電話も出ない、メールも返さない。さらにはラインも送ってみたけど既読無視。ほー、いい度胸だこの野郎。何をそんな拗ねてるのか知らないけど、お姉さんにそんなことをしたら逆効果だって、この十数年で何で覚えないのかな。あ、バカだからか。仕方ないか。



 いつも昼休みになると自動販売機までやってきてぐんぐんヨーグルを買って飲んでいるのは知っている。急いで昼ご飯をかきこんで用事があるからと友人に断わって教室を出た。中庭が見える場所に設置された自動販売機の前には案の定見慣れた人影が見えて、大声で名前を呼んで駆け出したくなる衝動をぐっと堪えてゆっくりと一歩ずつ足を踏み出す。ボタンを押して取り出し口から紙パック飲料を取り、ストローをぷすりと刺したところで膝かっくんをお見舞いしてやった。「うおっ」と驚いたらしい彼は思わず手に力を込めてしまったらしく、少しヨーグルトがこぼれていた。チッと舌打ちをして振り向いた彼の顔には、しまったという表情が浮かんでいる。

「おはよう飛雄くん、既読無視なんていい度胸じゃないの」
「ウゲッ、ナマエサン……」
「その呼び方やめてってば、他人行儀で嫌い」

 腰に手を当てて呆れたようにため息をついてやると、複雑そうな表情になって「すんません」と謝られた。敬語もやめろとあれほど言ったのに、中学に上がってしばらくしてから幼馴染のふたつ年下の彼はナマエに対してどこか距離を取るようになってしまった。そのくらいの年ごろになると先輩後輩の上下関係に敏感になるのはわからないでもないが、ナマエとしては別に同じ部活に入っているわけでもないし、小さいころからの付き合いなのでそのままでいてほしかった。しかしやはり運動部員はそういうことは特に気にするらしい、何度言っても「ナマエ姉ちゃん」という呼び方には戻してくれなかったし、雑だとはいえ敬語も使うようになった。
 ズコーとストローをくわえてヨーグルトを飲む影山をじっと睨みつける。気まずそうにちらちらと視線を逸らす彼はどうしてナマエが怒っているのか見当がついているらしい。

「どうして電話出てくれなかったの」
「……気付かなかったんです」
「メールも送った」
「見てないっす」
「ラインは見てたでしょ」
「…………」
「無言は肯定と同じだよ、このバカ」

 とうとう視線を合わせなくなった。わかりやすい反応に怒っているのもバカらしくなって、力を抜くように大きく息を吐くと、さらに怒ったと勘違いしたらしい影山がびくりと肩を揺らす。どこかのクラスの生徒が飲み物を買いに来たので邪魔にならないようにふたりで端に寄り、改めて正面で向かい合った。

「負けたらしいね」
「……」
「青葉城西だっけ? 同期とか先輩いっぱいいたでしょ」
「……まあ」
「……負けたにしろ勝ったにしろ、私は飛雄くんから直接結果を聞きたかったよ」

 練習試合は特になかったものの、公式試合の結果は必ず影山自身から報告されていたのだ、彼がバレーを始めた小学生のころから。インターハイ頑張ってね、無理はしちゃいやだよと送り出したのは何日前の話だろうか。照れ隠しなのか口をへの字にして「ん」と頷いた彼をたしかにナマエは見た。1回戦、2回戦ともに素っ気ない文面がラインで送られてきて、そうして3回戦。そろそろ終わったころかな、という時間をすぎても携帯が通知音を鳴らすこともなく、夕方になって、夜になって、日付が変わって、朝になって。おかしい、と思って電話をかけてみてもむなしく機械音が響くだけだった。

「ご丁寧に菅原くんが教えてくれたんだから。影山から聞いたかもしれないけどって」
「えっ、同じクラスだったのか」
「今そんなことどうでもいい」

 怒ってないし怒らないから、どうして報告してくれなかったのか教えて。まっすぐに影山の瞳を見据えて静かにそう言うと、彼はぐっとつまったような表情になって、そのあと諦めたようにため息をついた。空になった紙パックを近くのゴミ箱に投げ捨てて、首のうしろのあたりをガリガリとかきながら「あー……」と唸る。

