きょろきょろとまわりを見渡したあと、古びた小さな倉庫と倉庫の隙間に入っていく姿を見て、何をしているんだろうと首を傾げた。すぐに出てくるのかと思えばそうではなく、しばらく様子を見ていても出てくる気配がないのでその隙間を覗き込む。小さく膝を抱えて座り込んで、彼女は息をひそめていた。

「ナマエ、そんなところで何してるんだ」
「はっベルトルト! 入って入って! 見つかっちゃう!」

 声をかけてみると焦ったように立ち上がり、そのせまい隙間にぐいぐいと腕を引かれていった。ナマエは背が低くて小柄だから平気だろうけど、僕には結構、このせまさはつらい。体を横に向けながら奥のほうまで入り込み、さっきのナマエみたいに座り込む。あ、結構きついなあこれ。僕の隣に座ったナマエはしーっと口の前で人差し指を立ててみせ、そのあとくすくすと笑った。小さな肩が合わせて揺れる。

「いまね、サシャとコニーとエレンと、あとミカサとかくれんぼしてるの」
「ああ、それで見つかると困るのか」
「そう! でもベルトルトは背が高いからバレちゃうね」
「僕は参加してないよ。むしろ体がでかいから、ナマエは隠れることができていいんじゃないかな」
「ほんとだ!」

 かくれんぼと言いながらも、いつも元気のいいナマエは大きな声で話をしている。それだと自分の声で見つかるかもしれないけどいいのだろうか。さっきの彼女の真似をしてしーっと人差し指を立ててみせると、恥ずかしそうに肩を竦めながら同じように指を立てて笑った。ナマエの仕草はいちいち女の子らしくて、かわいらしいと思う。
 鬼役はエレンらしい。鬼に見つかったらパンを半分献上、最後まで見つからなかったら鬼からパンをひとつ献上というルールとのことだ。あまりたくさん食料を食べられないこの時代、こういう勝負事にはよく食べ物をかけることが多い。たしか少し前もジャンがサシャに何かで負けてパンを奪われていた。あのときの歯を食いしばるジャンの顔、ものすごく見物だったな。そしてサシャの食い意地は相変わらず底知らずだな。30数えたあとにエレンがナマエたちを見つけ出し始めたらしいのだが、わずか10秒ほどでコニーが見つかったそうだ。きっとすぐ背後で息を殺していたとか、そういうオチなんだろうな。歩き出したエレンのうしろを、足音を立てずにずっとついていくっていうあれ。俺は天才だからな、と言っているコニーが容易に想像できる。

「どうしてまた急にかくれんぼなんか」
「だって今日は私たち、当番じゃなかったの。ごはんと湯浴みの時間までまだあるし、ひまだねーって」
「他のみんなはどうしてるんだ?」
「えーっと、ユミルとクリスタは食事当番でしょ、マルコとライナーとアルミンは厩舎行ってるし、アニは本読むから邪魔しないでって。ジャンは知らない、マルコのケツ追っかけてんじゃないかな」
「ちょっと待って、誰からその言葉教わったの」
「ジャンがエレンにミカサのケツばっか追いかけてんじゃねーよって」
「それ、真似して使っちゃだめだからね」

 まさかナマエの口からケツ追っかけるなんて言葉が出てくるとは思わず、頭を抱えたくなった。ジャンは本当にあの口の悪さをどうにかした方がいい、こうやって何も知らずに真似をする人が出てくる。あとでこっそり注意しておくべきか。いや僕には何も関係のないことだ、放っておけばいい。それはそうと、いつまでここにこうして座っていればいいのだろう。ナマエは隠れていなければいけないけど、僕はかくれんぼに参加した覚えはないので立ち去っても何も問題はないのでは。そう思って立ち上がろうとすると、ナマエは少し不安そうな表情で僕を見てくる。その捨てられた動物みたいな目は、ちょっとずるいんじゃないんだろうか。

「エレンが来てないかどうか、ちょっと見てみるだけだよ」
「ひとりにしないでね、結構不安なんだから」

 じゃあなんでかくれんぼなんて始めたんだよ、と言いそうになったのをなんとか堪えた。もっと大勢で遊べることでも考えたらよかったのに。倉庫からほんの少しだけ頭を覗かせると、離れたところでエレンがコニーとミカサを連れてまわりを見渡していた。サシャはまだ見つかっていないらしい。ミカサはエレンが鬼だとすぐに捕まりに行きそうだよね、ふたりは幼馴染で、とても仲がいいから。僕の幼馴染はいったいどうなっているんだろう、自分の使命を忘れて友情を深めて、戦士としての自覚が足りないんだ。ああ、きっとアニも呆れてる、なんでライナーがあんなことになる前に止めることができなかったんだって。どうして僕たちは普通じゃないんだろうか。こんな力を持っていなかったら、エレンやミカサみたいにすごせていたかもしれない。そんなことを考え始めるとキリがないとわかっているのに、そのことばかりずっと頭の中にあふれていく。膝を抱え込んだ腕を目いっぱいの力で握りしめていると、小さな手に頭を撫でられた。無意識に眉間にしわが寄っていたようで、ふっとそこの力が抜ける。

