最近、体を使う訓練のときはオミが教官のそばで座って見学している。どうやら対人格闘中に怪我をしてしまったようだ。そういえばこのあいだ、ベルトルトがやけにオミの近くにいて、いつも以上に話しかけていたなあ。きっと怪我をさせたことに負い目を感じているんだろう。彼らしいと思った。他にもたくさんの訓練兵たちがオミに声をかけていて、彼女が笑顔を浮かべて、まわりも同じように笑う。僕の幼馴染はいつも笑顔が絶えない。そんな彼女のまわりにもいつも笑顔がある。僕はこれはオミの人徳が成せることなんだろうなあといつも思っている。
 エレンもミカサも、ごはんのときや訓練が始まる前の移動のとき、オミの足を気遣って肩を貸そうとお互い必死で、今日はオレの番だとか女子の宿舎に行くんだから私がとか、変に対抗心を燃やしていて少し困る。オミも嬉しい反面、喧嘩はしちゃだめだよと毎回言っている。が、そんなやわらかく言って聞くエレンとミカサじゃないのだ。
 教官はオミに3日で治せと言ったらしい。軽い捻挫だから十分な休息期間だと彼女は言っていたけれど、僕はせめて5日くらいくれてもよかったんじゃないかと思った。けれど、訓練期間は3年と限られた期間しかないし、あまり長い間休みを与えると他の訓練兵との差が大きく開いてしまうという配慮もあるのだろう。オミも納得しているようだし、僕が口出しすることではない。
 オミは立体機動や馬術の訓練に出られないかわりに、座学や技巧の授業にはいつも以上に真剣に取り組んでいた。体を使い、かつ巨人を倒すために必要不可欠な訓練は点数が高い。しかし足を負傷した彼女はその訓練を受けることはできないので、せめて、ということらしい。でもオミは別に憲兵団に入りたいとは思っていないと前に言っていたから、別にそこまで頑張りすぎなくてもいいんじゃないと言ったら、「憲兵団に興味ないからって適当に訓練を受けていいわけじゃないからね」といつものようにんふふ、と笑っていた。訓練の時間を勘違いして遅刻したり、座学の試験の解答欄をひとつずつずらして書くくらい抜けていても、やはりオミは僕たちよりひとつ上のお姉さんだ。しっかりしているところもある。
 そんな幼馴染の彼女は、今日は教官の横に座り込んで見学をしていない。何でも足の痛みがひどくて歩くことすらままならないとか。アニがそう言っていたのを聞いて、ベルトルトがそわそわとし始めたのには、悪いけど少し笑ってしまった。落ち着かない気持ちもわかるけど、女子の宿舎のほうを見たってオミの具合はわからないよ。
 朝食も昼食もアニがわざわざ宿舎まで持って行ったらしい。女子のみんなも安静にさせておくために、かわりがわり世話を見ているみたいだった。ここまでみんなに好かれるのも、オミの性格の成せる業だ。
 そうして今日1日の訓練が終わった。晩ごはんをエレンと食べていると、ミカサがオミに肩を貸しながら食堂に入ってきた。エレンも僕も椅子から立ち上がり、二人に歩み寄る。食堂の入り口近くにいた、オミと親しい子たちも少しざわめいた。

「エレンアルミン、昨日ぶりー!」

 いつもと何ら変わりない笑顔で、ミカサの肩をつかんでいる手とは反対の腕を振ってみせるオミ。その手には小ぶりの紙袋。やはり左足はひょこひょこと引きずられていた。頬の大きなガーゼもそのままだ。

「大丈夫? 今日は特に痛むってアニが」
「あーあれうそ! もう痛みはほとんどないよ」

 ほら、とオミはどうだと言わんばかりにぶんぶん足を前後に振ってみせる。ミカサも肩を貸すのをやめていた。どうやら足を引きずっていたのも、教官に見つかったときのことを考えてのことらしい。今日でオミが怪我をしてから2日たっていた。軽いとはいえ、捻挫がこんなに早く治るのもすごい。たしか今よりずっと小さいころから、熱を出してもその日の夜にはすっかり元気になっていたし、たいした怪我じゃなければ素晴らしい治癒力を持っているようで、すぐに治っていた気がする。いつもみたいに4人、同じテーブルを囲む。朝と昼を共にしなかっただけで、なんだか懐かしく感じるから不思議だ。メニューはいつもと変わらず固いパンと味の薄いスープ。パンは手でちぎるにしても噛みちぎるにしても少し固い。だからいつもオミはパン全体を少し揉んでから食べ始める。今日もそうしてパンを食べ始めた。最初のころはその食べ方もどうかと思ったものだけど、彼女は固いものよりやわらかいものが好きなのは知っていたし、僕もたまにそうして食べこともあるから今では何も言わなくなった。パンを口に含んだすぐあとにスープを飲んでふやかす。調理担当の兵士の腕がよければこのスープもおいしいのだけど、今日の担当兵士はそうでもないらしい。むしろいつもより塩味が薄く、ただのお湯を飲んでいるように感じた。

「このスープ味が薄い」
「エレン、食べられるだけでもありがたいこと。文句を言わない」

 みんな思っていることは同じようで、あちこちからエレンのように味に対する文句が上がった。母親のことを言ってエレンにうるさいと言われるミカサに、またやってるなあと苦笑いとため息が出る。ミカサの隣でオミが「お母さんみたいだねえ」と朗らかに笑った。
 そうして食事を終えたころ、オミは足元に置いていたらしい紙袋を持って、机越しにそれを僕に渡してきた。内心首を傾げながらもそれを受け取り、隣に座るエレンと一緒に紙袋の中を覗く。そこには深い緑色のものが入っていた。広げてみてほしいというので遠慮なく取り出してみると、細長いそれはマフラーだった。ちょうどいい具合の厚みと長さで、新しく買い換えたいと思っていた僕は思わず頬が緩む。編み柄も派手じゃなくて使いやすそうだ。

