「コニー! 私が勝ったら食堂のサラダ巻き3個おごってくださいよ!」
「ふざけんな誰が買うかよ! だったらおめー俺が買ったらスタバおごれよ!」
「コニーがスタバとか」
「何笑ってんだてめー!!」

 まだ授業が始まっていないというのに、ふたりの生徒が賭け事を始めていた。小柄な坊主頭のコニーと、背が高くてポニーテールが特徴のサシャは、同じ学年の生徒からはバカコンビとして存在が知れ渡っている。コニーはあまり人の話を聞かないし、聞いていてもひとりだけ理解ができていなかったりと、呆れるくらい典型的なバカで、サシャは入学式にこっそりとパンを頬張る程度には食い意地が張っているバカ。そのふたりの息が合うのは、まあ、自然なことなのだろう。今もサシャはコニーをバカにした笑みを浮かべながら、左手に握られたおにぎりを食べている。学校近くのコンビニの名物の爆弾おにぎりだ。その名の通り爆弾のように大きくて、海苔で包まれたごはんの中にはチキン竜田が入っている。現在の時刻はまだ10時前で、2時間目が始まる数分前だ。この時間によくそんな胃もたれしそうなもの食べられるなあ、とオミは感心した。体育担当の教師が体育館に備え付けられた教官準備室から出てくるまでに、ぺろりと平らげてしまうから彼女の胃袋は恐ろしい。しかも全然太らないのだ。たまにその不思議な体がうらやましくなる。見ているオミのほうが胃がもたれそうだった。

「サシャあれ食べて動けるのかな」
「動けるからサシャなんだろ」
「ああなるほど」
「納得できるからすごいな、あいつは」

 オミの疑問に答えてくれたのはライナーだった。彼もサシャを見ながら胸やけを起こしているようで、たくましい筋肉のついた胸をさすっている。隣に立ったベルトルトも苦笑いだ。まったく関係のないことだけれど、このふたりはクラスでも1番2番に背が高いので、話すときは首が少し疲れてしまう。

 そうして授業開始を告げるチャイムが鳴る。ジャージ姿の教師が準備室から出てきて、体育館をぐるっと3周、そのあと準備体操をしろと言う。だるそうにしながらも生徒はのろのろと走り始めた。今日は2クラス男女合同の授業で、いくつかのチームに別れてバレーの試合をするらしい。サシャは試合に勝つつもり満々のようで、そのポニーテールを揺らしながら先頭を走っている。さっきあんな重たいものを食べたのに、とまわりの生徒は驚いたというより呆れた。オミやサシャと親しい者たちは慣れてきてしまって、今さら何とも思わない。コニーも負けてたまるかというふうにサシャを追い抜く。それを見たサシャもコニーを抜く。そしてまたコニーが、というふうに、3周走り終わるまでそれが続いた。体力持つのかな、と疑問に思ったが、未だ子供っぽい部分が多いあのふたりには無駄な心配である。最後尾のほうではやる気のなさそうにだらだらと走るユミルと、彼女を叱りながら背中を押すクリスタの姿が。あのふたりもぶれないなあ。
 おざなりと言えばそう言える準備体操もすませて、6人1組になってじゃんけんでチームを分ける。オミと同じチームになったのはエレンとジャンだった。仲がいいとはお世辞にも言えないふたりである。大丈夫だろうか。試合が始める前からオミの中に不安が生まれた。

「てめえ真面目に点取れよ」
「お前に言われなくったってわかってるっつーの馬面」
「誰が馬面だこの悪人面! 人相悪いんだよ!」
「はあ!? もっかい言ってみろよてめー!」
「あーあーもう同じチームなんだからもうちょっと友好的にできないの!」

 至近距離で睨み合いながら喧嘩を始めたエレンとジャン。案の定である。噛みつく勢いのふたりを引きはがし距離を取らせた。なんだかもう疲れたので帰りたい。サシャとコニーは別のチームになったようだ。負けませんよ! と言うサシャに、同じチームになったアニは呆れた様子だ。対するコニーも勝負事が好きなようで、言ってろ! と言って腕をぶんぶんと振り回している。チームメイトになったらしいマルコが困ったように笑っていて、オミは心の中で頑張れとエールを送った。


