街から帰ってきたオミは、紙袋につめこんでいた毛糸玉をベッドの上に広げて、難しい顔でにらめっこしていた。淡いグレー、ベージュ、深い赤に、やわらかい黄色。色とりどりの毛糸玉を見て、私は首を傾げた。

「オミ、編み物でもするの?」

 そう声をかけると、オミはぱっと顔を上げてふにゃりと笑い、私の名前を呼んだ。軽やかな声だ。

「アルミンがね、マフラーほしいみたいで。誕生日が近いから、プレゼントしようかなあって思ってるんだけど……」
「えっ、アルミン誕生日なの?」
「うん、まだ先だけどね」

 ただどの色の毛糸がいいか迷ってるの。オミはあっちこっちの毛糸玉を取ってうんうん唸りながら色を見比べ選んでいる。そういえばみんなの誕生日とか、あんまり知らないなあ。訓練兵がそんなことで騒いじゃいけないわけじゃないし、お互いがお互いをお祝いしたら楽しそうなのにな。
 オミのベッドのそばに腰を下ろして、ベッドに頬杖をついて、真剣な顔で毛糸の色を選ぶオミを見つめる。アルミンもこれだけ真剣に選んでもらったら、きっと嬉しいだろうなあ。うらやましい。
 ようやく色を決めたらしいオミは、少し大きめの私物入れのかごの中から編み棒を2本取り出す。慣れた手つきで作り目を作っていき、それがある程度の長さになったらするすると編みこんでいく。オミのきれいな手が、なめらかに動いていって、私は息をはいた。

「すごい、オミって器用なんだね」
「慣れたら簡単だよ。編み棒もあるし毛糸もあるし、クリスタも編む? 教えるよ」
「えっ、でも私、編み物とかしたことないよ」
「へーきへーき! ほら、編み棒。作り目は作ってあげるね」

 好きな色の毛糸を選べと言われて、ベッドの上の毛糸玉に視線を巡らせる。ううん、どれにしよう。あの深い赤もいいし、淡いグレーもいいなあ。花の色みたいなピンクもかわいい。自分が優柔不断なのを初めて知った。さっきのオミみたいに唸りながら真剣に悩んでいると、うしろからふっと影が差した。オミと一緒になって見上げると、ランプを背にユミルが眉間にしわを寄せて私たちを見下ろしていた。

「何やってんだお前ら」
「ユミルいいタイミング! クリスタに似合う毛糸選んだげて!」
「はあ?」

 ベッドの上で中腰になってすごい勢いで腕をつかんできたオミに少しびっくりしたようだけど、いつものように少し機嫌の悪そうな顔で、ユミルは散らばる毛糸玉をひとつひとつ目で追う。私と同じくベッドのそばに腰を下ろして、玉を取ってふうん、と眺めて、また違う玉を取って私の顔の横に並べて首をひねる。どうもしっくりこないらしい。
 まだあるよ、とオミはどんどんと紙袋から毛糸玉を取り出す。ど、どれだけ持ってるんだろう。新しく出てきた毛糸玉は暗い青やグレー、茶色、白っぽいクリーム色。その中のクリーム色を手に取って、ユミルはそれをオミに押しつけた。

「これ」
「おっさすがユミルセンスいいね」
「クリスタのことだぞなめてんじゃねえ」
「もう、恥ずかしいこと言わないで!」

 でも実際、ユミルが選んだ毛糸の色は私も好きな色だった。好みをわかってくれているのがなんだか嬉しくて、少し頬がゆるりと緩むのがわかる。
 オミがクリーム色の毛糸を使って、木製の編み棒にあっという間に作り目を作っていく。何を作るつもりだとか、そんなものはないので、ほんの10センチ程度で留めてもらった。そこから編み棒の動かし方とか毛糸の絡ませ方とか、基礎を教えてもらう。オミの教え方は丁寧で分かりやすくて、初心者の私でもきちんと編めていった。そんな私たちの隣でユミルは暇そうにしていて、ちょっと申し訳ないかも。

