「ホラー映像大放出! 世界で一番怖い夜ー!」

 どんどんぱふぱふー! と言いながら、DVDを掲げているのはユミルだ。もうなんかタイトルからして嫌な予感しかしない。なんだ世界で一番怖い夜って。今昼だよ。
 何やら悪戯を企んだ子供のような顔をしたユミルが、私たちを連れてきたのは視聴覚室だった。この教室には大きいテレビがあって、ごくごくたまに授業をしないでここでDVDを見せてくれる先生がいたりする。レコーダーの使い方だって一般家庭にあるものと同じだし、生徒でも簡単に使うことができるのだ。しかしこの視聴覚室、普段は鍵がかかっている。私用のために鍵を貸してもらえるとは思えないし、いったいどうやって手に入れたんだろうか。
 青い顔をしてやめようよ、と不安そうな声色で言うクリスタにかわいいとでれでれするユミル。いやもうクリスタがかわいいのは知ってるから。わかってるから。この状況を説明してくれ。

「見りゃわかんだろ、今からここでホラー番組観賞会だ」

 DVDをレコーダーにセットしながらそうのたまったユミル。ああーやっぱりなあ、と諦めた表情になったのはマルコとアルミンで、ヒッと情けなく声を引きつらせたのはサシャを筆頭にエレン、コニー、ジャンとベルトルト。ライナーも声こそ上げなかったものの、顔は青ざめているし握られた拳はぶるぶると震えていた。その隣でアニは呆れたようにため息をついている。彼女もミカサも、あまり表情がかわらないから何とも言えないが、平気そうな顔だ。クリスタはユミルのカッターシャツをぎゅうっと握ったまま離さない。まだ何も始まっていないのにユミルの背中に隠れる徹底っぷりだ。

「ユミルはクリスタを怖い目に遭わせて何がしたいんだろう」
「ただ単に怖がったクリスタに抱きつかれたいだけだと思うよ」

 そこらへんから椅子を寄せ集めて、テレビの前に並べる。マルコがこぼした疑問に迷わずそう答えると、「なるほどなあ」と感心した表情で頷かれた。そこ頷いちゃったらクリスタが不憫でならない。
 隙間ができないくらいみちみちにつめるみんなを見て、思わず笑ってしまいそうだった。空気読めと怒られるだろうから唇を噛んで何とか堪える。
 テレビの真正面の椅子にクリスタと並んで座ったユミル。リモコンをその長い指で操作し、おどろおどろしい画面を表示させた。もうやだあ、とクリスタが震えた声で言った。教室は日光が入らないように遮光のきいた真っ黒のカーテンがかけられていて、もちろんそれもすべて閉まっている。電気もつけていないから、視聴覚室はほんの少しの日光と、テレビの光しかなかった。
 私は別にこういう系統のものは苦手ではないし、むしろ好んでよく見ていた。たぶんこの録画された番組も見たことがあるだろうけど、ユミルはきっとこの部屋から出ることを許してはくれないだろうし、仕方なく近くにあった椅子に腰かけた。一番後ろの席で隣がライナー。前のほうではエレンがミカサ、ジャンがマルコのシャツをぎゅっと握ってビビりまくってるのがよくわかる。ていうかあんたら情けないと思わないのか。ミカサはエレンの手を握って「大丈夫、エレンは私が守る」とものすごく真剣な顔をして言っていた。いやただのホラー番組なんですけど。

「あ、これ見たことないかも」
「お前、こういう番組苦手じゃないのか」
「むしろよく見る方だけど」
「そうか……」

 CMが明けて低い声のナレーションとともに最初の恐怖映像が流れる。見逃していたことが少し悔しくて思わずそう呟くと、隣のライナーはいつもと違って弱々しい声で私に問いかけてきた。元気がないけどどうかしたのかなんて聞くまでもない。やっぱり彼もこういう系統のものが得意ではないらしい。顔色ヤバイんだけど。息してる? と聞くとハッとしたようにライナーは呼吸を始めた。息止めてどうするんだよ……。
 肝試しに近所の廃墟に入ってみると、という至って平凡なシチュエーションのもの。やはり想像した通り画面の端に人影が映りこんでいて、そこでスタジオにいるゲストのやけに大袈裟な悲鳴が上がった。私はその恐怖映像より、悲鳴にびっくりして肩が跳ねた。ガタリと少し椅子が鳴って、近くに座るサシャに「ナマエったら怖いんですか? なんなら私が抱き着いててあげますけど」とにやにやと笑いながら言われた。そんな足ガクガクさせて震えた声で言われたって心強くもなんともないわ。