「ベルトルト、怖い顔になってるよ。お腹痛い?」
「……痛くないよ、ごめん、ぼうっとしてた」
「そっか。しんどいときは寝ると治るよ」
「それはナマエだけじゃないかな」
「そっそんなことない! みんな寝てるよ!」
「大きな声出すと見つかるよ」

 勢いよく立ち上がって声を張り上げるナマエをたしなめると、何か言いたげに何度か口を開いて閉じてを繰り返したあと、口を閉ざしてしまった。悪戯がすぎただろうか。思わずそれに笑ってしまう。再び座り込んだナマエに小さく「ありがとう」というと、「最初からそう言ってよ」と軽く肩を殴られた。まったく痛くない。

「あっナマエそんなところにいたのかよ。なんかベルトルトもいるし」

 そんなことを言っているせいで、見つかってしまったらしい。ひょこりと隙間を覗きこんできたのはコニーだった。いつから君は鬼役になったんだ。きゃーと棒読みにもほどがある悲鳴を上げて、ナマエは僕の体のうしろに隠れる。いやもう遅いから。続いてエレンとミカサがすきまを覗き、「また変なところに入ったな」と呆れた表情を見せる。僕だって好きでこんなところに入ったわけではない。ナマエに半ば無理やり押し込まれたのである。

「あーもう、パンもらおうと思ってたのに!」
「献上しろよ」
「やだって言ったら」
「ナマエ、約束はきちんと守るもの。違う?」
「ミカサの言うとおりでっす。パン半分献上させていただきまーす」
「これであとサシャだけか。あいつマジでこういうことになると才能発揮するよな」

 見つかってしまったので倉庫と倉庫のあいだから体を出す。ナマエは鋭い目つきで睨んでくるミカサに完璧な敬礼をしていた。こういうことをしているからサシャとコニーとエレンと4人であのバカグループとか言われてしまうんだろうけど、今は関係がないことだから黙っておく。
 最後のひとりになったサシャを探すことになった。コニーとミカサとナマエはエレンにパンを半分献上して、エレンはパンをひとつサシャに献上する。さぞかし彼女は喜ぶんじゃないのかな。なんせ入団式中に芋を食べ出すくらい食べ物に対する執着心はすさまじいから。食料庫あたりに潜んでそうだよな、というコニーはめずらしく冴えていると思う。前を歩く3人のうしろをナマエと並んで歩いていく。なんだか今日はひとりでいたい気分だったのだけど、たまにはこういうのもいいのかもしれない。たまに兵士の意識に染まったライナーと一緒にいることがとてもつらいことがあるのだ。今日、ライナーが当番でよかったと心の底から思った。

「ねえねえベルトルト」

 ぼうっとそんなことを考えていると、ナマエが隣からジャケットの袖を引っ張ってきた。彼女はアニより少し背が低い程度で、訓練兵の女子の中では小さいほうなのでかなり見下ろす形になる。前の3人には聞こえないくらいの声の大きさで、ナマエは言った。

「無理矢理かくれんぼに入れちゃってごめんね。でもあんまり長い時間一緒にいたことがなかったから、楽しかった」
「ううん、平気だよ。楽しかったならよかった」

 そしてぎこちなく口角を上げてみせた。いまぼくはうまくわらえているだろうか。うん、といって笑ったナマエに、ああよかった不自然じゃなかったんだと胸を撫で下ろす。人と話をすることにも、こうして気を遣うようになってしまったのはいつからだっただろうか。それがだんだんとつらくて、疲れるように感じ始めたから、自分から関わりを持たないようにし始めたのも、もういつからだったか覚えていない。

「ベルトルトは、名前を呼ぶと前かがみで話しかけてくれるから好き」

 ふふふ、と可憐に笑ってみせるナマエに、もう何も言えなかったし、下手くそな笑顔を向けることもできなかった。やめてくれよ、僕なんかに好きだなんて言わないでくれ。そんなことを言ってもらえるような人間じゃないんだ。ああ、人間ですらなかったか。
 君が上目遣いで僕を見上げてくる仕草が、とても好きだよ。僕はいつ君を裏切ることになるのかな、ナマエ。
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