しばらくあの雨は止むことはなく、半日登校の日を含め学校は2日間休みになった。その時間は冷静になれと言われているようで、だけどこの悶々とした感情がなくなることはなかった。すっきりしないままマルコは制服を着て、朝ご飯を食べ、支度をして家を出た。あの大雨が嘘のように空は晴れていて、雨上がり特有の空気がそこにはあった。

 別にルウ自身にその感情をぶつけてしまったとか、そんなことは一切していない。なのになぜか彼女と目を合わすことができなくて、授業中も休み時間もあまり顔を見ることができなかった。様子が変と思われたかもしれないけれど、彼女は何があってもわりと淡々としているのでどんなことを思っているのかまったくわからなかった。もしかしてなにも思ってすらないのかも、と考えて地味にへこんだのは内緒である。

 授業もろくに聞くことができなくて散々であった。しかしそれでも時間というものは流れるもので、あっという間に放課後になってしまった。ルウに話しかけてみようと休み時間になるたび意気込んでみたものの、どうも緊張してしまって結局一言も声をかけることができなかったのである。横目でちらちらとルウの表情をうかがっていたのだが、相変わらず感情が読めない。なんだか誰かと一緒に帰る気分にはなれなくて、ジャンから寄り道していこうという誘いを受けたが断ってしまった。ライナーとベルトルトと一緒に帰っていったようだけど、変に思われていないだろうか。深く息をついてリュックを背負い、のんびりと玄関まで歩いていった。少し教室でゆっくりしすぎてしまったようで、生徒用玄関にはあまり人影がなかった。スニーカーに履き替えてまたのんびり景色を楽しみながら家までの道のりを歩いていく。学校から最寄りの駅まで徒歩で10分もかからないくらい。今からこの速度で歩いていけば、ちょうどいい時間に電車が来るだろうか。ブレザーのポケットから携帯を取り出し時間を確認する。そのついでに届いていたメールをチェックして、ため息をつきながらまたポケットにつっこんだ。

 歩きはじめてふと顔を上げると、見慣れたうしろ姿が見えた。あの背格好からすると、きっとあれはルウだ。いつもなら駆け寄って声をかけるだろうけど、やはりどこか気まずい。立ち止まって離れていくルウの姿を見ていると、どこからか猫がやってきて彼女の足にすり寄る。よく見てみると首輪をしているので飼い猫だろうか。嫌がることなくルウはその場にしゃがみ込んで、腹を見せてみせる猫を撫でている。こうなったらもう仕方がない、いつまでもこの場に立ち尽くすわけにもいかないのだ。猫ののどのあたりを指でくすぐるルウの背後に立ち止まり、彼女を覗き込む。ふっとできた影に気付いたらしいルウは顔を上げた。

「マルコ」
「猫好き?」

 隣にしゃがみ込んで同じように猫ののどを撫でる。なんだコイツというような目で見られたが、猫はうっとりと目を閉じてマルコの手を受け入れた。ルウはしばらく黙ったあと、「犬よりは猫かな」と答え、ちょこりと座った猫の背中を何度も撫でる。猫特有のやわらかさはたしかに気持ちがいいし、癒される。
 人懐っこい猫は、しばらくルウとマルコに構ってもらったあと飽きたというふうにそっぽを向き、ひょいと塀に登ってどこかへ行ってしまった。やはり猫は猫である。ふたりで小さく笑ったあと、並んで駅までの道のりを歩いた。もちろんマルコは車道側に回る。昨日までの大雨が嘘のようにからりと晴れて、少し暑いくらいだった。もう6月も半ばを過ぎるころで、梅雨が明ければ夏だなあと空を見上げた。暑いのはあまり得意ではないが、夏特有の濃い水色の空はなんとなく好きだった。夏休みには海に行ったり、夏祭りにいったり、楽しみなことがたくさんある。高校生活最初の夏休み、きっとジャンははしゃぐんだろうなあなんて考えながら。

