クリスタが行きたいと言っていたカフェは、カントリー調でまとめられていてとても落ち着いた雰囲気だった。メニューも豊富で、ランチのほかにはモーニング、プレートもの、サイドメニューとしてドリンクやスイーツが載っている。ライナーやマルコは食べ盛りなので少し物足りない量であったが、料理もおいしかった。グルメ雑誌に載っていた最近オープンしたばかりの店らしい、休日ということもあり、若い女の人が多かった。
 それだけで足りるのかと聞きたくなる量の食事を食べ終えたあと、クリスタとルウはひとつのパンケーキを分けあって食べていた。さすがにひとりで全部食べるのはつらいらしい。ケーキの上にはたっぷりの生クリームと、いちごやブルーベリーで色とりどりに飾られている。

「かわいいね」
「そうだな、かわいいなすごく」
「甘ったるそう」

 ふんわりとした笑顔を浮かべてパンケーキを眺めるクリスタを眺めて頷くライナーは放っておいて、無表情で皿を覗きこむルウの反応ははたして女子としていかがなものか。店員が用意してくれた皿に半分ほどの大きさに切ったケーキと果物をよそって、クリスタから受け取る。一口目にクリームがやまほど乗ったケーキを食べて、しばらく固まったあと果物を次々と口に入れていった。どうやら思った以上に甘さが強かったらしい。セットでついてきた紅茶もぐびぐびと飲んでいる。苦手なら断ればよかったのに、と思ったがそうではないらしく、控えめにクリームを持ったケーキを食べて満足そうにしていた。やはり女の子はこういうものが好きらしい。

「マルコ、このあとどうする」
「なんか面白い洋画知ってる? 帰りDVD借りて帰ろうと思って」

 アイスコーヒーをすするライナーとクリスタが並ぶと、なんだか危ない二人組に見えてくるのは気のせいだろうか。他の客もちらちらとこちらを見てきているし、これは見目のいい友人3人を見ているのかどちらなのかとても疑問である。気付いていないふりをしてマルコはほうじ茶をすすった。洋食だけではなく和食もメニューに含まれていて、どちらかといえば和食派のマルコとしてはとても嬉しい。一時期流行った適当な洋画をピックアップしてもらい、それを脳内にメモする。学校から帰ってきたあとにでも見れるようにしよう。最寄りのレンタルショップの看板を頭に思い浮かべた。

「クリスタたちは何か予定ある?」
「ルウはもう帰るみたいだけど……私はこのあとユミルの家に行くの。本当は今日ユミルもいたんだけど、具合が悪いみたいで」

 大丈夫かなあ、と心配そうに肩を落とすクリスタは本当に友達思いでいい子だ。ライナーは真顔でマルコをじっと見続けている。きっと「クリスタは本当にいい子でかわいいから結婚したい」とかなんとか思っているんだろう。そろそろ自重してほしい。
 そんなクリスタの肩をそっと撫でて「大丈夫だよ」と声をかけた。家で安静にしているのだ、きっと体調はよくなっている。両親も面倒を見てくれているだろうし、心配することはない。そういうと、クリスタは「そうだよね」といって安心したように笑った。やはり彼女はとてもかわいらしくて、人気が出るのもよくわかる。だからライナーはそんなにきつい目で睨まないでほしい。ルウは黙々と盛られたパンケーキを食べ終えて、一息つくようにまた紅茶を飲んでいる。瞳はマルコとクリスタのあいだをきょろきょろとしていた。黙ったままの彼女に気付き、ライナーは何を思ったのかにやにやと意地の悪い笑みを浮かべる。

「なんだルウ、妬いたのか?」

 からかうつもりで聞いたのであろう、楽しそうに聞いている。マルコがたしなめようと口を開くと、ルウは表情を変えることなく「うん」と頷いてみせた。それからまた紅茶を飲み、空になったらしいティーカップをソーサーに戻す。「えっ」「えっ!?」とマルコとクリスタが声を上げたのは仕方がない。しかしクリスタがどことなく楽しそうにしているのはなぜだろう。

