「エレンは猫より犬って感じだよね」

 また意味の分からないことを急に言い出した、と溜め息を禁じ得なかった。久しぶりに幼馴染同士だけで昼食をとろうということになり、隣のクラスのミカサとアルミンを誘って自分たちの教室に集まって、各々弁当を広げて食べ始めたときにこれである。もう何年もの付き合いになるが、エレンは未だ少しだけオミという人間がわからなくなることがある。

「猫耳より犬耳のほうが似合うと思うんだけど、ミカサはどう思う?」
「エレンならどっちでも似合うと思う」
「じゃあミカサは猫かなー。……いやミカサも犬っぽいな」

 表情を変えることなく即答するミカサに誰かツッコミを入れてくれ。弁当に入っていたサンドイッチを頬張りながらオミはミカサをじろじろと眺めて首をひねる。そして隣に座るアルミンにも視線を移して、「あーアルミンも犬かなあ」とひとり納得したように何度もうなずく。なんだそれ結局みんな犬なんじゃねえか。エレンは呆れてまた溜め息をつき、卵焼きを頬張った。母親の作っただし巻き卵に勝るものはないと思っている。とかなんとか言いながら一番好きな料理はシチューだったりするので結局なんでもいいのである。

「エレンは赤柴、ミカサが黒柴、アルミンが白柴かな」
「柴犬限定かよ」
「じゃあアルミンはチワワで」
「これ僕泣いていいやつかな」
「エレンはー……やっぱり柴かな」
「オミ、私は」
「ミカサは……ドーベルマン……いやシベリアンハスキー……」

 女の子相手にその例えはいったいどうなんだ。そうは思ったもののミカサということを考えればなぜか納得できてしまうので何も言えない。シーンと黙った3人のことなど気にしていないらしく、ミカサはどこか嬉しそうに頬をうっすらと染めている。顔立ちが無駄に整っているために、同性のオミから見ても惚れ惚れしてしまう。しかし「これで犬になってもエレンを守れる」と見当違いなことをつぶやくミカサにがっくりと肩を落とした。そこじゃないそこじゃない。大体なぜ犬になること前提なのだろう。現代の最新技術をどう駆使しても人間が犬になることは不可能である。もごもごと今度は唐揚げを頬張っていると、ふとアルミンがオミの背後を見上げた。なんだろうと行儀悪くフォークをくわえたまま振り返ってみると、きょとんとした表情のマルコがこちらを見下ろしていた。どうやらジャンはいないらしい。マルコの手には弁当が入っているであろう巾着が乗せられていて、今からご飯を食べるらしいことが想像できる。本人は気にしているようだが、オミはマルコのそばかすかわいいなああんぱんのごまみたいとよくわからない褒め言葉を胸中で述べる。

「マルコも犬だね」
「ごめん何の話」
「犬耳が似合うか猫耳が似合うかの話」
「ああ……オミも犬って感じだね。コーギーとか?」
「それは私の手足が短いってことかな……」
「ちょっと被害妄想激しすぎない?」

 遠い目をしてみせるとマルコは困ったように笑った。冗談だよ、とアスパラベーコンをもぐもぐもごもごと咀嚼すると、食べながらしゃべるなよとエレンからお叱りを受けた。まったくこのあいだまで私に行儀が悪いことをするなと叱られていた側のくせに、思春期の男の子ほどかわいらしくないものはない。大人しく口を閉ざして咀嚼だけに集中する。うげーお母さんまたプチトマト入れてるよとげんなりしたが、またこんなことを言うとエレンが好き嫌いするなとえらそうに説教を始めるのだ。自分こそにんじんが嫌いなくせによく言うよ。
 両手でおにぎりを持って食べるアルミンを見てこの女子力どこに落ちてるんだろうと疑問に感じたところで、ジャンが戻ってきた。どうやら自販機に行っていたらしく、手にはペットボトルが握られている。食事時にコーラを飲むなんてオミからすれば理解不能だが、まあ個人の好みに口を出すのはよくないとアスパラベーコンを飲み込んだ。

