「コニー、コニー! 魚獲りに行きましょう!」

 夕飯の食事当番、めんどくせえなあ、と思っていたところに、満面の笑みでそう言ってきたのはサシャだった。なんでも俺と同じく食事当番らしい。最近はパンと薄いスープばかりが続いていて、本当は肉が食べたいけどそんな贅沢なものはないから魚を獲りに行きたいと。やっぱこいついつも食い意地張ってんなあ、と思った。つーかこの時期魚獲りに行くとか、寒いんじゃねえの? こいつバカだから風邪はひかねえだろうが、天才の俺さまが訓練を受けられなくなったらどうしてくれるんだ。他にも食事当番の訓練兵はいるだろうに、なんで俺なんだ、と訊ねると、「同じ狩猟民族出身じゃないですか、協力してくださいよ」と言われた。まあたしかに家にいるときはよく鹿とか獲って食ってたけどよ。

「仕方ねーな、手伝ってやるよ」
「さすがコニー! こういうことはやっぱりコニーに頼むのが一番ですね!」
「そうかよ。でもなんでオミがいるんだ?」

 大きく手を動かして喜びを表現するサシャのうしろには、呆れた表情をしたオミも立っていた。エレンやアルミンの幼馴染らしいオミは、普段はしっかりしていて、ちゃんと自分の言いたいことははっきり言って、という芯の通った性格だ。けどたまにサシャと一緒になって子供みたいなことをしているときもある。この前は立体機動の訓練のとき、教官が見ていないのをいいことにワイヤーを木の幹に刺してブランコみたいにして遊んでいた。あれバレてたら絶対罰則もんだったよなあ。そうなったらちょっと面白かったかもしれねえのに、教官が来た瞬間にびっくりするぐらいのスピードで巨人の模型に近付いて行ってうなじの部分の布を削ぐからつまらなかった。
 困ったようにぎゅっと眉を寄せたオミは、ため息をつく。

「私も今日食事当番なの。サシャが魚獲るんだって聞かないから、一応監視役としてついていこうかと思ってて」
「とめろよ」
「とめたって聞くサシャじゃないでしょ」

 もうすでに諦めてしまっているらしいオミの手には、使われていないらしい大きめの麻袋が握られている。あれに獲った魚を入れて調理場に持っていくんだろう。

「今の時期って何の魚が獲れるの?」
「なんだろうな、コイとかか?」
「そうですねえ、あとはイワナとかですかね。私は食べられたらなんでもいいですけど」

 こいつマジで食べることしか考えてねえな。そう思ったのはオミも同じようで、「へえー」と適当に相槌を打っていた。長いあいだ訓練を共にしたりしていると、扱いには慣れてくるものだ。
 川で獲れる魚ならアユがおいしくてわりと食べやすいけど、今の時期のアユは産卵するために川を下ってきた落ちアユだから、俺はあんまり食べたくない。魚卵が得意じゃないからだ。
 そういえば魚を獲る方法を聞いていなかった。さすがに狩猟民族出身とはいえ、素手で素早く泳ぐ魚を捕まえるのは難しい。網でもあれば楽なんだけどなあ。せめてどっかに針でも落ちてたらそれを何とか曲げて糸と繋げてというふうにもできるけど。

「まかせてください、このあいだ倉庫で見つけておいたんです」
「なんでサシャってそういうことに関しては準備がいいの?」
「前準備は当たり前じゃないですか。むしろその網を見つけたから魚を獲ろうと思ったんですよ」

 いわゆるどや顔で親指を立てるサシャにほとほと呆れたらしいオミは、本日何度目かのため息をついた。俺も食い意地がそこまでいくとは思っていなかった。こいつほんと相当だな。サシャに連れられてきた倉庫は古びていて、扉も錆びた蝶番でなんとかついていた状態だし、中にしまわれていた荷物もほこりと土だらけだった。勘弁してくれよ。つーか誰か掃除しろよ。サシャはこれですこれですと倉庫のすみのほうに迷いなく歩み寄って、立てかけられた網を手に取った。大きめの網は2本あるようだ。ほこりを適当に手で払ったあと、早く出ていかないと見つかったらまずいということで急いで川のほうに走る。

「おいこれ虫取り用の網だぞ」
「え、そうなんですか?」
「ちゃんと確認しておいてよ……」
「まあ大丈夫ですよ、このくらいの穴の大きさなら魚逃げませんから!」

 どこからの自信かはわからないが、にこにこと笑いながらサシャは先頭を走って川を目指す。俺たちの頭上、ずっと高いところをすうっと飛ぶ鳥を見つけて、鶏肉ー! と言いながら網を振り回した。バカだけど、つまらないうえにつらい訓練を耐えられるのはこいつのこの性格のおかげだなあと思った。