「マルコ、今日元気がなかったみたいだけど」
「えっ、そうかな」
「大丈夫だった?」

 軽く首を傾げながらそう訊ねるルウは、表情が分かりにくいものの心配してくれているのはとてもよくわかった。しかしマルコが元気がなかった理由は彼女が告白されるところ、いや正しくはされたあとなのだが、その場面を見てしまったショックからだ。それを本人に言えるはずもなく、どうにかごまかそうといろいろと言い訳を考える。しかしもともとあまり嘘をつくのが得意ではないマルコは「あの」「えっと」とはっきりしない言葉を吐くだけで、何か言いにくいことでもあるのだろうなと察したルウは無理に言わなくてもいいとその話題を切り上げた。人間誰しも触れられたくない話題のひとつやふたつ存在するのである。

「そうじゃなくて! いやそうなんだけど、あの、だからね」
「……ちょっと落ち着いてほしい」
「う、うん、ごめん」

 しどろもどろのマルコなんてめずらしい。ルウは少しおもしろいなと失礼な感想を抱きながらも、落ち着くために飲み物でも買おうという話になった。近くにあるコンビニに入って、マルコは清涼飲料水、ルウは紙パックの野菜ジュースを買う。面倒だし一緒に払うよ、とマルコに言われて、ルウはありがたくそれに甘えた。もちろんお金はきちんと渡してある。コンビニから出て、歩いていきながらそれを飲んだ。どうにか落ち着いたマルコは、もうどうなってもいいやと思って素直に答える。

「ルウがこのあいだ、告白されたって言ってたから、なんか落ち着かなくて」
「……なんで?」
「ルウが誰かと付き合うのがいやなんだよ」

 言ってしまった。なんて自分勝手な考えだろう、きっとルウも呆れる。顔に熱が集まるのを感じながら、まだ半分以上中身が残ったペットボトルをべこりとつぶした。案の定ルウは何も言わなくなってしまって、やっぱり言うんじゃなかったかなあと後悔した。ちらりとルウの様子をうかがうとぽかんとした表情をしていて、予想と違ったその顔にマルコもあれ、と少し拍子抜けする。

「……あの人」

 しばらく間をおいて、ルウは視線を前の方に向けたままぽつりとつぶやいた。うん、と小さく返事をして、言葉の続きを待つ。手に持った野菜ジュースを一口すすって、ルウはいつもより小さな声で話し始めた。

「あの人、映画見に行った日に私とマルコが手を繋いでたのを見てたらしくて」
「え、うん」

 思い出してまた顔が熱くなった。あのときはなんとも思わなかったけど、今考えるとなかなか大胆なことをしたものだ。心の準備がしたいけれどルウの話を邪魔したくないので大人しく聞くことにする。

「他の男といてほしくないって言われて、マルコと仲良くできなくなるのがいやだった」

 そしてまたルウはジュースをすすった。いやだったって、それはいったいどういう意味でだろう。思わず足を止めてルウを凝視してしまう。立ち止まったマルコに気付いたルウも立ち止まった。今まで少し期待してしまうようなことを言われたことは何度もあったけれど、ルウは何を考えているかわからない表情を保っていた。なのに今回はどうしたのだろう、少し眉根は寄っているし、何かを堪えるように唇を噛みしめている。自分の自惚れじゃないと思ってもいいのだろうか。握っていたペットボトルを背負っているリュックの中に詰め込んで、ひとつ深呼吸。

「……ねえルウ、手、繋いでもいいかな」

 そういって手のひらを差し出すと、ルウは軽く目を見開いた。マルコの顔と手を何度か見比べて、そして自分の手をマルコのそれと重ねる。自分のものと比べるとずっと小さくて細い手を大事そうに握って、マルコはまた足を動かし始めた。ルウも何かを言うことなく、大人しく足を進める。しばらく歩いたところで、握った手に力がこもったのを感じて、マルコはほんの少し涙が出そうになった。

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