「えっ今日誕生日なの?」

 その言葉に正直に頷くと、目の前のひとつ年上の少女はぱあっと表情を明るくして「おめでとう!」といった。家族以外から祝福されることに慣れていないミカサは、首に巻いた赤いマフラーに顔をうずめる。

「どうして教えてくれなかったの?」
「わざわざ言うことではないと思っていた」
「そんなことないよ! じゃあエレンも知らないの?」
「教えていない」
「じゃあ教えに行こう! きっとアルミンも一緒にいると思うから!」

 摘んでいた花をまとめたオミは、それをミカサの胸元に押し付ける。黄色や紫の鮮やかな小さな花が、風でそよそよと揺れた。シガンシナの栄える街から少し外れた場所にある草原は、オミのお気に入りの場所らしい。色とりどりの草花が生えていて、遠くにはポツリポツリと家と家畜が見える。空には白い雲が浮いていて、そこから覗く太陽はまぶしい。オミはミカサの手を取って立ち上がり、元気よく駆け出した。さらさらの淡い茶髪がなびいて、石鹸のにおいが鼻をくすぐる。まだ出会ってそんなに月日が流れたわけではないけれど、ミカサはオミの一度言い出したら聞かない頑固さがわかっていたし、それ以上の優しさを持つ子だとわかっていた。今だってこうして手を引かれるのはいやじゃない。ビュウと風が強く吹いて、握っていた花束からひとつ、白い花がこぼれた。



 エレンとアルミンは大抵、街の中心部を流れる川のそばの石畳の場所にいる。そこでいろんな話で盛り上がっているのだ。壁の外について書かれた本を読むときは、さすがにその場所にはいないのだけれど、今日はふたり並んで川を眺めていたらしい。オミに名前を呼ばれると、そろって振り向いた。

「ねえ聞いて! ミカサ今日が誕生日なんだって!」
「オミ、声が大きい」

 なんだか少し恥ずかしくて、ついそう言ってしまう。しかしそれを気にすることもなく、オミは「3人でお祝いしよう!」とにこにこと笑っている。

「そうなの? ミカサ、教えてくれたらよかったのに」
「……別に、必要なことじゃない」
「何の遠慮だよ。母さん、きっとご馳走作ってくれるぞ」

 エレンは夜ごはんがいつもより豪華になることを想像しているのか、いつもより表情を緩ませた。普段は目つきが悪いし生意気そうな顔をしているが、こういう表情を見るとやはりまだ9歳の子供である。「ね、そんなことなかったでしょ」と優しく笑うオミの手を握る手に、ほんのちょっと力を込めた。嬉しいけれど、やはりなんとなく恥ずかしい。
 二人と同じように土手に座って誕生日の話をしていると、エレンがはっとしたように顔を上げた。アルミンとオミがどうかしたのかと首を傾げると、みるみると彼の眉間にはしわが寄って、不機嫌そうな顔になる。ミカサは何かしてしまっただろうかと瞬きを繰り返した。

「ミカサが今日誕生日ってことは、10歳になったってことだろ」
「そうだね」
「で、アルミンも前に10歳になっただろ」
「うん」
「じゃあ、オレだけ年下ってことじゃねえ?」

 憮然とした表情をするエレンに、そういうことになるねえと何もわかっていないらしいオミが頷く。眉間のしわが増えた。アルミンはなんとなくエレンの言いたいことがわかって苦笑いを浮かべる。

「ずりいぞ! オミだっていっこ上だし、つーかオレの方が誕生日遅いからいつまでたってもオミの年抜けねえし、納得いかねえ!」
「え、そんなこといわれても」

 すっくと立ち上がってオミを指さしながら声を上げるエレンを見て、ミカサはやっと理解できた。なるほど、それなりにオミに懐いているし憧れの感情を抱いているけれど、いつまでたっても子供扱いをされるのが気に入らないのだな。ずり落ちてきたマフラーを巻き直しながらひとり頷く。けれどそんなことを気にしている時点でもうエレンのほうが精神年齢が低いということが露呈されてしまっているが。オミもどうしようもないことに文句をつけられて、何を言えばいいのかわからなかった。本音は生まれた年のことなんて気にしてどうするんだと言いたい。

「まあまあエレン、たった1歳差じゃないか。オミだって別に年上だから余裕があるとか大人っぽいわけじゃないし」
「え、アルミン私のことそう思ってたの。ていうかなかなかきついこと言うね」
「たしかにエレンはオミの年齢を越せない。けれど年齢がすべてではないし、そのうちエレンだって落ち着いて大人っぽくなる。安心していい」
「お前らは同じ年になれるからそんなこと言えるんだよ! オレだってオミと同じ年になって子供扱いやめさせてやるんだからな! いつか!」
「えー、でもエレンってどうしても弟って感じだし、無理じゃないかな」

