サンタさんがいないことも、魔法が使えるようにならないことも、タイムスリップして未来や過去に行くことができないことも知っている。いつまでもおとぎ話を信じたままの子供ではないのだ。非現実的なことが我が身に降りかかるとも、まったく思っていなかった。

 私とアルミンは、ずっと昔、とても仲良しだったらしい。その「昔」というのは、今いるこの世界に生まれる、ずっとずっと前の世界でのこと。その前の世界ではとても大きな巨人という生き物がいて、人間は巨人に怯えながら、大きな壁の中で暮らしていたらしい。そんな話とてもじゃないけど信じられなくて、最初のころはアルミンに妄想癖でもあるのかと思っていた。しかしその世界に住んでいたのはアルミンや私だけじゃなくて、アルミンの幼馴染のエレンとミカサ、同じクラスのマルコやコニー、サシャたちも存在していたらしい。記憶を持っている人と持っていない人に分かれているらしく、しかし不思議なことに持っていない人のほうが稀だという。そして私は、その稀なほう。

「その世界で私とアルミンが出会ったのって、いつごろの話?」
「12歳で訓練兵に志願してからだから、847年のことかな」
「へえ」
「その返事の仕方はよくわかってないね」

 そりゃあそうである。年号を言われてもよくわからないし。でも訓練兵というものは知っている、以前アルミンから教えてもらった。12歳を迎えるとほとんどの子供が、巨人と戦う術を習うために志願してなるもの。それから3年間訓練に励み、そうして調査兵団、駐屯兵団、憲兵団のどれかに所属するのだ。簡単な基本知識はきちんと頭に入っている。

 高校に入学してアルミンやエレンたちと顔を合わせたとき、いきなり名前を呼ばれてとても驚いたのを覚えている。私はアルミンたちを知らないし、名前を教えた覚えもないし、なにこのひとたち、と警戒心を剥き出しにすることしかできなかった。しかし冷静になった彼らは「ごめん」と一言謝り、その日は帰っていった。数日後気になった私から声をかけ、その「昔」の話を聞き、今に至るというわけである。

「ねえねえ、巨人ってさ、どのくらいの大きさだった?」
「大きくて15メートルくらいかな。例外もいくつかいたけどね」
「じゃあ、訓練で一番楽しかったのは?」
「僕は体力がなかったからね、体を使う訓練より、座学と技巧術のほうが好きだったよ」

 ふうん、と私は気の抜けたような声を漏らした。技巧術って、立体機動装置をいじくるやつだっけ。
 アルミンの話をまだいまいち信じられない私だけど、それでもその立体機動という装置には憧れていた。だって、空が飛べるらしいし。見たことがないし、見たくてもそれはかなわないけれど、立体機動をつけて空を飛ぶアルミンを見てみたい。そういうと彼は「無茶言わないでよ」と困ったように笑う。まあたしかに現代にそういう装置はないし仕方ないな、と納得した私に、「兵士じゃなくなってもう何年もたってるんだよ」と言った。ブランクの話か。たまにアルミンは斜め上の方向に話を持っていくことがある。頭のいい人の発想はよくわからない。

 その壁に囲まれた世界で生を終え、生まれ変わった私たちはまた同じ年頃に生まれ、こうして同じ学校の教室に集まっている。なんとも不思議なことだ。アルミンの幼馴染のふたりは、最初のころはいまいちはっきりとは覚えていなかったらしいが、大きくなるにつれ理解していき、中学を卒業するころにはもうすべてを思い出したらしい。それを聞いて少しいいなと思った。だって、「昔」訓練所というところですごした思い出の話とか、そういうもので盛り上がったりするから。私だって覚えていれば、その輪の中に入れたかもしれない。アルミンと笑顔で、楽しく、ああやって、なつかしいねって。

「ねえ、昔の私ってどんな感じだった?」

 性格もそのままだったのだろうか。容姿は? 名前は? 癖は? 全部そのままならすごいしちょっと信じてしまうかもしれない。今は半分くらい信じてるから、まあ、6割くらい。そういえば、目の前のアルミンが紺色のブレザーを着ていることに、どこか小さな違和感があるのはどうしてだろう。彼はもっと、違う色の印象があるのに。たとえば―――そう、ブラウンとか、そういう色。

「わりとそのままだよ。でも、今のほうがちょっと背が高い」
「え、そうなの?」
「うん。久しぶりに会ったら僕と目線がかわらないんだもん、びっくりした」

 昔は頭がこのあたりにあったよ、とアルミンは手を自分の目より少し低いところに持ち上げる。そういう違いってあるのか。でもわりとそのまま、ということは、「昔」の私もこんなぱっとしない見た目だったらしい。残念。