「だってクリスタ、私とじゃなくてマルコとばっかり話してるから。ちょっとずるい」
「そっちかよ……」

 砂糖が入っていた細いスティック状の袋を綺麗に結びながらルウは言い、それにライナーはがっかりしたように肩を落とす。正直マルコもそうしたかったが、なんだか期待していた自分が恥ずかしくて、それをごまかすように苦笑した。まさか自分が妬まれていたとは。クリスタも嬉しいようだが複雑なようで、なんともいえない表情である。



 カフェを出て、とりあえず駅を目指すことにした。レンタルショップは最寄り駅から家のあいだにあるのでひとりで行くことにする。駅までの道のりは人が多く、歩道もあまり広くないので離れて歩くとすぐに迷子になりそうだった。なんでも近くの店に有名人が来ているとか、それに加えてバーゲンセールをやっている店があるとかなんとか。先頭をライナーが歩き、そのうしろをマルコとルウ、そのほんの少し斜めうしろにクリスタという形になってしまって、マルコははぐれてしまわないだろうかとはらはらしていた。それはライナーも同じようで、しきりにクリスタのほうを振り返っている。小柄な彼女は、どうしても人に押されて前に進みづらいらしい。少し小走りでルウのうしろを必死についてきている。ルウもそれに気付いているのか、うしろを振り返ってクリスタの手を握った。

「クリスタ、迷わないでね」
「ごめんねルウ、人が多くて」

 ルウのさりげない紳士さに衝撃を受けた。こういう男の子がモテるんだろうなあ、と思ったところで首を激しく横に振る。ルウはれっきとした女子である、失礼なことを思ってしまった。とりあえずふたりがはぐれることはないだろうと判断して、ほっと息をつく。と、いきなり大勢の人がどっと近くの建物から溢れ出てきた。キャーキャーという甲高い声が耳をつく。何事だと目をやると、テレビで見たことのある男性俳優であろう人物が大きなサングラスをかけて店から出てきた。あれ隠れる気あるんだろうか。まわりは若い女性ばかりで、興奮したように手に持った携帯電話で俳優を激写している。「ねえあれ本物かな!?」「わかんないけどそうだよ! やばい写メ写メ!」芸能人も大変だ、しかし彼はその状況を楽しんでいるのか笑みを浮かべながら手を振っている。とりあえずこの場から離れよう、と声をかけようとしてうしろを振り向く。そして気付いた、ルウとクリスタがいない。先ほどの人の量ではぐれてしまったのだ。見渡してみるが、小柄な彼女たちは目立たず、見つけにくい。ずっと前のほうに同じくはぐれたらしいライナーの頭が見えたが、マルコよりうしろを歩いていたふたりがあそこまで行っている可能性は低い。普段なら携帯に電話をかけたりするのだが、マルコはふたりの連絡先を知らなかった。はたしてどうしたものか。とりあえず歩いてきた場所を戻ろう、そう思って足を進めたときに、左手を握られた。いきなりのその感覚に驚き、振り返ってみると、少し息を上げたルウとクリスタがいた。

「ルウ! よかった、どこにいったかと、クリスタも」
「ごめん、人の量に驚いて。立ち止まったらもうマルコもライナーもいなくなってた」
「私が埋もれたせいで歩くのが遅れちゃったの。ごめんね」

 やはり小柄な彼女たちは人の流れに流されやすいらしい。少し考えが足らなかったようだ、ごめんとしきりに謝るふたりに首を横に振ってみせ、前のほうを指さす。

「ライナーはあそこにいるから、とりあえず行こうか」
「うん」

 落ち着いたらしいクリスタと、やはり無言のまま頷くルウの手を引いてライナーのいる場所を目指す。人の量が落ち着いた場所で彼は腕を組んで立っていた。マルコたちを見つけた途端、慌てて駆け寄ってきて「悪かった」と申し訳なさそうに肩を落とした。しかしあの人の量なら仕方がない。大きな体を縮めるライナーがなんだか面白くて笑うと、クリスタも同じように笑い、それでやっとライナーも笑った。



