「お前のそのえらそうな顔が嫌いだ!」
「あんたのその生意気な態度が気に食わない」

 バチバチと火花を飛ばす勢いで睨み合って、同時にフンッとそっぽを向く。そして違う方向まで歩いて行ってしまうまでが、コニーとナマエの日課だった。日課というか、それほどこのふたりの仲は悪かった。何がふたりをそこまでさせるんだというくらいに徹底的にお互いを敵視していた。きっかけと言えるようなものがあったわけではなく、ふたり曰く、「本能が無理と言っている」らしい。野性的な感覚でものを言うなと言ってやりたくなる発言である。

「またかナマエ、いい加減そのきつい態度を少し改める気には」
「ならないからえらそうに兄貴面するのはやめてくれる、ライナー」

 胸クソ悪いわ、と眉間にしわを寄せて下から睨みつけてくるナマエに、ライナーは溜め息をついた。同じ104期訓練兵としてともに訓練に励んでいるナマエは、どうしてか態度がきつい。もともと強気な性格らしく、言いたいことは遠慮なくバッサリ言うし、だから腹が立ったりしていると暴言を吐かれたりもする。本当に女子か、と言いたくなることを言われた男子もいるらしい。同性相手ならわりと落ち着いた態度で言葉を交わしたりしているのだが、どうもあまり異性が得意ではないようだ。あの茶色い猫目の瞳を向けられると、少し怖気づいてしまうことがあるのも事実である。
 そんな彼女は以前、体の大きなライナーやベルトルトはなんだか怖くて苦手だと言っていたらしい。人づてに聞いた話なので真偽はわからないが、それが本当なのだとしたら、男子の中では特に小柄なコニーを嫌う理由がさっぱりわからない。それを聞いてみたいのだが、歩み寄ろうとすると睨まれてきつく当たられて終わってしまうのである。コニーも言いすぎてしまったと思って謝ろうとすると「近寄らないでこのチビ」と言われたことがあったらしく、それから余計に仲がこじれているようだし、何とかしてやりたいと思っているのだが、これはきっと余計なお世話というやつなんだろうなあとライナーはまた溜め息をついた。


 * * *


 最悪だ。ナマエはその感情をそのまま顔に表した。正面に立つコニーもわかりやすくいやそうな顔をしている。立体機動の訓練、今日のメニューはペアを組んでサポートをどれだけうまくやれるかというものだった。こういうペアや班のメンバーは基本的に教官が能力や適性を考慮して振り分けているのだが、このときばかりは教官を恨んだ。何でよりによってこのチビ。わざと大きく溜め息をつくと、コニーが「足引っ張んなよ」とえらそうに言ってきた。

「なんであんたにそんなこと言われなきゃいけないの」
「ペアだからだよ! お前が下手したら俺だって減点なんだよ!」
「あんたの点数とか心底どうでもいい」

 フンと鼻を鳴らしてぎゃんぎゃんとなにやら声を荒げているコニーを無視しながら立体機動のチェックをしていると、厳つい顔の教官が指示を出し始める。何組かのペアが一気にアンカーを発射して、木の間をすいすいと飛んでいった。太もものベルトの長さを調節する。ナマエと同じタイミングで出発するのは、ライナーやユミル、エレンといった成績上位の者ばかりだ。何でこのメンバーの中に自分が混ざらなければならないのだ、上手い下手が露骨に出るじゃないか。もうそれだけでナマエのやる気はだだ下がりである。ただでさえ立体機動がそんなに得意ではないのに、扱いがうまいものばかりまわりにいると自分のみじめさが浮き立つ。教官恨む、と声に出さずにつぶやいた。

「次の4組、行け!」

 鋭い声が響く。スナップブレードのグリップを強く握って、息を深く吸い込む。ひとりふたりと飛び立ったあと、ナマエもトリガーを引いてワイヤーを射出し、木の幹に突き刺した。景色がぐんぐんとうしろに流れていく。視界の右端に、小柄な坊主頭が見えた。座学の成績がよくなくても、立体機動は得意らしいコニーは素早く木の間を飛んでいく。負けてたまるかとナマエもガスを吹かした。しかし何が悪いのかどうしても他の訓練兵たちについていけず、ナマエは少し遅れていた。やはり立体機動は苦手だ、兵士として一番扱えなければいけないものだが、どうしても上達できない。それがまた悔しくて唇を噛みしめた。パシュ、と右のワイヤーを射出して左のワイヤーを幹から引き抜く。するとガクンと体が大きく揺れた。

「おいナマエ!!」

 驚きと焦りを混ぜたような表情のコニーに名前を呼ばれた。それで我に返って慌てて巻き取っていた左のワイヤーを近くの木に刺し、何とか地面に体を強かに打ち付けることは回避できた。地面まではあと数メートルというあたりで、もう少し遅ければ大怪我をしていただろう。そうなれば訓練に参加できなくなるし、下手をすれば開拓地行きだ。ナマエはほっと胸を撫で下ろす。

「ナマエ、大丈夫か!?」

 何が悪かったのだろうと立体機動を確認するために地面に降り立つと、ライナーとコニーが降りてきた。ユミルが木の枝に立ちながら呆れた表情でこちらを見下ろしているのは、きっとライナーとペアだからだろう。ペアを放っていくわけにもいかないからだ。

「どうしたんだいったい」
「アンカーが壊れてる」

 ワイヤーの先を手に取って見てみると、鉤の部分が変形してしまっていた。このせいできっとうまく刺さらなかったのだろう。体を丸ごと預ける立体機動を使用する前には故障部分がないか確認する必要があるのだが、それを怠っていたようだ。たしかに鉤の部分はあまり見ていない。自らの認識の甘さが原因である。舌打ちをしたくなるのを何とか堪えた。先ほども言っていたように、ペアを組んでの訓練は自分だけではなく相手の点数にも反映される。教官には確実にバレているだろうし、きっとコニーにも何か言われる。始まる前にあれだけえらそうなことを言っておいてこのざまだ。