「オミ、これどうしたの」
「アルミンそろそろ誕生日でしょ。最近めっきり冷え込んできたし、マフラーがいいかなって」
「だからこの前アルミンのマフラーの好み聞いてきたのか?」
「あっもうエレンてばよけいなこと言わないでよ」

 しーっと人差し指を口元に添えて、恥ずかしそうに言うオミ。そういえばこのあいだの、訓練が休みの日。エレンと街にマフラーを買いに行ったとき、オミとミカサとサシャに会ったんだった。あのときはいいものが見つからなくて何も買わないで帰ったのだけど、そのときだろうか。
 暖かそうなマフラーをもてあそびながら、エレンは「アルミンだけずりーぞ」と唇を尖らせる。そんなこと言われても。とりあえず乾いた笑い声だけを返す。

「エレンの誕生日はまだまだ先でしょ」
「じゃあ誕生日が来たらオレにもマフラーくれるのかよ」
「そのころになるともうあったかいよ」
「誕生日だってオレが一番最後だしオミの年は抜けねえし、つまんねえ」

 エレンは昔から誕生日の順番を気にするところがあった。僕が11月でミカサが2月生まれ、そしてエレンとオミは3月生まれだ。オミのほうが数日早く誕生日を迎えるのだけど、僕とミカサは数ヶ月だけでもオミと同い年になるのに、自分だけいつまでも年下のままだから仲間外れだとかなんとか、毎年誰かの誕生日が近付くと言っている気がする。そのたびにオミにくだらないと笑い飛ばされているのだ。オミはエレンと一番長い時間を共にしている。シガンシナに住んでいたころ、家が近所で母親同士も仲が良く、物心つく前から一緒に遊んだりしていたそうだ。つまり、僕と出会う前のお互いをよく知っている。だからエレンの扱いも上手いのだ。

「はいはい、そのときはちゃんとプレゼントあげるから」
「言ったな! オレは覚えてるぞ、忘れるなよ」
「もーいいから早くそれしまいなよ、アルミンのだよ」

 目に力を込めて念を押すエレンに呆れたようで、オミは机に頬杖を突きながら緑色のマフラーと紙袋に視線を下ろす。エレンは納得したような表情で、きれいにマフラーをたたんで紙袋に突っ込み、僕に手渡した。オミの横で、ミカサは黙ったまま僕たちを見ている。ミカサは表情がわかりづらいとよく言われているけど、僕やエレン、オミからしてみれば小さな変化もすぐわかる。あれは楽しいと思っている顔だ。昔エレンからもらったらしい赤いマフラーに顔をうずめ、目を細めている。ミカサのほうが1ヶ月誕生日が早いし、エレンと比べるとお姉ちゃんみたいだなあと思った。けど、そんなことを言うともれなくエレンが機嫌を損ねるので胸の中にとどめておく。
 消灯時間が近いことを知らせる鐘が鳴る。ぞろぞろとみんなが席を立って食堂から出ていく。僕たちもそろそろ戻るとしよう。風邪をひくなといつまでも言い続けそうなミカサをオミが引っ張っていく。男子宿舎のほうに帰ろうと足を向けると、「アルミン」と静かに名前を呼ばれた。エレンとほとんど同時に振り向くと、偶然通りかかったらしい、私服姿のクリスタが僕らを見ていた。彼女の青い瞳と目が合う。

「オミからマフラーもらったの?」
「うん。僕の好みぴったりだったよ」

 紙袋をかすかに持ち上げてそう言うと、横でエレンが「当たり前だろ、オレたち幼馴染だし」と言った。マフラーの入っている紙袋には、どこかの店のロゴが入っている。きっと街に遊びに行ったとき、探して買ってくれたんだろう。クリスタもにこにこと笑いながらよかったね、と優しい目をした。

「アルミンの誕生日が近いからって、前から暇があれば編んでたんだよ。毛糸の色もどれにしようかってすっごく悩んでて」
「これって、オミの手編み?」
「え、あれ、知らなかったの?」
「え、そうなのか?」

 全然気が付かなかった。確かにオミは昔から手先が器用だったけど。ぽかんとしたクリスタは、そのあとめずらしいねというふうに笑った。エレンも、マフラーの好みは聞かれたけど、どこかの店で買うと思っていて、まさか自分で編むとは思っていなかったそうだ。そういえばさっき、足がひどく痛むのは嘘だったと言っていたのはオミ本人だ。たしかによく考えると、そういって休んでいた理由が思いつかない。もしバレたら罰則ものだ。彼女の言うとおり、このマフラーを編むためだとしたら。もう一度マフラーを取り出してみると、紙袋の底のほうに小さな紙が入っている。メッセージカードのようだ。裏返っているそれを表に向けると、

「……オミの誕生日には、めいっぱいお礼をしなくちゃね」
「まだまだ先だろ」
「エレンも一緒に考えてね」
「……しかたねえな」

 渋々、というふうに頷いて見せるけど、彼もなんだかんだオミに懐いているし、大切な幼馴染だと思っているのがよくわかる。思わず笑うと、そんな僕たちを見たクリスタが「いいなあ、幼馴染って」と笑った。メッセージカードは捨てずに置いておこう。そして定期的に眺めるんだ。僕たちの幼馴染は、人を喜ばすことが得意らしい。

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