 ライナーは電車に乗らなくても歩いて帰られるといって、マルコたちを駅まで見送ると帰っていった。電車の中はそれなりに人が乗っていて、座るところが見当たらなかった。クリスタとルウを壁際に立たせ、マルコは苦しくならないように彼女たちに向かい合ってスペースを作る。窓から見える景色を見て、クリスタは楽しそうにはしゃいでいた。通学は徒歩だから電車に乗ることがあまりないらしい。3駅ほど進んだあたりで彼女は降車して、満面の笑みを浮かべて手を振りながら見送ってくれた。電車にあまり乗らないということは、改札も慣れていないのではないだろうか。大丈夫かなあと不安に思ったが、もう電車は出発してしまったのでどうしようもない。

「クリスタ、改札通れるかな」

 振っていた手を窓ガラスに添えて、ぽそりとルウがつぶやいた。彼女も同じことを考えていたらしい。どこか心配そうな表情をしたルウに、マルコは「駅員さんとかいるしね……」と曖昧な返事しかすることができなかった。情けない限りである。

「さっき、急に手繋がれるからびっくりした」

 そういえばと思い出してなんとなく口にしてみると、ぱちぱちと瞬きを繰り返したあと、ルウは「ああ」と思い出したように頷いた。

「はぐれたから、繋がせてもらった」
「そう言ってたもんね」
「……もしかして、いやだった」
「あ、そういうわけじゃないんだ。深い意味はなくて」

 そうは言いながらも、初めて触れたルウの手に結構どきどきしていたのだが。いつものように淡々とルウが「そう」と返事をすると、ふたりのあいだには沈黙が流れた。最近ほんの少しだけ慣れてきたその静けさが、なんとなく心地いい。
 そうしていると線路は大きなカーブに入り、うしろのほうに体が傾いた。ふらつきそうになるが足に力を込めて踏ん張って、そばにあった手すりを握って転ぶことは回避する。と、ルウの体がふらりとふらついた。慌てて手すりを握っていないほうの手で彼女の体を支える。足がもつれたルウはマルコの腕をつかみ、体をもたれかけた。

「ごめん、びっくりした」
「大きいカーブだったね、転ばなくてよかったよ」

 そっと体を離すルウに、少し残念だなと思ってしまった。もう少しあのままでもよかったのに。そして自分は何を考えているんだとハッとした。ルウに何を考えていたかバレているわけでもないのに、いたたまれなくなって耳が熱くなる。体は離れたけれどマルコの腕をつかんだ手はそのままで、自分のものと比べるとずいぶん小さく見えるそれが、とても儚いものに見えた。なんともないように装ったけれど、変なところはなかっただろうか。

「うん、マルコのおかげ。ありがとう」

 そういってルウはやわらかく微笑んだ。彼女の笑った顔をこうして真正面から見るのは初めてで、むしろ笑ったところを見たのも初めてだったかもしれない。思わず息を呑んで、言葉を返すことも忘れていた。

「気にしないで」

 やっとそれだけ返して、なんでもないように視線を窓の外に向ける。つかまれた腕はほんのりあたたかい、胸の奥がどことなく苦しくてふわふわしている。しばらく電車に揺られたあと、マルコの家の最寄り駅のいくつか前でルウは下車した。クリスタと同じようにホームに残り、ドア越しに手を振ってくる。ゆっくり電車が出発して、お互いの姿が見えなくなるまで、ずっと手を振り続けた。マルコもルウも、ずっと目を合わせたままだった。ルウの姿が見えなくなったころ、マルコは手を振ることをやめて、自分のものではない体温が残る腕をそっと撫でる。不意に繋がれた手も、衣服越しのぬくもりも、あの笑顔も、すべてがなんだか、ちょっとずるい。

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