男の子にしては小柄なその身長も、女の子みたいなかわいい名前も、意外と骨張った大きな手も、全部全部、いとおしく思うよ。



 久しぶりに部活が休みだからって西谷に遊びに行こうと誘われた。どこにいくのかと聞いてみると、別に決まっているわけではないけどとにかく歩こうって。外は太陽がじりじりと地面を照り付けていて、しかもとってもいい天気で、絶対暑いんだろうなあと容易に想像できた。わたしはどちらかというとこの冷房のかかった教室から出ていきたくはなかったのだけど、あんまりにこにこ笑う西谷がかわいくて、「仕方ないなあ」と頷いてしまったのである。

 学校を出る前に腕と顔と足に念入りに日焼け止めを塗る。それを西谷はじいっと凝視して、「なんでそんな面倒くさいことするんだ?」と首を傾げた。

「だって日焼けしたくないじゃん」
「なにがいやなんだよ、焼けたらかっこいいのに」
「西谷と一緒にしないでよー!」

 真っ黒な肌の女の子なんてかわいくないじゃん、女の子にはいろいろあるの。日焼け止めをポーチに入れてまたそれをスクールバッグに詰め込む。胸元のボタンをもうひとつ外してリボンを緩める。気休め程度と思ったけど、気休めにすらならなかった。相変わらず太陽はギラギラと輝いていて、お肌の潤いも持って行かれそうだった。日焼け止めを塗っても肌は焼けそうに熱を持つ。西谷はふーんとどうでもよさそうに相槌を打って、頭のうしろに手を組んでひとりでさっさと生徒用玄関を出て行った。わたしも追いかけていって、彼の隣に並んだ。男子高校生の平均身長よりずっと背の小さい西谷は、普段はすごくうるさくて、すごく元気で、そして部活のときはとっても身軽だ。何度か練習試合とか練習風景を見せてもらったけど、コート内にボールを落とすまいと奮闘する西谷の姿はとっても輝いていて、自分たちのチームに得点が入るといつもの太陽みたいな大きな笑顔で喜ぶ。そんな彼を見るのがすきだった。
 ふたりで適当な話をしながら歩いて行っていると、前を通った家の縁側で、小さな男の子と女の子が、おばあちゃんに見守られながらすいかをかじっていた。夏といえばすいか、赤く瑞々しいそれはとってもおいしそうで、だけどわたしはあまりすいかがすきではないので「涼しそうだね」と言った。西谷からすればその感想はおかしかったみたいで、ふはっとわたしのすきな笑い方をしてわたしのほうに顔を向ける。

「おいしそうだねじゃねえの?」
「だってすいかあんまりすきじゃないもん」
「えっマジかよ! あんなにうまいのに!」
「口のまわりがかゆくなる」
「ああーいるよなそんなやつ」

 もったいねー、とまた前を向いて、西谷は道路の縁石の上をひょいひょいと歩いていく。じっとりと汗ばんできて、だけど西谷と一緒にいれば、この不愉快な感覚ごとこの空間をいとおしく思えるから不思議だ。坂ノ下商店に行ってふたりでアイスを買って、また外に出ていって。木が生い茂って影ができて、涼しい場所があるんだと西谷は言った。そんなところあるっけ? とわたしは疑問に思いながらついていくと、道路から路地に入って、それからまたさらに細い道に入っていく。そうして着いたのは木造平屋の空き家で、そこの庭は車が3台くらい停められそうな広さがあった。なんとか座れそうなぼろっちい折り畳みの椅子があったから拝借して、並んでアイスをかじった。木が影を作ってくれているおかげで日は当たらないし、そよそよと風も吹いていて心地いい。こんなところあったんだ、というと、秘密だぞってにっかり笑う西谷。