 ひまだったので配られたプリントで折り紙をする。三者面談のお知らせ。その文字を隠すように、プリントを折っていく。小さいころお父さんが死んでしまって、今は私とお母さんのふたり暮らしだ。どうせこういうのって、たいてい進路のことばっかり話すんだ。私は高校を出たらすぐに働くと決めてある。こんな面談なんて必要性を感じない。

「昔と違ってて、がっかりした?」
「まさか。背が高くても低くても、ナマエはナマエだよ」

 同じようにアルミンも三者面談のプリントを丸めたり折ってみたり、そうしていたかと思えば今度は裏を向けておもむろに絵を描き出した。丸い頭の下には細い体。人の絵らしい。

「もしさあ、私が私じゃなくても、アルミンは気付いてくれた?」

 三角に折って、折り目を付けて、その折り目に沿って紙を入れ込み、角がずれないように丁寧に折っていく。アルミンの絵にはジャケットが着せられて、胸や腰、太ももには黒いベルトのようなものが描き込まれていく。不思議な衣装だけど、これってなんだろう。もしかして「昔」着ていた服だろうか。

「たとえば?」
「たとえば……そうだね、私が男になってたりしても、気付いてくれた?」
「うーん、自信はないけど、気付くよ。だってナマエのことだもん」



「どうしてそう思うの?」
「だって僕、あのころはナマエが気になってたから」

 思考が一瞬停止した。思わずプリントを折っている手も止まる。そして頭が真っ白になるって本当にあるんだ、と冷静に考えた。アルミンは絵を描き込んでいて、間抜けに口をぽかんと開いたままの私のことには気付いていないようだ。教室のざわめきが一層大きく聞こえる。びっくりすると世界がとてもゆっくりに感じることなんて、初めて知った。

「これ、僕たちが着てた兵服ね。体にこのベルトを巻いて、腰に立体起動装置をつけるんだ。で、ここにつけてあるグリップのトリガーを引いたら」
「え、待って待って待って、気になってたってなに」
「え、そのままの意味だけど」

 そのままの意味って、だから、どういう! 気になっていたなんてとらえようによっては様々な意味になる。常に気にしていなければいけないほど私は危なっかしい性格をしていたのか、バカだったのか、それとも、そういう意味なのか。詳しく話してほしい気もするけど、私はもしかして今、期待しているのだろうか。はっきりとした意味を聞いたわけでもないのに顔は赤くなるしなぜか恥ずかしいし、でもアルミンはなんてこともないような表情で私をまっすぐと見つめてくる。目を合わせていられなくなって勢いよく逸らした。ふっと息をついて、笑った気配がする。くやしい。

「ナマエはさ、立体機動の訓練は好きだったけど、成績はいまいちだったよね」
「今その話どうでもいいんだけど」
「え、だってナマエ、立体機動に憧れてるだろ?」
「そうだけど! っていうか、気になってたって、今はちがうってこと」

 しまった、この聞き方じゃもう期待しちゃってるのバレバレじゃないか。今のなしと言いたいけれど言ったところでアルミンの記憶からその発言が消えるわけじゃないし、もう逆に開き直るしかない。アルミンは不思議そうに瞬きを繰り返し、またふっと笑ってプリントに目を落とした。腰のあたりに丸い筒のようなものと、四角い箱を左右にひとつずつ描き込む。これが立体起動装置だろうか。どうでもいいとか言いながら、やっぱりその装置については詳しく聞きたいという好奇心はごまかすことができない。非現実的な話なのに、こうも惹かれてしまうのには何か理由があったりするのだろうか。じっとアルミンの手元を覗きこんで、ふと視線を上げると、彼の大きな青い瞳とまた目が合う。だけどこれだけの至近距離で見つめ合うことなんて初めてで、びっくりしたし、心臓のあたりがドッと跳ねた。

「内緒かな」

 そう言って微笑むアルミンはとても楽しそうで、からかわれているということはわかったのだけど、それでも彼の発言にどきどきしてしまうあたり、私はきっと簡単な女だ。今さらだけど赤くなっているであろう頬を手で覆って隠す。耳がじんじんと熱い、どうしてか涙がこぼれそうになる。アルミンがこんなずるい性格だなんて知らなかった。きっと私は、この気持ちの理由を知っている。
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