クリスタと一番長い時間を過ごすのはユミルだし、ユミルと一番長い時間を過ごすのもクリスタだ。104期訓練兵のあいだではふたりはコンビとして知られているといっても過言ではなく、ユミル曰く「当たり前のこと」らしい。あまり多くを語らないふたりだけれど、お互いいい距離感を保っているように見える。そして今日はそのユミルの誕生日とのこと。それを教えてくれたのはやはりクリスタで、問題なのは今現在の時刻がもう夕飯を終えて就寝時間前の自由時間だということだ。

「どうしてもっと早く言わなかったの……」

 呆れたようにそう言うしかなかった。クリスタは白い頬を赤く染めて「みんな知ってると思ってたの……」とか細い声で言った。少し申し訳なく思っているらしい。みんなクリスタほどユミルと親しいわけではないし、誕生日どころかフルネームを知っている訓練兵はきっと少ない。オミだってむしろ誰か知っているのだろうかと思うくらいだ。しゅんとするクリスタを見るとものすごい罪悪感に襲われるのでひとまず励ましておく。端から別に責めるつもりはなかったのだが、なんとなく。

「ユミルもクリスタも、あんまり自分からそういうこと言うタイプじゃないですからねえ」
「こないだのクリスタの誕生日教えてくれたくせに、自分のことはまったくなんだから」

 サシャの言うことに納得し、ミーナも呆れたふうに肩を竦めてみせる。当のユミルは食事当番で、今ごろ片付けをしている。帰ってくるのはもう少しあとになるだろうか。何か誕生日なら贈り物を、と思うのだけど、次の休日はまだまだ先で、買い物に行けそうになかった。普段使っているものからまともなものを渡せたらいいのだが、人にあげられるいいものは持っていない。ううーん、とオミは唸った。
 誕生日というものはとても大切なものだと思う。年を取ることもそうだが、やはり生まれた日というものは特別なもので、オミ自身自分の誕生日は何があるわけでなくともわくわくするし、どこか楽しい。ひとつ年下の幼馴染たちにおめでとうと言ってもらうことが本当に嬉しいし、祝ってもらっていやな気分になんてなるわけがない。自分の誕生日にいい思いを味わわせてもらえるぶん、まわりの人にもいい気分になってほしいのだ。幼いころ母親にもよく「自分の感情に素直にいなさい。嬉しいこと楽しいことは喜んで、悲しいときつらいときは正直に泣きなさい」と言われたものである。

「そういえばミカサと1週間違いだね」

 毛先を指でいじりながらミーナはミカサに笑いかける。無表情のまま頷いて、首に巻いたマフラーを少し上げた。

「誕生日が近い人がいるのは、なんだか嬉しい」
「あーわかるわかる! 私アニと誕生日近いんだよ! ね、アニ」
「どうでもいい」
「またそんな冷たいことを」

 輪になって話すオミやクリスタたちから離れ、ひとりベッドの上で本を読むアニはこちらに視線をよこすことなくそう言い放つ。あまりまわりと慣れ合おうとしないアニの冷たい言動にめげることなく、オミは毎日明るく話しかけていた。本人が楽しそうだから誰も何も言わないが、よくやるなあというのが正直な感想である。このあいだなんて対人格闘の訓練のとき、相手をしてくれと頼んで見事に投げ飛ばされていた。背中を強かに地面に打ち付けてしばらく体を起こせないと言っていたのが懐かしい。

「ユミルってなんか好きなものとかあるの?」
「クリスタ」
「……」
「……」
「……」
「ちょっと! どうしてみんな黙るの!」

 誰かがふとつぶやいた疑問にミカサが間髪入れずに答えた途端、沈黙が流れた。否定できないから余計にこの沈黙がつらい。もう! と怒っているクリスタだけが平常運転だ。それからユミルの好きそうなものを想像してみるが、クリスタ以外にまったく思い当たらないからこわい。それだけ自分を晒していないということもだが、それだけ自分たちはユミルのことを知らなかったんだなあとオミは少し悲しくなった。そんなことを言い出したら同期の好き嫌いを全部把握できるわけではないのだけど。

「あ! ほら、ユミルって最近髪結んでるじゃない?」
「ああ髪留めとか?」
「それいいかもしれない!」

 気まずい空気を破ったのはミーナだった。たしかにユミルは最近髪が長くなってきたようで、うしろのほうでちょこんと束ねていることが多い。使っている髪留めは至ってシンプルなもので、彼女らしいといえばまあらしいのだけど、もう少し飾りのあるものを使ってもいいのではないだろうか。

「次の休日は、たしか4日後」
「ああ……」

 冷静に呟いたミカサの発言に、みな一様に肩を落とした。そういえばそうだった。もうこうなればサシャの隠し持っているビスケットなどのある程度日持ちするお菓子を渡すしか。

「いやですよなんでですか!」
「サシャ! 大事な仲間の誕生日を祝う気ないの!?」
「誕生日はおめでたいですけど! え!? ていうかなんで私がビスケット隠し持ってるの知ってるんですか!?」
「いやむしろなんでバレてないと思ってたのか」
「たまにボリボリ食べてるじゃない、あれ音でモロバレだからね」

 オミとミーナのツッコミに本気で衝撃を受けたらしいサシャは、頭を抱えてうずくまってしまった。そしていつものようにクリスタが優しく背中をさすって慰める。天使ですか、とクリスタに抱きついているが、ここにユミルがいれば蹴りの一発でも入れられそうなものである。
 そんなバカな話をしているあいだにも時間はだんだんと進んでいくのだ。オミがふと視線を向けた窓の向こうで、食堂から出てくるユミルが見える。やばい、これはやばい。とりあえずサシャをクリスタから引っ剥がし、そろそろ宿舎に来ることを伝えた。

「当たり前だけど贈り物は後々考えよう! とりあえずあれだ、ユミルが扉開けた瞬間に、おめでとーって!」
「もし言うのがずれたら」
「じゃあ私がせーのって言うから! せーのっおめでとーって! 大丈夫みんな!?」
「一番慌ててるのあんただけど」
「今だけアニとミカサの冷静さがほしい!」

 出入り口の扉に耳をぴったりとくっつけ、外から聞こえる砂を踏む音に耳を澄ませる。そんなオミのうしろではサシャやミーナ、クリスタたちが少し緊張したような面持ちで口を閉ざしていた。オミも口元に人差し指を立て、思わず顔が強張るのを感じる。
 あと5歩、4歩、3歩……。
 ぱっと扉から体を離してからふたつ数えて、ガチャリと扉が開かれる。暗くなった空とそこに浮かぶ星、疲れたような、そばかすの乗った顔が見えた。うしろから息を呑むような声が聞こえ、今だとオミは口を開く。

「いくよ、せーのっ!」




▽ Happy birthday dear Ymir !

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