「そこのかーのじょ、俺と一緒に遊び行かない?」

 とかなんとか、お前はいったいどこの下手くそなナンパ野郎だよと言いたくなるようなセリフである。帰りのHRが終わってさあ帰ろうと教室を出て、階段を降りようと廊下の角を曲がった途端これだ。ヘーイナマエちゃんヘーイと意味の分からない掛け声を今すぐやめてほしい。私このあと本屋に行きたいのになあ。でもきっとそれを言うと「俺と一緒に行けばいいじゃん」なんて当たり前のように言うから及川徹という人物は面倒くさいのである。買い物はひとりでじっくり楽しみたい派。

「私とじゃなくても遊んでくれる女の子たくさんいるでしょう」
「ナマエちゃんがいいんだよー」
「ナンパの常套句」
「惚れた?」
「相変わらずおめでたい頭してんな帰れ」

 足早に彼の隣を通りすぎていこうとすると、ササッと前を通せんぼされた。まわりの女子生徒はきゃあきゃあと黄色い歓声を上げながらも私に氷点下の視線を向けることも忘れない。そしてその女子生徒のほとんどは後輩だ。おかしいな年上は敬うものではなかったのだろうか。まあ親しくもなんともない先輩を敬えとか無理だろうけど。及川先輩に誘ってもらってるくせにあいつナニサマー? とかそんなところだろう。ナニサマもカミサマもあるか。だったらあんたら私のかわりに遊んでやってくれよと思うけれど、それでは彼が納得しないんだろうな。いやもう本当めんどくさい。

 及川徹という人物はその容姿のために人気が半端ではない。それはもう、なんでか私がいやになるほどである。けれども彼が人気を集めているのは後輩もしくは他校の女子生徒からであり、実を言うと青葉城西の同級生からはそんなに騒がれていない。何故かというと同じ学年の人たちのほとんどが及川徹の本性を知っているからだ。本性といっても、実は結構良く言うとあっさりさっぱり、悪く言うとつれないタイプだったりすることである。猛アタックしてようやく付き合えたけど及川くん結構素っ気ないっていうか、ほんとにあたしのこと好きなのかわかんなくて……! とかなんとか意味不明なことをほざきながらめそめそと泣いている子を私も何度か見たことがある。それは同じ学校だったり違う学校の子だったりしたのだが、悪い噂というものは恐ろしい速さで広がるもので、及川徹に本気になるのは青春の無駄遣いと考える女子生徒が劇的に増えた。当の本人はへらっへらとしながら「付き合ってって言われたから付き合ったんだよ」というし、あのときは本気でぶん殴ってやろうかと思ったけど、好きでもない子と手繋いだとかちゅーしたとか、そんなことはさすがにしていなかったようなので震える手を握り締めその衝動を堪えた思い出がある。

 言ってみれば年中モテ期の彼は、それから適当な理由で恋人を作ることもなく、わりと真面目に部活動に励んでいるから、私もこのつかず離れずな距離感を保っているのだ。意外とこの関係性が心地よかったりするから困る。

「ていうか部活サボるの?」
「だーから月曜は休みって言ったジャン。これ何回目よ?」
「ごめん基本的に徹くんから聞いた話は寝る前に消去されちゃうんで」
「ドイヒー! ほんとナマエちゃんて俺に厳しいよね!」

 でもそんなところも魅力だよねーとか、そんなことを簡単に口にするんじゃない。後輩たちの視線がちくちくと体中に刺さる。ていうかドイヒーとか寒すぎるわ。そそくさと階段を下りて生徒用玄関に向かっていくと、懲りることなく徹くんは私のうしろをついてくる。積極的な後輩が「及川センパイさよーならー!」と笑顔で声を上げ、それに対して人当たりのいい笑みを浮かべ手を振り応える徹くん。あーもうそんなこと簡単にするから勘違いする子が増えるんだよ。自業自得だし私には何の関係もないことだから黙っておくけど。また興味のない子から告白されて断って、泣かれて罪悪感に襲われたらいいんだ。横目でその光景を眺めながらそこまで考えたけど、待って徹くんに罪悪感てあるの?