「そろそろ期末テストだねーちゃんと勉強してる?」
「っま、まかせろ」
「その反応絶対無理じゃん!」

 ぎくりと肩を揺らして顔を背ける西谷が面白くて、指さして笑ってやると「俺の実力知らねえくせに!」と怒られた。いや実力も何も、いつも赤点ギリギリの点数しかとってないくせによくそんなえらそうなこと言えるな。パピコをくわえて不貞腐れる西谷の肩をぽんぽんと撫で、わかるところは教えてあげるというと拒否された。あー拗ねたかな。ふふふ、と笑い声が漏れそうになるけど、きっと余計唇を尖らせるから手で口元を隠して堪える。
 夏はやっぱりアイス、その中でもシャリシャリしたものが特別おいしい。がり、とソーダ味の棒アイスに歯を立てて、咀嚼しながら空を見上げる。これを食べたらまた暑い日向を歩くのかあ。もう1回日焼け止め塗っておこうかなあ。わたしはなぜか焼けやすい体質みたいで、すぐ真っ黒になるから頻繁に塗りなおさないと気が済まない。もう一度アイスをかじる。ひんやりとしたさわやかな味が口の中に広がって、どこからともなく聞こえる蝉の鳴き声に夏だなーと今さらなことを思う。
 外は暑いし虫は多いし、じっとりしてるし汗で体はべたつくから、夏はあんまりすきじゃない。だけどこの季節は嫌いにはなれない。学生のころの夏って、なんだか特別な気がする。こうして学校終わりに買い食いをすることも、クラスの男子と一緒に帰ることも、そのひとに寄せる特別な想いも、いまこのときにしかないものだ。きっと西谷はわたしのことなんてなんとも思っていないだろうけど、こうして帰ろうと誘われることすら、わたしにとっては、とてもしあわせなことなんだよ。
 期末テストが終わるとあっという間に夏休みだ。西谷はほぼ毎日部活だろうし、一緒に遊ぶとか、そんなのは無理だろうな。夏休みなんていらないなあ、課題多いし、なんてことを考えていると、いきなりアイスを持った腕をグイッと引かれた。なんだと驚いて視線を動かしてみると、がぶりと私のアイスにかじりつく西谷。しかも大きなひとくちで、残っていたアイスをほとんど半分食べられた。伏し目がちになった、少し色っぽい表情にどきっとする。ぺろりと口の端についたアイスをなめてうまいと一言。わたしは思い出したように抗議の声を上げた。

「な、なにしてんのばか! 食べすぎ!」
「だって垂れそうだったから。お前ぼーっとしてて全然食わねえし」
「ちゃんと食べるよ! もー教えてくれたらいいのにー!」
「言うより食った方が早い」
「デリカシーが足りない!」
「いいだろ別に。じゃあほれ、食え」

 そう言って渡されたのは西谷の食べかけのパピコで、パピコといえば直接口をつけて食べるタイプのアイスで、思わず固まってしまった。何を誤解したのか西谷は「ちゃんと歯は磨いてるぞ!」と焦ったように言う。そこじゃないだろ! そこじゃなくて! 一応わたしと西谷は異性でな! そんなこと言っても無駄に思えたので、とりあえずいらないと言っておいた。また拗ねたように唇をとがらせて、またパピコにかじりつく西谷。もう、びっくりさせないでほしい。さっきの伏し目がちな、大人びた表情といいいちいちどきどきしてしまう。ひとつめを食べ終わったらしく、もういっこのほうのパピコを口にくわえながら、西谷は立ち上がって木陰から出ていく。残ったアイスを食べてしまって、わたしもそのあとに続いた。いったいどこに行くのかさっぱりわからないけど、もっと一緒にいたいからどこにだって行ってもいい。

「海行くか、海!」
「いまからー? 結構歩くよ?」
「夏といえば海! 太陽が沈むところ見てえ!」
「そんな遅くまでいると寒いよ。風邪ひくよ西谷」
「俺今まであんまり風邪ひいたことねえし」
「ああ、ぽいね」

 バカだからなあという意味をこめてそう言ったのだけど、西谷はわかっていないようでだろ! とキラキラした笑顔を向けてくる。やっぱりバカだと笑うと、それ以上に西谷が笑って、幸せだなあと思うのだ。

 ねえ西谷。男の子にしては小柄なその身長も、女の子みたいなかわいい名前も、意外と骨張った大きな手も、全部全部、いとおしく思っているんだよ。じっとりと汗ばむこの季節はすきじゃないけど、嫌いにはなれないし、いまのこの時期は特別なもので、いましかないのだ。そしてこの季節はきっと、君に一番、よく似合う。
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