 * * *


 簡潔に言うと、勝ったのはコニーだった。6チームで試合を進めていき、上手い具合にサシャとコニーのチームが生き残った。コートの中でお互いえらそうな顔でえらそうなことを言って、バチバチと火花を散らしていたが、コニーのいたチームには現役もしくは元バレー部員が4人もいたのだ。そりゃあ最後まで生き残るはずだ。元バレー部員が3人しかいなかったサシャのチームは惨敗である。点数も25−12と圧倒的だった。コートの中で崩れ落ちるサシャ、それを見て大袈裟にはしゃぎまくるコニー。アニ以外のチームメイトに慰められるサシャを見て少しかわいそうになったけれど、そんなことを言うと「だったらオミがサラダ巻きおごってくださいよお」と泣きつかれるのが目に見えているのでやめることにする。オミも自分のチームメイトの世話で疲れ切っているのだ。最初の試合で当たったのはミカサとアルミンのいるチームだった。バレー部の数はふたりと少なかったのだが、何せミカサがいるのだ。サーブの勢いも本当に女子かと言うくらいすごいものだったし、アタックに至っては誰も取れなかった。試合が始まって数十秒でああこれ負けるなと思った。そして案の定負けたのだが、ミカサに惚れている節があるジャンが「お前のせいでミカサにかっこ悪いところを見られた」とかなんとか八つ当たりを始めたのだ。それにエレンも当たり前だがカチンときたようでお互い胸倉をつかみあいながらの口喧嘩に発展した。もうこのふたりの相手無理だわとオミは我関せずを貫いていたのだが、他のチームメイトがあわあわとしながら喧嘩を止めようとして、なんだか見るに堪えなくなってきたので仕方なくふたりの世話を焼いている。

「もう、ジャンもいちいちエレンにつっかかるのやめなって」
「あいつがいちいちいらつくことするんだろうが」
「いやでもさっきのはあきらかな八つ当たりでしょうが……そんなことしてミカサによけい嫌われたらどうするの」
「なななななんでそこでミカサが出てくるんだよふざけんな」

 そんなわかりやすい反応してたらコニーでもわかるよ、と思ったけれど、さすがに言うのはやめた。「頭冷やしてね」と言い残し、少し離れた場所でミカサとアルミンと話しているエレンのところに行く。彼のほうはもう落ちつているらしい。同い年でもエレンのほうが精神的に大人なのだろうか。

「オミ、放課後みんなでスタバ行くみたいだけど行くよね?」
「えっ行く! コニーほんとにおごってもらうんだ」
「なんかトッピング乗せまくるって言ってたぞ」
「ああ、コニーの考えそうなことだね……」

 そう呟くと、ミカサも隣で無言で首を縦に振る。アルミンがはは……、と乾いた笑い声を上げて、じゃあ伝えてくると言ってコニーのそばに小走りで向かった。ライナーやベルトルト、クリスタとユミルが彼のまわりに集まって放課後の予定を立てているらしい。ライナーはクリスタがいるのでいつも以上に張り切っているのがわかる。そんなライナーに鋭い視線を向けるユミルに気付いたベルトルトがはらはらとするまでがセットだ。おもしろいなあといつ見ても思う。

「チーズケーキが食いたい」
「エレン、そんなものを食べると晩ごはんが食べられなくなる」
「ちょっとぐらい平気だろ! 子供じゃねえんだから!」

 おおこっちもか、と幼馴染の毎回の言い合いにも慣れているためいつものようになだめる。半分こすれば、と言うと、エレンが仕方ねえなという顔になり、ミカサが嬉しそうに顔をぱっと上げた。

「飲み物は自分で買えよ」
「わかってる」
「何飲むつもりだよ」
「ココア」
「お前いつもそれだよな」
「あそこの飲み物の名前は呪文みたいでよくわからない。ので、ココアでいい」
「そうかよ」

 そこで授業が終了するチャイムが鳴った。教師が集合と言って、礼をして、そうして休み時間だ。まだ少し拗ねているらしいジャンに、マルコが声をかけている。きっと放課後のことを話しているのだろう。サシャは負けてサラダ巻きを食べられないことが悔しいようで、クリスタに励まされていた。きっと隣にいるユミルに笑われているのだろう。私は何頼もうかなあ、とオミはメニューを頭に思い浮かべた。新メニューのフラペチーノもいいし、よく頼んでいるホワイトラテも捨てがたい。今日は贅沢にケーキも頼もう。サシャに食べさせてあげると、きっと喜んでくれるだろう。早く学校が終わればいいのに。

「おい、オミ! なにやってんだよ、早く教室帰って着替えろよ」

 体育の際の着替えは男子が体育館の更衣室で、女子が教室で行っている。女子が着替えてしまわないと、男子が教室に入れないのだ。しっしっ、というふうに手を振るエレンに「わかってるよー」と舌を出す。入り口ではミカサが待っていてくれている。あとでアニも誘おう。こんな小さな楽しみでも、1日がきらきらと輝くのだ。

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