 車を運転していたらミラーに髪の長い不気味な女の人が映っていたとか、森の中で白い人影を見たとか、ありきたりすぎる恐怖映像がしばらく流れる。あんまり怖くないなあとあくびをかみ殺していると、スタジオにいるゲストの紹介に入り、今度は廃校になった小学校に夜侵入して、七不思議を確かめるという企画に変わった。これあと何分くらいあるんだろう。もう飽きたな。やっぱりこういう番組って同じような企画とか映像ばかりで面白くない。理科室にある人体模型が動くかどうかとか果てしなくどうでもいいし動くわけないし。それでもテレビ画面に映るタレントは大袈裟にキャーキャーと叫んで怖がっている。なんか無駄に叫びすぎて演技くさく見えるのは私だけだろうか。
 電気の点いていない理科室に入った途端、蛍光灯がチカチカッと少し妙な光り方をした。おおなんだかそれっぽいぞ。キャーとロケに行った若い女性タレントが悲鳴を上げて理科室から走って出て行ってしまった。そのとき廊下の向こう側でなにやら人影らしきものがふっと横切りまたそこで悲鳴。そのタイミングでクリスタも「きゃーっ!!」なんてかわいらしい悲鳴を上げてユミルに抱きついた。理想的な女の子の反応である。ユミルも思惑どおりクリスタに抱きつかれてさぞご満悦だろう。成績はいいのにバカなんじゃないか。

「ななななななんですかコニー今の! 誰かいましたよ!!」
「ばっ、バカおまえ、あんなもんスタッフとかが演出でやってんだよバカ」
「おれもう今日風呂入れない……」
「大丈夫エレン、私と一緒に入れば何も怖くない」
「入るわけねーだろ」
「クソがてめえ……ミカサと一緒に風呂なんて入ったら命はないと思えよ……」
「ジャン、声が震えてるけど」
「武者震いだ」
「相当無理がある」

 コニーとサシャは怖いのをごまかすようにずっと大声を出している。コニーに至っては見栄を張っているのかちょっと平気そうな顔をして余裕ぶっているけど顔青いよ大丈夫? まったくテレビに映る映像を見ることなく怯えるエレンを見続けるミカサをアルミンは止めないし、ジャンは半泣きになりながらもエレンに喧嘩を売ることは忘れないし、マルコの冷静なつっこみに思わず吹き出しそうになった。無言でひたすらじっとテレビを見るアニの隣でベルトルトは大きな体を丸めて抱え込んだ膝のあいだに顔を伏せていた。なんだよその小動物的な感じは。しかもなんでちょっとアニのシャツ握ってるんだよなんなんだよそのギャップ。よかったねさらに人気が出るよきっと。

「ナマエ、ナマエ……」

 隣から聞こえた声は今まで以上に弱々しかった。泣き出してしまうのかと思うくらい細い声に若干驚きながら視線を移すと、暗闇の中でもわかるくらいライナーの顔は情けないものだった。こ、ここで笑うと私相当最低な人間だよね。太ももの肉をつねりながらごく普通に「どうかしたの」と首を傾げてみせると、左手をそっと私のほうに差し出すライナー。じっとその大きな手のひらを見つめていると、優しく右手を握られた。

「悪い、手、握ってていいか」

 そう言った声はとっても静かで、きっとみんなに情けないと思われたくないんだろうなあとわかっていながらも、ほんの少しだけときめいてしまった。こんなシチュエーションじゃなかったらもしかしたらライナーのこと好きになってたかもしれない。いやならいいから、と握る力を緩めるものだから、私から指を絡めて力を込めてやった。ぱちぱちと瞬きをするライナーの間抜けな表情に笑ってしまって、繋いでいない方の手を口元に寄せてしーっと内緒話のポーズをする。ライナーは何度もうなずいて、それからまた「悪い」と言って左手に力を込めた。こんなことで怖さが和らぐなら、いつだって頼ってくれてもいいのだよ、ふふん。