「垂れ耳が似合うんじゃないかな、マルコは」
「あれ、まだその話続ける?」

 チワワと言われたアルミンはその話題を早く終わらせたいのか少しばかりげんなりとした表情をしてみせる。一度こういうことを考え出すと止まらないのだ、もう少し楽しませてほしい。焦げ茶色の垂れ耳とくるんとした尻尾がついたマルコを想像してみる。思った以上にしっくりきた。そして次にエレンに視線を戻して赤毛の柴の耳としっぽを同じように想像していると、「こっち見るな」と軽く睨まれた。ただでさえ目付きが悪くて悪人面と言われているのに、そんな目をすると本当に人を殺してそうな顔になる。しかし耳があると想像してみれば、なかなか懐かない子犬に見えて思わず吹き出しそうになった。いかんいかんこれは怒られるやつだ。笑いをごまかすようにオミはペットボトルのお茶をごくごくと飲む。

「おいマルコ、何の話だ」
「オミが猫耳が似合うか犬耳が似合うか、みんなのこと吟味してるんだよ」
「はあ? マジでお前いつもくっだんねー話ばっかりしてんな」
「そういうジャンは馬かな」
「んだともっぺん言ってみろ!!」
「そういうジャンは」
「いや本当に言わなくていいからオミ」

 えらそうに鼻で笑ったジャンに思いのほか腹が立ったので馬面と定評があることを気にしているらしい顔面ををいじってやればこれである。フンガキめと鼻で笑い返してやると、マルコによしてやってよと苦笑いされた。ここは彼に免じてやめてやろう。フォークでプチトマトを突き刺し、思い切って口に入れる。なんともいえない味と酸味と、中のジェル状の謎の物体が口の中に広がって非常に気持ち悪い。しかし嫌いだからと残して帰ると、夕飯のときに笑顔でそのことをねちっこく責められるのだ。味をごまかすように他のおかずを次々に口に詰めていくと、エレンが「落ち着いて食えよきたねえ」と言わんばかりの目をこちらに向ける。私の苦労を知らないでなんだこいつとオミは少しイラッとした。本当に、思春期の男の子ほどかわいらしくないものはない。

「コニーは猿でライナーはゴリラでベルトルトはキリンで」
「ああ、とてもよくわかる」
「クリスタとユミルは猫かなあ、クリスタは白くてふわふわしたやつ」
「すごくわかる。ユミルは黒猫」
「それだミカサ! さすがミカサ!」

 ガタンと勢いよく椅子から立ち上がってミカサを指さし褒め称えると、照れたように口を閉ざしてもじもじと手に持った箸できんぴらごぼうをいじり始めた。金色の目の黒猫かわいいよなあと想像していると、今度はアルミンから「オミ、ごはんは座って食べてね」とやわらかくお叱りを受けた。どうもエレンと違ってアルミンの言葉は素直に受け入れられる。隣でエレンは「オレには反抗的なくせに……」と不貞腐れたように呟く。反抗期めんどくせー。

「サシャは?」
「え……なんかいっぱい食べるやつ」
「ざっとしすぎだろ」
「あーでもサシャもなんか犬っぽい。わりと懐っこいもん」

 マルコの質問にそれはもう雑に答えると、ぺしりとジャンがオミを軽くしばいた。この馬面見てろよと彼女は下から睨みつける。しかし本人は自分がいないところでこんなこと言われているとは思わないだろう。というかコニーとライナーとベルトルトの印象なんて見た目で決めているではないか。つーか犬猫だけの話じゃなかったのかよ、とエレンはまた溜め息をついた。にんじんのグラッセが弁当箱のすみに鎮座しているのを見ていないふりして、最後の卵焼きを頬張る。

「まあなんでもいいや。5時間目なんだっけ」

 ほらみろこいつはこういうやつだ。自分からくだらないことを言い出しておいてすぐに飽きるのである。そんな小さいやつでいいのかと思うくらい小ぶりな弁当箱を片付けて、机の上に置いてあった携帯をいじりはじめる。口に食べかすついてるけどいいのか女子として。じっと見つめているとミカサが気付いたらしく、さりげなくその食べかすを指で取ってそれをパクリと食べた。なんだそのイケメンな仕草。エレンが呆然としているとオミは恥ずかしかったのか「ありがとー」と顔を赤くして笑った。そのイケメン力どこに落ちてるんだよ。

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