 川に近付くにつれだんだん冷えてきた。オミは最初はまったく乗り気じゃなかったようだけど、川で群れになって泳ぐ魚を見た途端に目をきらきらと輝かせて、ブーツを脱いで白いズボンの裾を折り上げている。俺もサシャも同じように足を出して、恐る恐る川の水に足をつけた。

「つめてえー!!」
「うわー思った以上に冷たい! むしろ痛いです!」
「あし! 足凍っちゃう! ははは!」

 げらげらとバカみたいに大笑いしながらしばらく水遊びを楽しんだ。風邪をひいたら困るからと言って、オミが体を包めるくらい大きなタオルを何枚か持ってきていたけど、正解だった。夏でもないのに水面を蹴って水しぶきを上げる。きゃーとオミは笑って俺に同じように水しぶきをかける。「魚逃げちゃいますよー」と言いながらサシャも楽しそうに笑って水面を蹴った。
 しばらくそんなことを続けてズボンの裾がびしょびしょになったころ、オミが持ってきた虫取り用の網を持ち出してくる。なんだかんだ言って楽しんでいるようだ。じっと目で魚を追い、網を水面に近づけて、バシャンと網を川の中につっこんだ。そうして持ち上げられた網の中には、ちいさな石が何個か入っているだけだった。俺とサシャが指をさして大笑いすると、ほっぺたを赤く染めてむくれた表情になる。

「今絶対捕まえたと思ったのに」
「バカお前タイミングが下手なんだよ、俺さまに貸してみろ」

 唇を尖らせたオミはつまらなそうに網を俺に差し出す。それを受け取って、そうっと慎重に魚に悟られないように水に網をつけて、くいっと網を持ち上げた。水を失った魚がびちびちと暴れて、水滴が顔に散った。サシャが「さかなー!」と両手を万歳して喜ぶ横で、オミが子供みたいに輝いた目で俺を見ていた。なかなか気分がいい。持ってきていたナイフでエラブタを開いて背骨を折り、腹のほうも開いて内臓を取った。太い血管を切って、血をいっぱい出しておいたほうが、食べるときに血生臭くなくて食べやすい。魚の体がびくびくと痙攣して、それを見たオミが顔をしかめた。

「コニー、手際いいねえ」
「よく獲ってたからな。俺は処理すっからお前ら網で獲ってろよ。時間たつと美味くなくなるから早く獲れよ」
「なんだかコニーが大人に見える」
「どういう意味だコラ!」
「じゃあ私もですよねオミ! 私も下処理できますよ! 私も大人ですか!」
「でも私魚上手に獲れない」
「前から獲るから逃げられるんだよ。しっぽのほうからゆっくり狙え」
「ねえ私の話聞いてます?」

 俺のアドバイスどおりに、魚の背後に回るオミ。魚に背後ってあるのか? まあいいや。座学のとき以上に真剣な顔になってんぞお前。そっと網を静かに沈めて、一気に持ち上げた。網の中には少し小振りな魚が2匹入っていた。体を跳ねさせていて、生きがいいのがよくわかる。嬉しそうにぱっと表情を明るくして、オミは1匹目の下処理を終えた俺のところにそれを持ってきた。サシャもそのうしろで負けていられないというふうにじっと水面を睨んでいる。

「見て見てコニー! 獲れた! すごい!」
「俺の助言通りだろ、感謝しろよ」
「2匹も獲れた! 楽しいね」

 ほっぺたをまた赤くして、興奮したように魚の入った網を持ったまま、にこにこと嬉しそうに、楽しそうに笑いながらくるくるとその場で回るオミ。こいつマジで子供みてえ。鮮度が落ちるから獲った魚を引き取って、また血液と内臓を川の水で流す。あんまり獲りすぎてしまうと魚の数が減ってもう獲れなくなるし、なんかセイタイケイがどうこうってことになると困るから、10匹程度で終わるように言った。俺もあんまりナイフ使ってると腕が疲れてくる。このあとの食事当番、めんどくせえなあ。麻袋にはだんだんと、いろんな大きさの魚が溜まっていく。オミとサシャより先に濡れた足をタオルで拭かせてもらった。

「私の魚のほうが大きいですよ!」
「わ、わたしのほうが数はとったよ!」
「大きいほうが勝ちです」
「数が多いほう!」
「くだんねー言い合いしてねえで早く帰ろうぜー。そろそろ準備始まるぞ」

 こいつら俺より年上のくせになにガキみてえな喧嘩してんだ。呆れた表情をしてみせると、「コニーにバカにされるとかたまったもんじゃありません」「サシャにもだけどね」とか生意気な口を利く。こいつらの魚取り上げてやろうか。麻袋に血がにじんできていて、早くしないと鮮度が心配だ。森を抜けると運動地があって、その先に宿舎や食堂がある。他のやつらが集まってくる前に魚を隠さないといけない。血だらけのナイフと手を洗って、ブーツを履いた。サシャがよだれを垂らしながら大事そうに麻袋を抱えているのを見るオミの何とも言えない顔が、なんかすげー笑えた。

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