「ダサかった、から」
「はあ!? じゃあ飛雄くん、今まで自分と試合してきて負けた相手校のことダセーって思ってんの!? 答えによっては張り倒すけど!」
「ちげーよ!! ていうか怒らないんじゃなかったのかよ!」

 大声で最低だよ! というと、それ以上の声量で再度否定された。話は最後まで聞け、と軽く叱られる始末。

「ナマエサンに負けたって言って、ダサいって思われたくなかったんだよ」
「な、いや待ってよ、私今までそんなこと言ったことないじゃん」
「今回初めて言われるかもしれないだろ」
「公式試合で負けるなんて初めてじゃないでしょ! なんでそんなバカみたいな発想にいくのバカ! だから白鳥沢にも行けなかったんでしょ!」
「それとこれと関係ねーよ!!」
「飛雄くんは私がそんなことで軽蔑する人間だと思ってたんだ」

 悔しい。下唇を噛みしめて、こぼれそうになる罵詈雑言を堪えた。バカだ間抜けだポンコツだと言ってやりたかったが、それ以上にそんな人間だと思われていたことが悔しかった。スカートのすそをぎゅっと握りしめる。しまったというような顔をした影山は泣きそうな表情のナマエにどんな言葉をかけたらいいのかわからず、背中にいやな汗が流れた。こんな場面には慣れていないのだ、勘弁してほしいというのが正直な意見である。

「思ってない、俺の勝手な妄想だった、ごめん」
「感情がこもってないやり直し」
「んだよ泣いてねえじゃねえか!」
「泣いてるっていうのも飛雄くんの勝手な妄想ですうー」

 ぷいっとそっぽを向いたナマエにイラッとしたものの、たしかに涙は流していないし、泣きそうな表情をしていただけだから間違ってはいない。ボゲェと言いたくなるのをぐっと堪えた。彼女は同じ男子バレー部に所属するチビではないのだ。

「中学のときの飛雄くんのプレーも知ってるから、今の飛雄くんがどれだけ変わったかちゃんとわかってるよ。もちろんいい意味でね」
「そりゃどうも」
「あーもうやだかわいくない」
「男にかわいいもなにもねえよ」

 もう今となってはナマエよりずっと背が高いのだ。年齢はいつまでも追いつけないけれど、さすがにかわいいと言われる年頃じゃないし、いい加減子供扱いはやめてほしい。ころりと機嫌がよくなってふふ、と小さく笑ったナマエは昔よりずっと大人っぽくなった。

「青葉城西に行っても白鳥沢に行っても今の飛雄くんにはなれなかったんだから、烏野に来てよかったね」
「……まあ、それは、まあ」
「素直で気持ち悪い」
「アア!?」

 いつの間にか敬語が取れているのには気付いてないんだろうなあ、とナマエはまたおかしくなってくすくすと笑った。インターハイが終わっても、これからまだまだたくさんの公式試合がある。まだ来年も、再来年もインターハイはあるのだ。自分はもうすぐ卒業してしまうけど、影山にとっては始まったばかりの高校生活だ、たくさんの可能性がある。
 気持ち悪いと言われて悔しそうに顔をゆがめる影山に「今度既読無視したらもう飛雄くんとは話さない」と言うと、「えっ」と声を上げて固まってしまった。冗談のつもりで言ったのだが、そこそこショックだったらしい。うそだよーとでも言ってやればよかったのだろうが、少し面白かったので何も言わないでおいた。

「これに懲りたんならもうしないでしょ」
「……気を付ける」
「仏頂面ブス」
「悪かったな!」

 頭が悪いくせにちょっとしたことを難しく考えてしまうからよくないのだ。昔からそういうところあるよなあ飛雄くん、とにまにましていると「にやけ顔ブス」と言われた。年頃の女子にブスとは何事だろう、デリカシーがないとすねを思いっきり蹴っ飛ばしてやるとギャッと悲鳴を上げたあと涙目で睨まれた。ふん、身から出た錆とはこういうことである。




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