 ミカサやアルミンのフォローを台無しにする一言を吐いたオミに「うるせえ誰が弟だ!」と噛みつくエレン。そういう空気が読めないところがあるから余裕があるわけじゃないとか言われてしまうのだけど、オミ自身はその自覚がない。こうなったエレンはしばらく引きずることをわかっているアルミンは、もう止めることをしなかった。ミカサはそんな3人を見つめて、胸がくすぐったくなる。ずっと握っていたせいで萎れてしまいそうな花束が、また風で揺れた。

「あのねミカサ」

 ふとオミが視線をミカサによこす。ミカサは東洋人特有の黒い瞳を年上の少女に向けた。花束を持ったままの手に自分の手を重ねて、目を細めてまるで母親のように笑う。死んでしまったお母さんも、こんなふうに優しい目をしていたなあとなんだか鼻の奥が熱くなった。

「私はミカサがどこから来たか、どうしてエレンと暮らすことになったか、全然知らないけど、そんなことが気にならないくらいミカサが好きだよ。きっとアルミンだってそう」

 オミの肩越しに見えるアルミンも、笑顔で頷いている。本人は気にしている女の子のようにかわいらしい顔が、ミカサはとても好きだ。壁の外のことについて話すとき、仲間外れにすることもないし、むしろいろいろ教えてくれるし、知識が豊富で彼の話を聞くのは楽しい。さらさらの金髪はたまにとてもうらやましくなる。

「エレンだって生意気なこと言ってるけどミカサのこといつも気にかけてるし、大事にされてると思うよ」
「余計なこと言うなよ!」
「ほら照れてる」

 顔を真っ赤にしているエレンの顔を、ミカサの手を握るそれとは別の手でつつく。人の頬を触るのが好きらしい。ミカサもたまにされるし、アルミンにしているところも見る。なんだかおかしくて口元が緩んだところをばっちりと見られて、「ミカサが笑った」とオミは微笑んだ。

「だからね、なんでも教えてほしいし、なんでも言って。だってもう友達だし、エレンとは家族でしょ。遠慮なんていらないんだから」

 誕生日おめでとう、と微笑むオミに、なんだかとても泣きそうになった。続いてアルミンも「おめでとう」と言って、照れたエレンも「早く帰って母さんに言おうぜ」とミカサの手をつかんだ。世界は残酷だけど、美しいし、あたたかい。


 * * *


「そんなこともあったねえ」

 懐かしいなあと笑うオミの顔は、あのころと比べるとずいぶんと大人っぽくなったし、落ち着いた女性のものだ。しかし口を開くとあのころと変わらずどこか抜けているし、空気の読めないところも健在である。今日はミカサの誕生日で、そういえばと昔話を始めると止まらなくなってしまった。同じ部屋で眠る子たちも、優しい眼差しでふたりを見つめている。クリスタが「幼馴染っていいね」と笑って、他の子たちもうんうんと頷いた。

「オミはあのころから何も変わらない」
「えっそんなことないよ、ずっと大人っぽくなったし余裕もあるよ?」
「何も変わらない」
「2回も言わないでよ……」

 なぜか長い髪を両手で握って持ち上げたまま、ショックを受けて固まるオミ。クリスタの隣に座ったユミルがぷくすーっと笑った。ミカサ的には褒めたつもりだったのだけれど、客観的にはそうは聞こえないらしい。おかしいなと首を傾げたい気分になった。
 あれから何度かの誕生日を迎えて、そのたびにオミもアルミンもエレンも、同じように顔いっぱいに嬉しさを表して、おめでとうと言ってくれた。ミカサも3人の誕生日にはおめでとうと言ったけれど、あまり感情を顔に出すのがあまり得意じゃないのでみんなみたいに満面の笑みを浮かべることはできなかった。それでも照れたようにありがとうと言ってくれるので、ミカサも嬉しくなる。

「今年も誕生日おめでとう、これからもよろしくねミカサ」
「それはこちらのセリフ。毎年オミに祝ってもらえて、とても嬉しい」
「私もミカサに毎年おめでとうって言われるの、嬉しいよ」

 膝を抱えて座ったオミは、照れたのか足をもじもじとさせている。それからクリスタやミーナ、同期の女子たちから次々とおめでとうの言葉を浴びた。これまでにこんな大勢から祝ってもらうことがなかったのでくすぐったかったが、いやな感情ではない。むしろ、ぽっと明かりが灯ったように心が暖かくなった。今日はおめでたい日のために何も言わなかったけれど、明日になるときっとエレンがまた「お前らだけずるいぞ」とか言い出すんだろう。その不貞腐れた表情を想像して、ミカサはふっと笑いをこぼした。




▽ Happy birthday dear Mikasa !

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