 最初のうちは編み棒を差すところを間違ったり、毛糸の位置を間違ったりして何度もオミにやり直してもらったけど、しばらくやっていると慣れてきて、ゆっくりとだけど自分だけで編めるようになってきた。もたもたと編み棒を動かしていると、オミはちいさなかぎ針とピンク色の毛糸を出してきて、私の横で編み始めた。すごくちいさなものみたいだけど、なんだろう?
 ユミルに手が止まってる、と言われて我に返り、またもたもたと編み棒を動かす。少しぐしゃりと歪んでしまって、またオミに直してもらう。そんなことを繰り返して、たぶん小一時間くらいたったのだろうか。いつの間にかユミルの隣ではサシャやミカサが座っていて、私とオミの手元をじっと見つめていた。私の手には、ちょっと不格好ななりそこないのマフラーのようなものが出来上がってきている。これ、どうしようかなあ。そう思っていると、自分の手元から視線を上げたオミが、横からするりと編み棒ごとそのマフラーもどきをさらっていった。

「クリスタ上手だね。編み目がちゃんとつまってる」
「でも、ところどころふにゃふにゃだし、びよびよだよ」
「十分だよ。慣れたらもっと上手になる」
「そうかなあ。でも、編み物楽しかったな。また教えてもらえる?」
「もちろん! これは丸く繋げて、ヘアバンドにでもしようか」

 そしてオミはまた手慣れた手つきで、私の編んだマフラーもどきの端と端をくっつける。編み棒を徐々にずらしていって、かぎ針を使ってぐいっと糸を引き出し、私が感心して眺めていると、何をしているのかわからないうちにマフラーもどきは輪っかになってしまった。すごい、オミの手は何でもできるのかな。
 その輪っかをオミは私にかぶせて首までおろして、今度はグイとおでこまで引き上げる。髪が全部うしろのほうに行って、視界が広くなった。

「ふは、でこっぱちクリスタ」
「これだと朝顔洗ったりするとき便利そうですねえ!」
「そのクリーム色、クリスタによく似合っている」
「当たり前だろ私が選んだんだぞ」

 すぽんとヘアバンドになった輪っかを頭から外す。私が初めて作った編み物。仕上げとか作り目とか、手直しとかはオミにしてもらったけど、ほとんど自分で編んだ。なんだかすごく特別なものになりそうで、なんだかくすぐったくて、髪を手櫛で直しながらひとりにやにやと笑ってしまう。そんな私を見てオミもんふふ、と笑った。それだけで私は嬉しくなる。
 オミが編んでいたものは毛糸の花だった。シロツメクサみたいに、花びらがたくさんあって重なっている花。よく見るとその毛糸にはラメが混ざっていて、光にかざすとキラキラと光る。

「これは頑張ったクリスタにプレゼント」

 その毛糸の花はオミの手でヘアゴムにくっつけられて、私の髪をそのゴムで束ねる。耳のあたりでひとつにまとめて、優しい手つきでゴムでしばる。毛糸の花に触れると、サシャがかわいいです、と言って、ミカサとふたり、正面で笑った。

「今さら何言ってんだ芋女、私のクリスタだぞ」

 ユミルのいつもの憎まれ口にオミが「愛されてるねえ」と笑う。別に私、ユミルの子供でも妹でもなんでもないんだけどなあ。いつもエレンがミカサに言っているセリフと似たようなことを思い、自分でもおかしくなって笑い声を漏らすと、みんなも笑顔になる。楽しいなあ。私、みんなのことが大好きだよ。いつも楽しいサシャも、あまり喋らないけど優しい目をするミカサも、なんだかんだ心配してくれるユミルも、素っ気ないけど実はまわりをよく見てるアニも、お姉ちゃんみたいにいろいろ教えてくれるオミも、みんなみんな、愛しているよ。

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