「貴様ら、何をやっている」

 なんて優越感に浸っていたところで視聴覚室の扉が勢いよく開かれた。それがちょうど件の人体模型が倒れるタイミングとかぶっていたものだからギャアアアーッ!!! と今までにないくらいの大きな悲鳴が上がって、さらに逆光になってキース先生の顔がいつもの倍以上の迫力になっていたものだからそれにもみんなビビッてしまって、2度目の大きな悲鳴が上がったのであった。


 * * *


「無断で鍵を持ち出した上にモニターを使用するとは言語道断だ」

 ワー先生すっごい怖い顔してますね。なんて言えるほど私の神経は図太くない。生徒や教員がよく通る渡り廊下で私たちは並んで正座をする羽目になった。床が痛い。ひざがごりごりいってるんだけど。しばらく私たちを見下ろして小言を言い続けたキース先生は、もう足が限界だというころに原稿用紙をくださった。ひとり最低5枚の反省文を書いてくるか1ヶ月職員トイレの掃除か選べと言われ、私たちは迷わず反省文を選んだ。ユミルが「反省文とかマジであるのな。クソだるい」と言っていたが事の発端はお前だお前。真面目なクリスタに叱られながらちゃんと5枚書いて提出したあたりえらいとは思うけど。
 みんなわりと反省したような表情で黙々と反省文を書いていたが、ジャンがいつまでたっても「俺は無理矢理つれていかれただけだ」みたいなことをぶつぶつと言うものだからイラッとしてつい脛を思いっきり蹴ってしまった。ちょっと足が滑って。一貫して無言でいたアニはつまらなそうな表情をしながらもなんだかんだ番組を楽しんでいたようで、眉間にしわを寄せながら「続きが気になって仕方がない」というものだから、私がユミルからDVDを借りて今度一緒に見ることになった。なんなら私のコレクションを貸してあげたい。

「もうあんな映像は懲り懲りだ」

 いつもどおりの表情に戻ったライナーのセリフに笑ってしまった。怖いものが苦手にもほどがあるわ。自販機で買った紙パックに入ったりんごジュースを音を立ててすすると行儀が悪いぞと叱られた。立派な体格も手伝って、そんなことを言うライナーは父親のようだった。

「ありきたりすぎて全然面白くなかったけどね」
「お前は見慣れてるからだろ……」
「私のホラーコレクション貸してあげるよ、慣れるまで見てみなって」
「遠慮しておく」

 頑なな返事にそこまでかよと呆れた。廊下の窓からは特に面白味もないいつも見る街並みが広がっている。自転車に乗っているお年寄りとか、小さな子供を連れた若い母親とか、意味もなくライナーと並んで眺める。反省文は特に反省してないしなあと思いながらなんとか書き終えた。でもそれは締め切りを2日ほどすぎてからの話であって、提出しにキース先生のところに行くと「いらんことをしておいてさらに期限も守れんのか貴様は」と頭に拳骨を食らった。理不尽にもほどがある。なんだかんだみんな締め切り前に提出していたというのも悔しい。私だけかよ。

「最近のテレビは面白くないから、ネットで見かけた話でも教えてあげようか」
「いらん」
「わりと怖いし面白いよ。おすすめは夜の11時すぎたあたりにひとりで読むことかな」
「いらん!」

 スマホを取り出しておすすめのサイトを開いて見せてあげるとバッと顔を背けられた。何その反応へこむーうそだけど。こっちを見ようとしないライナーの肩をつついてみても無言で首を振るだけで、まったく視線をこちらに寄越さない。おもしろくないなあ。たしかにこういう話が載ったサイトって黒い背景に白文字もしくは赤文字で雰囲気がアレだけどさ。真夜中に出るという噂の山に行ってきたという人が書いた記事をスライドして読み進め、雰囲気がある写真があるのを発見する。それを確認してからライナーに1歩近付き、あのときと同じように左手をそっと握ってやった。りんごジュースは窓のふちに置いてある。びっくりしたようにこっちを向いたライナーの顔の前にスマホをよせてやると、引きつった悲鳴らしきものが口からこぼれた。油断した油断した!

「どう? どう?」
「……寿命が縮まった……」
「大丈夫だよこれくらいで死なないから。あ、URL送っとく」
「いらん……」
「見るときはまた手繋いでてあげるから」

 ね、と目を合わせて繋いだ手に軽く力を込めると、しばらく迷ったように視線をうろつかせて、それからまた私と目を合わせて、逸らして、唸って、そうして溜め息をついて「お前にはかなわない」と言った。やった、大勝利である。
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