櫛で髪をときさりげなく鏡で顔を確認する。普段から化粧なんてものはしないけれど、もう少し気を遣うべきだった。女として恥ずかしいなあ。

「特に用事はないんだけどね。ナマエと話をしたくなって」
「……何かありました?」
「ううん、平気だよ。いきなり悪いね」
「気にしないでください、最近みんな忙しいですからね。ナナバさん、結構溜め込むタイプだし、あんまり無理しちゃだめですよ」

 するとナナバさんはじっと私を見つめたあと、少し困ったように眉を寄せて、ふにゃりと笑った。やっぱり何かあったんじゃないんだろうか。でも本人が平気だって言ったのだ、あまり詮索するのもよくない。私には話を聞くことしかできないけど、それでナナバさんが満足ならそれでいい。

 話題なんてぽろぽろといろんなものが出てくる。最近は忙しすぎてみんな殺気立ってる、そういえばまたハンジさんが部屋にこもって4日ぶりに出てきた、そしたらミケさんがあまりのにおいのひどさにハンジさんに近寄らない、なんて話とか。ナナバさんはよくミケさんといるし、最近におい酔いしているよ、なんて聞いて、失礼だけど笑ってしまった。鼻いいからなあ、ミケさん。分隊長という立派な立場にいながらも、ミケさんもハンジさんもとても人当たりがよくて、話しかけにくいなんてことはない。ハンジさんの班にいるモブリットさんはいつも大変そうに走り回っているけど、それもまた楽しそうだなと思う。たしかにこの仕事はしんどいし、つらくて何もかもがいやになることもあるけど、楽しい同僚がいるということだけで私は励むことができるのだ。

「これから先、まだまだ大変なことが続くと思う」
「そうですね。気合い入れていきましょう!」
「……そうだね。ナマエがいるだけで私は頑張れるよ」

 そう言って私の髪を耳にかけてくるものだから、なんだか恥ずかしくなってうつむいてしまう。「た、たまにそういうとこありますよね、ナナバさんて」ごまかすようにそう笑うと、きょとんとしたナナバさんと目が合う。自覚がないのだろうか、なんて恐ろしい。この人が年齢・性別問わず兵士から人気があるのも頷ける。

「じゃあ、そろそろ行くよ。こんな時間に悪かったね」

 しばらくぽつぽつと会話をして、ナナバさんはベッドから腰を上げた。私はまだ目が冴えているし、なんだか名残惜しいなあと思ったけど、あまり引き止めるのも申し訳ないので部屋の入り口の扉を開けた。廊下は等間隔に置かれた灯りが見えるだけで、ほとんど真っ暗だった。足元が見えづらい中だと帰りにくいだろうし、私の部屋のランプを持って行ってくださいと進めると、見えるからと断られた。私、夜目が聞くんだ、なんて言って、本当に何も持たずに出ていくものだから、心配になって送っていくと申し出た。

「夜も遅いんだからナマエは部屋にいて。朝までもう一度眠るといいよ」
「でも私眠たくないし、散歩みたいなものですよ」
「いいから。ほら、おやすみ」

 そっとナナバさんの手のひらが私の頭の上に乗る。するとどうしたのか、冴えていた頭の中がぼんやりとぼやけていく。すうっと眠気がやってきて、気を抜くとまぶたが降りてしまいそうだった。抗うように頭を振って、ナナバさんの袖を握る。

「あ、の、せめて灯りを。転ぶと危ないから」
「ありがとう。でもナマエのほうが危ないよ、足元がふらついているから」

 私の手を取ると、ナナバさんはまた部屋に戻ってきてさっきまで腰かけていたベッドに私をゆっくり横たわらせた。着ていたシャツの上のボタンを、息苦しくないように外してくれて、毛布を掛けて、私の目元に手を添える。そこで私の意識は途絶えた。





 なつかしいゆめをみたなあ。目を開くと同時にそう思った。窓の外からは日の光が降り注いでいて、起きている人も多いのか遠くからにぎやかそうな声や足音が聞こえる。体を起こすと背中が痛んだ。寝すぎたかなあ、と伸びをして、とりあえず顔を洗おうとベッドから降りる。

 あのときはとても忙しくて、あまりまわりのことなんて見えてなかったのかもしれない。あの夜のあとも私は休む暇もなく働いていて、あの人がいなくなったことを知ったのはしばらくあとのことだった。新兵を守って巨人に食われたあの人の話は、もともとの人気も手伝ってまるで勇者の伝記のように兵士たちの間で広まった。私はというといつも通りに働いて、食事をとって、眠って、目覚めるとまた働いて、あの人がいなくなっても全く同じ生活ができることに驚いたし、今となってはそれに慣れてしまっている。ようやく忙しさもほんの少しだけど落ち着いてきて、今日は久しぶりの1日休みだ。何もしないで部屋でだらだらとしていようと思ったけど、そういえばあの人のお墓参りに行っていないなと気付いた。調査兵団の兵士が死ぬ理由としては、当たり前だが巨人に食われることが圧倒的に多い。そのため、遺体が残ることはほとんどなく、墓を作るにしても埋めるものがないし、全員分の墓を作る敷地もないため作ることはめったにない。死んだ者が使っていた部屋に残された遺品などを近しい者がもらったりしている。

 まあお墓がないならしたって仕方ないよなあ。私はあれから一滴も涙を流さなかった。同期も先輩も後輩も、今までたくさんの人が死んできた。何年も兵士をやってきて親しい人がいなくなることには慣れたはずだった。なのにどうして今さらになって視界がにじむんだろう。熱いものが頬を伝う。きっとあんな夢を見たせいだ。あの人の笑顔を久しぶりに見たせいだ。あの人の優しい声も手のひらも、もう届かない。本当は最後までそばにいたかった。


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