「怪我はしてねーのかよ」

 何を言われても今回は堪えようと決意したナマエに、コニーはいつもより少しだけ優しくそう訊ねた。何だこのコニー気持ち悪い。さすがにこのタイミングでそんなことを言うのはまずいなと考え、無言で首を縦に振る。

「ならいいんじゃねえの。まあ教官には怒られるけどな。立体機動使えないなら歩いてゴールまで来いよ」
「……言われなくったって」
「その強情な態度を」
「うるさいわね、心配してくれるのはありがたいけど説教するならあっち行ってちょうだい」

 少し改める気には、と続けようとしていたらしいライナーはナマエに睨まれて大人しく口を閉ざした。 こいつ読心術でも持ってるのか。コニーとまた飛び立つと、離れたところで見ていたユミルが「お前ら結構気合うんじゃねえの」と言ってきて、コニーが「んなわけあるか」と吐き捨てた。下を見るとナマエが走ってゴールを目指している。


 * * *


 案の定教官にはお叱りを受け、今晩の夕食は抜きになってしまった。自分だけならまだいいものを、ペアを組んでいたコニーも、だ。普段いがみ合っている相手とはいえ、自分のせいで食事抜きになってしまったということに罪悪感がナマエを襲う。サシャにものすごく腹の立つ顔でパンを頬張るところを見せつけられるのはごめんだと、ナマエはあえて食堂にはいかず、宿舎からも出て外をぶらぶらと歩いていた。食堂のほうからは賑やかな話し声が漏れている。昼間は訓練兵たちの声でにぎやかな運動地も、今となっては静まり返っていた。今夜は月が綺麗で、星もたくさん空に見える。運動地が見渡せるところで腰を下ろし、膝を抱えて座った。コニーは怒っているだろうか、いやきっと怒っている。ただでさえ普段から満足に食事をお腹いっぱい食べられることがないのだ、とばっちりで食事抜きなんてナマエだったら怒っていると思う。明日顔を合わしづらいなあと溜め息をつくと、背後からザリと砂を踏む音が聞こえた。

「お前こんなとこで何してんだよ」
「……な、にって、そっちこそなんで外にいるの」

 びっくりして振り向くと立っていたのはコニーだった。彼もサシャに食事風景を見せつけられるのがいやだったらしい。コニーは少し離れた場所に同じように座った。気まずい。何で座るのよ、とナマエは下唇を噛んだ。謝らなければいけないと思いながらも、普段あれだけ言い合いをしている相手だ、素直にそうするのもなんとなく癪である。

「アンカー直ったのか?」
「……なんとか」
「ふーん。怪我ねえんだろ、よかったんじゃね」

 ずっと遠くの空を眺めながら、素っ気なくそう言うコニーがなんだか大人に見えた。自分のことが嫌いだろうに、こうして心配してくれている事実に、ナマエは変に意地を張っていたことが恥ずかしくなる。コニーから視線を外して、足元の土をじっと見つめる。

「今日のは私が悪かったわ。……ごめんなさい」

 勇気を振り絞って謝った。謝れた、謝れたぞ! とひとりで感動しているが、コニーから何の反応も返ってこない。無視かこの野郎と思ってまた視線をコニーに移すと、彼は目をぱちくりと開いてナマエを見つめていた。その目に少しどきりとしてしまう。それをごまかすように「な、なによ」とえらそうに言ってしまった。ああもう私ってやつは!

「お前、謝るとかできたんだな」
「どういう意味よ!」

 ぽかんとした表情のまますこぶる失礼なことを言うコニーに、思わずナマエは噛みついてしまった。我ながらかわいくないが、これは怒っても仕方がないと思う。チビのくせに、とは言わないがそう心の中で呟きながら、ナマエは爪先で地面の土をいじった。コニーは悪びれた様子もなく「わりーわりー」と笑っている。彼がこうして無邪気な笑顔を向けてくれるのは初めてかもしれない、とナマエは少し照れくさくなった。

「素直にしてたら結構かわいいのに、もったいねーなー」
「はっ……」

 そしてこの爆弾である。もしかしてこいつ相当なたらしだったりするのだろうか。かわいいとかそういうことを言われたのが初めてで、ナマエは口を間抜けに開いたまま動かなくなる。胸のあたりがくすぐったくて仕方がない。普通の女子なら嬉しいという感情だと気付くのだろうが、あまり男子と話をしないためそういうことにとんと疎いナマエは何と表現すればいいのかさっぱりわからなかった。ただコニーの顔を見るのがものすごく恥ずかしくて、顔を上げることができなくなってしまった。そんなナマエのことなど知る由もなく、コニーは「星すげー見えるなー。なああれって何座とかわかるか?」と空に興味を向けていた。

「知らない、オリオン座とかじゃないの」
「オリオン座って今の時期なのか?」
「知らないってば、あとで調べてみなさいよ」
「なんだそれ」

 はは、と隣から笑い声が聞こえて、ついナマエはそちらに視線を向けてしまった。またコニーは楽しそうに笑っていて、今度は顔が熱くなった。これはもうだめだ、何がって聞かれてもわからないけどだめだ。ナマエは勢いよく立ち上がると、「寝る、おやすみ!」とほとんど叫びながら言い残し、少し駆け足で女子宿舎の方へ向かって言った。残されたコニーはなんだあいつというふうに首を傾げ、また空を見上げる。北極星がよく見える夜のことだ。
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