縁側に座って、ぼうっと庭の植物とか、空の青さとか、そんなものを眺めるのがすきだ。そうしているといつもハルくんとかマコちゃんに「間抜けな顔」と言われてしまうのだけど、そんなに変な顔はしてないと思う。たしかに口は知らない間に開いてるけどさ。

「昔はお父さんにティッシュ詰められたな……」
「そこまでされたのに直らなかったの?」
「うるせー!」

 口呼吸はあんまりよくないんだって、ってどうでもいいわそんなこと。朝もそうしていたというのにまたハルくんはお風呂の湯船に水を張って、それに浸かり出してからそろそろ半時間たっただろうか。どうして風邪をひかないのか私はとても疑問である。グラスの中の、麦茶にひたった氷ががらりと音を立てて崩れる。少しつゆが浮かんだグラスをそっと撫でて、私は膝を抱えた。野良猫がいつものように好き勝手に家の敷地内に入ってきて、にゃーとひと鳴きして私たちの目の前を通り過ぎていく。半分くらいまで減った麦茶の入ったグラスをまたお盆の上に置いて、マコちゃんは空を見上げた。するとぱたぱたと地面に何かが落ちてくる。土は水玉模様に色を変えて、ぱたぱたぱたぱた、落ちてきたのは雨粒だった。庭の木の葉っぱも雨粒に触れるたび揺れて、地面はあっという間に全体の色を変えてしまった。大慌てで私とマコちゃんは立ち上がって、お風呂場にいるハルくんに声をかける。

「ハルくん雨! 雨降ってきたよ!」
「洗濯物とか干してないの、ハル!」
「……干してる」
「返事おっそ! そんなのんびりしてる場合じゃないから!」

 ちゃぷちゃぷと水の揺れる音がドア越しに聞こえてきて、出てくるのかと思えばまた静かになる。自分でやれよ! と思いながらも走って洗濯物を取り込みに行くあたり私もマコちゃんもハルくんに甘いんじゃないんだろうか。タオルとかTシャツの部類は私が取り込んで、ボトムス系統はマコちゃんに取り込んでもらう。いやだって、幼馴染とはいえさすがに下着は触れないし。さっきまでのんびり座っていた縁側に布の山を作って、はああーーーと一息ついた。洗濯物も濡れたし、私たちも濡れた。もうなんだこれなんなんだこれ。とりあえずふたりでそれぞれ洗濯物をたたみはじめたあたりで、ハルくんが頭にタオルをかぶせてお風呂場から出てきた。まだ髪はしっとりと濡れていて、なぜか上半身裸のままだった。そんなかっこうでいると風邪をひくよと毎回言っているのだけど、まったく言うことを聞いてくれない。でもあんまり風邪をひいたりしないから、言うまでもないのかなあ。

「せめてシャツくらい着なよ」
「邪魔だ」
「はいこれ着て、麦茶入れてあげるから」

 さっき取り込んだばかりの洗濯物からTシャツを取り手渡して、マコちゃんは自分のグラスを持って台所に引っこんでいってしまった。私は自分の分の麦茶を飲んで、また洗濯物を畳む。シャツとタオル、靴下と分けて置いて、かごを持ってきてその中に詰める。タンスに入れるくらいは自分でしてもらわなければ。マコちゃんが置いていったボトムスたちは下手に手を付けられないのでそのままにさせてもらう。がしがしと頭を拭きながらハルくんは私の隣に座り、私が飲んでいた麦茶を勝手に飲む。今マコちゃんが持ってきてくれるって言ったのに相変わらず自由だ。以前降り続ける雨を並んで見ていると、小さな声でハルくんが言う。

「おまえ、なんとも思わないのか」
「え、なにが?」

 まったく意味がわからなくて正直に首を傾げてみせると、しばらく黙ったあと私と目を合わせて、「……俺が服、着ないこととか」って。ものすごく今さらなことなんだけど……と言いそうになり、一回その声を飲み込んで、視線を巡らせ、特にはと何とも言えない感想を述べておく。だって小さいころは多分お風呂も一緒に入ったりしたかもしれないし、ハルくんやマコちゃんが泳いでるところを見に行ったりもしたし、たしかに全裸は困るけど、上半身くらいならなんにも思わないのが正直なところだ。

