今日はなんだか朝からみんながよそよそしかった。サシャにおはようと声をかけると、あからさまに視線を逸らされてしまったし、ミーナやハンナも慌てたように宿舎から出て行ってしまうし、なにかしてしまったのだろうか、と少々へこんでしまった。そうしていると、ユミルが横から肩を組んできて「芋女のことなんかほっとけよクリスタ、お前には私がいるだろ?」といつもの調子で話しかけてきてくれた。それだけのことで救われた気分になるから自分は簡単だ。望まれて生まれてきたわけではない私にも、こういうふうに言ってくれる人がいる。それだけでクリスタは十分だった。

 それだけで十分なのだけど、あの冷静で落ち着いた雰囲気を常にまとっているミカサに避けられたのは、想像以上にショックが大きかった。昨日の夜、眠る前まではみんな、普通に笑顔で答えてくれていたのに。何かをした覚えがないだけに、クリスタは頭がパンクしそうなくらい悩んだ。ユミルに聞いても「気にするな」としか言わないし、気にしないようになんてできるわけないのだ。朝ごはんはいつもと違う席、食堂のすみのほうの机にユミルとふたりで腰かけてすませた。

 今日は訓練が休みの日だった。いつもなら消耗品や日用品を買いに街に出たりするけれど、今日はなんだかそんな気分にもなれなくて、自分の使っているベッドでだらだらと寝転んでいた。図書室で借りてきた本を手慰みにぺらぺらとめくって文字を目で追ってみるけれど、読む気にもならなくてすぐに閉じる。いつの間にかユミルはどこかにいなくなっているし、今日は散々な休日だ。宿舎の部屋には数えるくらいにしか人はいなくて、そんなに話をする子がいない。窓から外を眺めると、赤いマフラーを巻いた人影が小走りで食堂から宿舎に向かっていた。ミカサだ。食堂の扉からはサシャとミーナが顔をのぞかせている。みんな食堂で何か遊んでいるんだろうか。私は仲間はずれかな。さみしくなってきて、目頭がじわりと熱を帯びる。下唇を噛んでしずくが落ちるのを耐えたが、右の瞳からひとつぶだけこぼれてしまった。

「クリスタ」

 抑揚のない声に名前を呼ばれた。そちらに顔を向けると、少し焦った様子のミカサがいた。

「ど、どうしたの」
「……クリスタ、泣いているの?」
「泣いてないよ!」

 目元をこすったのを見られてしまったようだ。ごまかすように首を横に振ると、ミカサは手首を握ってきて静かに来て、とつぶやいた。うんとかわかったとか、そんなことを言う前に腕を引かれて、宿舎から連れ出され、向かったのは、食堂。いつの間にかサシャとミーナはいなくなっていた。ガラスの窓から中をのぞくと、クリスタと仲のいい女子や、他にも成績上位組がそろっている。何の集まりだと考えるより先に、ミカサに食堂の中に引っ張られた。入って扉を閉じた途端、わっと声が上がって、ぱらぱらと拍手が聞こえる。頭の中が疑問だらけだ。いないと思っていたユミルも隣にいて、いつもみたいに優しい顔でクリスタを見下ろしている。ミカサはアルミンとエレンに話しかけていて、それを悔しそうに眺めているジャンをマルコがなだめて、コニーとサシャがバカみたいにはしゃいで、そんなふたりに呆れた様子のライナーとベルトルト、興味なさそうな顔をしたアニにミーナが笑顔を向けていた。なんだろう、これは。

「クリスタ、誕生日おめでとう!」

 はい、といって、花を渡してきたのはオミだった。そういえば彼女も朝からあまり見かけなかった。オミの手には、白い色をした花が数本、控えめな花束になって握られている。茎はかわいらしい水玉模様のリボンで束ねられている。

「ノースポールっていう花だよ。クリスタみたいにかわいいでしょ」
「え、たんじょうび、って、え、」
「今日、クリスタ誕生日だよね?」

 驚きで言葉がつまる。いつの間にかユミルがオミたちに教えていたようだ。ノースポールという花を受け取る。細くて長くて白い花びらが、とても可憐な花だ。自分みたいだなんて、とんでもない。食堂に集まったみんな、優しい目をしてクリスタを見ていた。自分は望まれて生まれた子供じゃない。それなのに、こうして、生まれた日を祝ってくれている。こんな経験は初めてだった。あの家にいるころは、眠るためのベッド、必要最低限の食事、暮らす場所を与えてもらっているだけでとてもありがたいことだった。生まれたお祝いなんて、もってのほかだった。
 うれしい、という感情が心にわいた途端、瞳から、さっき我慢したしずくがぼろぼろとこぼれた。今度はオミたちが驚く番だった。どこか痛いの、とか、朝素っ気なくなっちゃってごめんね、とか、優しい言葉がまた嬉しくて、涙がとまらない。質素なものだけど、誕生日会をしたかったからばれないように必死だったらしい。皆に嫌われてしまったのかと、とても悲しかったけど、そんなことはもうどうでもよくなってしまった。まわりの環境に恵まれている。優しい友達がいる。少しでも、自分は生きていてもいい存在だと思ってもいいだろうか。

「クリスタ」
「……ユミル、知ってたの?」
「まあな」

 そばかすがのった頬を緩めて、ユミルは笑った。そっと丁寧な手つきでクリスタの金の髪をといた。泣くなといって目元を乱暴に拭われて、子供扱いされたみたいで少し恥ずかしい。

「また来年も、クリスタの誕生日、お祝いしようね」

 そういってにっこりと笑ったオミは、なんだかおねえさんのようだった。兄弟はいないけれど、家族からも祝福なんて絶対されないけれど、みんながいたらそれでいい。誰かの誕生日には、自分も同じように驚かせてあげたい。ノースポールの花束のかおりが、とても心地いい。

「みんな、ありがとう。だい好き」

 私は今がすごく幸せで、すごく大事なのだ。




▽ Happy birthday dear Krista !

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