エレンとアルミンと、オミのいない食事を終えたころ。ジャンとマルコが困ったようにしていた。じっと観察してみると、オミのハンカチが握られている。きっとオミが帰ってしまって、どうするべきか悩んでいたのだろう。ふたりのそばに歩み寄って、声をかける。

「ジャン」

 するとジャンはびくりと肩を揺らせた。驚かせてしまっただろうか。エレンやアルミンにも、足音がしないからびっくりする、とたまに言われてしまう。気配を消しているつもりはないのだけど。
 ぱちくりと瞬きを繰り返すジャンの目を見て、次に手元に視線を落とす。淡い茶色に、白い水玉模様のタオルハンカチ。いかにもオミが好みそうなものだ。

「それ、オミのハンカチ?」
「お、落としていったみたいだ。悪いけど、渡してやってくれるか」
「もちろん」

 これはこの間買ったばかりのお気に入りだと言っていた、ありがとう。そういってハンカチを受け取る。じゃあ、と軽く声をかけて、またエレンとアルミンのそばに戻る。男女で宿舎は別なので、今日はもうエレンと離ればなれにならないといけない。それは私にとって、とてもつらいことだ。ふたりとももう食事はすませていて、明日の立体機動の訓練について話し込んでいる。

「エレン、アルミン、私はもう宿舎に戻る」
「あ、うん。おやすみ、また明日ね」

 ぱっと私に視線を向けて、アルミンは言う。おやすみ、そう返して、今度はエレンに声をかけた。きっと私の言うことがわかっているんだろう、少しいやそうな表情をしている。

「エレン、最近夜は冷え込んできた。毛布はきちんとかぶって、お腹を出して寝ないように。それと、夜更かしはあまりしないで」
「うるせえな、お前はオレの母親かっつーの」

 眉のあいだにぐっとしわを寄せて、ぎろりとにらんでくる。いけない、ただでさえあまり目つきがよくないのに、そんな顔をすると悪人面に拍車がかかる。なんてことを正直に言うと、きっともっと機嫌が悪くなるに違いない。アルミンにまあまあ落ち着いて、と言われるのも毎回のことだ。まだ言いたいことがあるのだが、これ以上言うのもよくないと判断して、ふたりより先に食堂を出た。右手にはタオルハンカチ。お気に入りなのにもう落とすなんて。オミは私たちよりひとつ年上なのに、たまに抜けているところがあって、今みたいに落とし物や忘れ物をよくする。座学のテストで解答欄がずれていた、なんてこともあった。ああ、立体機動の訓練のとき、ひとりだけ時間を間違えて教官に叱られていたこともあった。
 そのときのしょぼんとしたオミの顔を思い出し、ひとりで笑っていると、すれ違った男子にじろじろと見られた。いけない、変なやつだと思われた。口元を手で隠す。宿舎について、部屋のドアを開ける。食事をすませた人たちがおのおの会話を楽しんだり、のんびりと読書をしたり、趣味を楽しんだりしている。オミはサシャとふたりで口元に手を添えて、笑っていた。彼女のまわりにはいつも笑顔が絶えない。アルミンはそれを、人徳だと言っていた。私はあまり表情がかわらないとよく言われるが、オミといると楽しい。

「あっミカサ、それ私のハンカチ!」

 私に気付いたらしいオミが、指をさして声を上げる。近付いて手渡すと、大切そうに両手で受け取って、またにこにこと。

「拾ってきてくれたの?」
「ジャンとマルコが、困っていた」
「ありゃ、それは申し訳ない」

 本当にそんなことを思っているのか、と疑ってしまうような顔で、んふふ、と彼女特有の笑い方。私は昔からこの笑い方が好きだ。エレンの家に引き取られて、初めて会ったときもこんなふうに笑って、私の手を引いて街を案内してくれた。川辺につれていってくれた。自分の家にもつれていって、オミのお母さんが作ったお菓子を食べた。懐かしい。

 ハンカチをベッドの枕元に置いて、そっと撫でる。オミの手はとてもきれいだ。肌は白くて、指はとても細くて長い。その先には整った形の、ピンク色をした爪。訓練をしていると、やはり手のひらにはたくさんのまめができたりして、皮が厚くなるけど、つい見惚れてしまうのだ。せめて手の甲だけでも、と、オミがお風呂あがりにハンドクリームをぬっているのをよく見かける。それはとてもいいかおりがして、鼻歌を歌いながら手入れをする彼女の隣に座って、そのかおりをかぐのがたまらなく心地よい。また今日も、小物入れのかごから丸い缶を取り出して、いい香りを漂わせる。

「いいにおいですねえ」
「桃のかおりだよ。これが一番好きなの」

 鼻をひくひくと動かして、サシャはハンドクリームの缶をかぐ。強すぎない果実のかおり。オミは指先で適量をすくい、サシャの手の甲に乗せた。

「指の間とか指先とか、全体にぬりこんでね」

 ミカサにも、と言って、オミは同じように私の手の甲にもハンドクリームを乗せる。いいのだろうか。こういうものって、値が張ったりしそうだけど。私の不安をよそに、サシャもオミも、にこにこと笑顔でハンドクリームを手全体に広げている。ほのかにピンク色のそれを、おそるおそるのばしていく。あまりべたべたしなくて、少しひんやりとしていて、気持ちいい。ぬり終わった手をかぐと、桃のにおいがして、いつもと変わらない自分の手が、なんだか特別なものに思えた。

「おいしそうなにおいがします!」
「サシャ、自分の手かじっちゃだめだよ」
「さすがにそこまで食い意地はってませんよ」
「えー、でもサシャだからなあ。ねえミカサ」
「オミのいうとおり。サシャはやりかねない」
「もう、みんなしてひどいですよ!」

 ぷりぷりと怒ってみせるサシャのふくらんだほっぺたを、やわらかいといって指でつつくオミ。やはり、彼女のそばは心地がよい。今度の休日、同じハンドクリームを買いたいとお願いしてみよう。きっとオミは、「いいよ!」といって、いつものように笑ってくれるはずだ。

人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -