兵法講座、馬術、立体機動、技巧術など、いろいろな訓練がある中で、点数が最も低いものが対人格闘だ。本来僕たちは巨人を倒すための訓練に励んでいるわけであって、たしかに人を倒すための訓練があまり必要ないのかもしれない。そのためか、まわりを見てみると明らかに手を抜いている訓練兵をよく見かける。真面目に励んでいるのは根っからの優等生とか真面目な性格の人とか、対人格闘もきちんと取り組まないと点数が足りない人とか、まあそんな人ばかりだ。
 だから、彼女のように好んでいろんな人と訓練したがる訓練兵は稀なのかもしれない。

「ベルトルト、ならず者役お願いね」

 にっこりと微笑みながら木剣を僕に差し出すオミ。思わずそれを受け取ってしまう僕。対人格闘は木剣を持ったならず者役とそれをかわすものと別れ、その名の通り暴漢などに襲われた場合の対処を学ぶ訓練だ。私のほうが背が低いからという理由で僕がならず者役となったわけだけど、自分よりずっと背が低い女の子相手だとなかなか体が動こうとしない。

「……オミ、身長いくつだったっけ」
「え、どうしたの急に。たしか166だったかな」

 26センチ差。クリスタやアニほどではないけど、やはりそれなりの差があるようだ。いくらオミが女子の平均より幾分か背が高いといっても、僕だって男子の平均よりずっと背が高いから結局かわらないのだ。自分の肩より少し下にあるオミの頭を見て、どうしようかなあとため息をついた。

「どうして僕に声をかけたんだ? 他にエレンとかミカサとかいるんじゃ」
「エレンはアニと組んでるしミカサじゃ強すぎるもん。幼馴染だからって訓練も全部一緒にするわけじゃないよ」
「……僕とオミとじゃ体格差がありすぎる」
「襲ってきた暴漢がいつも自分と同じ体格とは限らないでしょ。いろんな人と訓練しておかなきゃ」

 腰を低く落とした状態でオミは言う。たしかに、それは正論だ。怪我をさせないように加減すればいいかな。適当に握っていた木剣を握り直し、腰を低くする。オミも真剣な顔つきになって、右からの攻撃をしゃがんで避けてみせた。左足を軸にしてオミの頭のある高さで回し蹴り。それをきちんと想定していたようで、彼女はひらりと後方に避ける。いつだか誰かが言っていた、オミはああ見えて案外身軽で対人格闘は得意だと。ならず者の僕を倒すために、オミも僕の懐に入って肘であごを狙う。が、僕もやられるわけにはいかないので体制をずらし回避する。加減して右腕を左から横に流すと、オミは自分の右腕でそれを受け止めて左足で上段蹴りをしかける。頭を下げて避けると、上段蹴りの勢いを殺さないまま今度は右足のかかとが降ってくる。これは予想していなかったのでふらつきながらうしろに避けた。危ない、本当に身軽だ、彼女は。
 そうやってしているうちに何だか熱中していって、僕もだんだん力加減をしなくなっていった。というか、加減をしているとオミに負けそうになるのだ。またオミは左からの攻撃をさらりとかわし、僕の背後に回って背負い投げるつもりか肩をしめあげるつもりか腕をとる。それはさせまいとくるりと体を回転させてまた彼女と向き合い、とられた腕をひねってオミの腕をねじった。痛そうにしかめられた彼女の顔を見て思わず力を抜いてしまったのがよくなかった。それをチャンスとばかりにオミは僕を背負い投げようと腕を握って体をひねる。まずい、と思って背を向けた彼女の足元をひょいとすくった。

「ひょわっ!」

 妙に間抜けた声を上げて、オミはひとりですってんころりと転んでしまった。しかも顔面から。とっさに気を遣ってくれたのか、僕の腕からは手が離れてしまっている。上半身だけ起き上がったオミのほっぺたはすりむいていて、女の子の顔に傷をつけてしまったとものすごい罪悪感が僕を襲う。オミはそんな僕の心配をどこ吹く風と涼しい顔をして、ジャケットやシャツについた砂を手で払った。

「ごめんオミ、つい体が動いて……悪かったよ」
「ううん、平気。いやー気ぃ抜いちゃった。まさか足元とは思わなかった」
「ご、ごめん」
「んーん、平気だってば。ていうか背の高いベルトルト背負い投げとか、無理なことするもんじゃないね」

 てへっと首を傾げて笑うオミに、つい引きつった笑みを返す。本当に背負い投げようとしていたようだ。組み手を取っているときの顔なんて、普段のんびりしたオミとは違う顔つきだった。それなりに成績は上位を維持しているほうだけれど、自分よりずっと背の低い、それも女の子に負けそうになったことに少し気分が沈んでしまう。
 座り込んだオミを立ち上がらせるために手を貸すと、「ありがとう」とはにかんだ。そのときにほっぺたの傷が痛んだみたいで、痛そうに表情を崩して怪我の部分を押さえる。僕の手を取って腰を上げるしぐさに、なんだか違和感を覚えた。

「顔面からこけちゃったから擦り傷できてるかも」
「できてるかも、じゃなくてできてるよ……あと足。ひねったか何かしただろ」

 するとオミは「んー……?」と明後日の方向に視線をやり、ごまかすように鼻歌を歌いだす。名前を呼んで視線を合わせさせると、んふふー、といつもの笑い方。なんてわかりやすいんだ。左足に体重がかからないように立ち方が斜めになっているがバレバレだ。さすがにこれは放っておけないので、ほっぺたの治療もついでにしてしまおうと思い医務室に向かうことにする。

「いいよツバつけたら治るんだってこんなの」
「足首も?」
「足首はどうにかしたらいつの間にか治る」
「そんなわけないだろ、いいからほら」
「やだーーーやだやだやだ! 大丈夫だから続きやろ!」
「き、聞き分けが悪い! どうしてそんなにいやなんだ」
「だって対人格闘、わりと好きな訓練だから……」

 そう言ってむん、とへの字に口を曲げてしまう。そうは言われても、怪我を放っておくと治りが遅くなるし、もしかしたら膿んでしまうかもしれない。傷跡も残る。女の子の顔に傷跡が残るのはかわいそうだし、そうなると僕も後味が悪い。嫌がるオミを医務室の方向へと引きずっていくと、配慮が足りなかったようで、ひねった足が痛んだらしくつまづいたように背中にぶつかられた。んぶ、と変な声を上げるオミを振り返り、「ちょっとごめんね」と脇の下に手を差し込んだ。

「えっなにわあああ! 待った待った下ろして! 下ろして!!」

 オミの体をひょいと担ぐように持ち上げる。兵士なので一般の同じ年頃の女の子と比べると少し重めかもしれないが、彼女は筋肉があまりついていないらしく軽かった。たまにコニーとかエレンを抱えたりするけど、やっぱり男の子とだと筋肉の付きかたが違うのだろうか。ごはんはちゃんと食べてるのかな。
 視界が高くなったことに驚き、担ぎ上げられたこととまわりから注目を浴びたことで恥ずかしくなったらしいオミは、顔を真っ赤にして僕の肩の上で暴れる。怪我をしているというのに元気だ。じっとしてて、と言ってみるけど、興奮したオミには聞こえていない。とりあえず医務室に、と思って足を踏み出したところで、背後から足をばすんと蹴られた。びっくりして視線を下ろすと、特徴的な鋭い目とそばかすを持つ彼女がいる。

「嫌がる女に無理矢理何やってんだ」
「ユ、ユミル、これは事情があって」
「たす、たすけてユミルーっ! 誘拐される! 身代金を払える家族はいません! 残念!」
「何バカなこと言ってんだお前」

 呆れたようにユミルが立っていて、僕とオミを見上げていた。じたばたと暴れるのをやめないオミをとりあえず下ろして、足に負担がかからないように肩を支える。安心したように息をついて、ありがとうと微笑んだ。

「ベルトルさんよお、あんたただでさえ図体でかいんだから目立つことはよしとけよ」
「め、目立ってたかな」
「当たり前だろんなもん。オミもギャーギャー叫ぶわ暴れるわでコニーとジャンはあっちでアホみたいに笑ってんぞ」

 ユミルが指さした場所にいたコニーとジャンはたしかにこちらを見て大笑いしていた。オミが隣であとであのふたりジャーマンだな、とつぶやいたのは聞こえないふりをしよう。
 オミの顔の傷を見てなんとなく事情を察したらしいユミルは、ため息をつく。形のいい眉がぐ、っと真ん中に寄った。

「仕方ないな、こいつは私が連れて行ってやるよ」
「え、でも悪いよ」
「ツバつけたら治るって言ってるのに!」
「てめえは黙ってろこのうすぼんやり」

 う、うすぼんやり。その言葉が何故か面白くて、だけど笑うのは悪いなと思って震えながら堪えていると、オミが「何笑ってるの!」と背中を叩いてきた。しまったばれていた。未だ医務室を嫌がり訓練をしようとするオミに、ユミルは鋭い目を向けて黙らせる。こんなことを思うのは男として情けないのはわかっているのだけど、正直怖かった。彼女の目は切れ長だから迫力が増すようだ。叱られた子犬のようにしょぼんと肩を落としたオミのジャケットの襟をつかみ、ずかずかと大股で歩いていくユミル。足をひねっているからもう少し丁寧に扱ってやってくれと言うと、これまたすごい目で僕を睨み、渋々と言ったように肩を貸してやる。クリスタが普段から「ユミルは本当は優しい子なんだよ」と言っていたけど、初めてそれがわかった気がする。もう訓練兵になってしばらくたつけど。

 いつの間にか地面に投げ捨てられ使うことのなくなっていた木剣を拾い、対戦相手がいないしどうしようかとまわりを見渡すと、ジャンがにやにやと笑いながらコニーを引き連れて僕のほうに近づいてきた。これは人のことをからかうときの表情だ。エレンに喧嘩をふっかけるときも、よくこんな顔をしている。

「よおベルトルト。面白いことしてたな」
「いや、別に面白くはないんだけど……」
「で? あの能天気バカはどうなったんだよ」

 うすぼんやりの次は能天気バカか。ぽんぽんと出てくるオミのあだ名がいちいち面白くて、失礼だけどなんだかしっくりきてしまってまた震えて笑いを堪える。バカって誰のことだ? と首を傾げるコニーを無視して、ジャンは続ける。

「つーか、あのユミルが誰かのためになんかするとはな。何事にも我関せずって態度だろ、あいつ」
「はは……でも、案外いい人みたいだよ、ユミル」
「……お前も大概間抜けっつーか、あれだよな。あれ絶対訓練サボる口実だぞ」

 呆れたように息を吐くジャンを見て、なんとなくさっきのユミルに似てるなあと思った。きっとそういうとふざけんなと怒られるだろうから黙っておこう。
 なあ、そういえばオミとユミルのやつどこ行ってたんだ? とこれまたワンテンポずれたことを言うコニーの頭に、ジャンがひとつ拳骨をお見舞いする。そうして真面目に訓練をしろと教官に叱られ、3人そろって走り込みをさせられるのはもう少しあとのことだ。

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