「ナマエちゃん今めっちゃ失礼なこと考えてない?」
「やだ何その根拠のない発言。泣いちゃう」
「ごめーんうそうそ! ナマエちゃん俺のこと好きだもんね」
「やだ何その根拠のない発言。腹立たしいから一発殴らせろイケメン」
「これってアメとムチってやつ?」

 いやそのイケたツラぼこぼこにしてやるって意味だよ。ポジティブにもほどがあるな。靴箱からローファーを取り出して履き、かわりに上履きをつっこむ。玄関から出るとぶわっと風が顔を撫ぜた。少し生ぬるいそれで、ああもうそろそろ夏が来るなあと実感した。少し前から蝉が鳴きはじめたし、蚊も増えてきたし、虫嫌いの私からしてみれば本当に勘弁してほしい。カメムシとか嫌いすぎて夜下手にコンビニにも行けない。このあいだ衣替えしたばかりの制服の裾が揺れる。ふと横を見ると、徹くんの髪の毛がゆらゆらと生き物みたいに揺らいでいた。思わず吹き出してしまって、怪訝な表情を向けられる。

「人の顔見て笑うなよー」
「徹くん、その頭のアホ毛なんなの」
「人のセットした髪型にアホ毛とか言えるナマエちゃんの神経の図太さ嫌いじゃないよ」
「異性に対して図太いとか言える徹くんの無神経さキライ」
「いっだだだだだだわきばら! 脇腹つねるのヤメテほんとにイタイ!!」

 やっぱり部活してる人の体はしっかりしてるなーていうか徹くん結構たくましい体してるね。脇腹をつねったときにあんまり余計なお肉がなくてびっくりした。シャツとか脱いだらちょっと腹筋割れちゃったりしてるんじゃないだろうか。うちの学校のバレー部は強豪で有名だからなあ。痣になりそうと言いながらつねられた部分をさする徹くんに見えないように、自分の脇腹をこっそりつまんでみる。そして驚いた、なんだこの脂肪。なんだこの贅肉。最近お風呂上がりの体重測定をサボっていたからか、確実にこれは太った。現実を見るのはやめようと自らの体型のことは頭から放り出す。そうだ私は本屋に行きたかったのだ。ついでにその本屋の隣にあるCDショップにも行きたかったのだ。じゃあねと適当に手を振って校門を出て左に曲がると、エッと不思議そうな声を上げられた。いやエッてなんだよ。えっていうか本当に遊びに行くつもりだったの。肩越しに振り返って徹くんを見上げると、「……ナマエちゃんの上目遣いって本当たまんないよね……」としみじみと言われたので渾身の力を込めてすねを蹴ってやった。声にならない悲鳴を上げて徹くんはすねを抱えてその場にしゃがみ込む。ごめん言い方がマジっぽくて心底気持ち悪かった。

「これは立派なDV」
「意味ググってから使えや。DVとは恋人間や家族間で行われる暴力行為のことだよ徹くん」
「じゃあ今からでも恋人同士に」
「チャラ男は好みじゃない」
「こんなにナマエちゃん一筋なのに!?」
「だァから意味ググってから使えっつの何が一筋だ何が」

 どうせポケットかかばんにスマホあるだろ、せっかく持ってる現代技術を使わんとはもったいない。とりあえず私は本屋に行きたい。さー帰ろうと踵を返すとうしろから抱きつかれた。言わずもがな徹くんである。ぎゅうううとわりと力を込めて抱きしめられているために息が苦しい。だいぶ苦しい。おそらく脇腹であろう部分を肘でどすっとやってやると、グフゥとなんとも残念な声。ほんとイケメン台無しだな、さっきの後輩たちに聞かせてやりたい。録音しておけばよかった。

「そうやってホイホイ抱きつく人は好きじゃない」
「ナマエちゃんだけだよ」
「早く離れないと今度はそのご自慢の顔面だよ徹くん」
「つれないー」

 残念ながら私は街中やら校舎内で見せつけるようにいちゃいちゃするようなカップルは大嫌いなのだ。恋人同士と言えど節度のある振る舞いをすればどうなんだと思う。
 私は好きでもなんでもない人と手を繋いだりちゅーしたり、そんなことを平気でする人は生理的に受け付けない。そして私は別に徹くんの彼女でもなんでもないし、告白なんてされたこともないししたこともないし、だからこうやって、期待させるようなことはしてほしくない。どうごまかそうとしてもやはり自分の気持ちに一番敏いのは自分自身だ。知らないふりをしたってそうはいかないのである。

「たまにそうやって口が悪いくせに、俺のこと徹くんって呼ぶナマエちゃんが好きだよ」

 ほらまたそうやって私の心を揺さぶるでしょう。徹くんに名前を呼ばれるたび、月曜日の放課後私を迎えに来るたび、少し前かがみで話しかけてくれるたび、私の心臓の音は大きく鳴るのだ。きっと君はそんなことを知らないから、その大きな手のひらで私の手を包み込む。




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