「どうしたの急に、もしかして恥ずかしいの?」
「それはない」
「だよねえ、だって幼馴染だもん」
「……おまえは恥ずかしくないのか、裸見られて」
「いや私見られたことないし……ていうかそれ恥ずかしいどころの話じゃないから。訴えて勝つよ」
「不可抗力で見た場合でも勝つのか」
「頑張ったら勝てそうじゃない?」
「だからおまえはバカなんだ」
「し、失礼な」

 クールにそんなことを言われるとそれなりに傷つくんだけど。わざとらしく唇をとがらせてみながら、自分の左耳たぶに手をのばす。このあいだ勇気を出してピアスを開けてみたのだ。先生にバレないように、学校で下手に髪を結ったりできなくなってしまったけど、耳元できらりと輝くそれはとてもかわいい。毎日鏡を目の前にするたび、角度を変えて眺めてしまうくらいに気に入っている。するとハルくんはするりとそこに手を伸ばしてきて、たれた私の髪をそっと耳にかけた。さらけ出された耳をやわらかく撫でられて、くすぐったくて身をよじる。

「くすぐったい」
「いつ開けたんだ、これ」
「このあいだだよ。ピアッサー」
「痛くなかったのか」
「あんまりだよ。ハルくんも開ける?」
「いらない」

 じっと青い綺麗な透きとおった瞳に見つめられて、少し変になってしまいそうだった。いたたまれなくなって視線を逸らすとハルくんはそっと顔を近付けてきて、口を耳に寄せて、ピアス越しに私の耳たぶにキスをした。ぞわりと不思議な感覚が体を走って、思わずハルくんの肩をぐっと手で押しのけようとしてしまう。さっきマコちゃんに渡されたTシャツは着られることなく縁側に投げ捨てられていて、それを視界の端で認識しながらも直接肌に触れてしまったことに肩を揺らした。いやだって、まともに手を繋いだのだってもう何年も前の話だし、肩も腕も、いつも服を通してしか触れていなかったのに。だからといってあからさまに手を放すと怪しいと思われてしまうし、指先で少しハルくんの肩に触れたまま固まるしかなかった。ばたばたと雨粒が降る音だけが聞こえる。かすかに冷蔵庫を開ける音が耳に届いて、我に返って手を引っ込める。体中の血が顔に集まったみたいにかっかと熱いし、ハルくんを見ることができなくて俯いたままになってしまう。

「おい」

 少し乱暴な言い方のそれにハッと顔を上げると、またハルくんの顔が目の前に迫っていた。うわ、と声を出す暇もなく私の唇にはふに、とやわらかいものが触れていて、そしてハルくんの目はやっぱり綺麗で、離れたと思えばまたそれは私に触れて、最後にそっと指で下唇をなぞられた。その感覚がすごく慣れなくて、ぎゅっと固く目を閉じてしまった。するとまたそのすきに唇が奪われる。

「ハル、氷もうなかったから作っておいたよ」

 からからと氷が揺れる音とともにマコちゃんが現れて慌てて体を離した。ハルくんは何事もなかったような、いつもと同じ平然とした表情をしていて、にこにこ笑顔で麦茶を渡しているマコちゃんは何も知らなくて、でも私はこの顔に集まった熱をどうにかすることもできなくて。

「ちゃんと頭拭かないと風邪ひくよ」
「ひかない」
「あっほらシャツも着てない!」

 まるで母親のようなことを言うマコちゃんから目を逸らして麦茶をごくごくと飲んでいくハルくんは、とても罪深い。待ってなにこれ、え、ていうか3回も、え?
 ほとんどの麦茶を飲み干してしまったハルくんは氷をかじりながら横目で私を見て、少し笑ったように見えた。なにそれ、そのかお、ずるい。

「雨、やみそうだね」

 雲が晴れてきた、と私とハルくんのあいだに座りながら、のんびりとした口調で話すマコちゃんになぜか申し訳なくなってしまって、私は残った麦茶を飲みながら自分の足元を見つめることに専念した。あ、ていうかこれ、間接キス。おそるおそるマコちゃん越しにまたハルくんを見ると、濡れた髪の毛先には水のしずくがたれていて、ちょうど耳たぶのあたりできらりと日の光を反射していた。もうどうすればよかったのか、私わかんないよ、ハルくん。
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