毎日続く訓練から解放されて、休日は街に出かける訓練兵が多い。その他には図書室で本を借りて読んだり、自室で気ままに過ごしたり、ときたま自主練に励んだりする変わり者もいる。
 馬小屋の掃除当番を終えて、男子宿舎に戻ろうとしていたとき。あまりに天気がよくて、少し遠回りして帰ろうと思い至って、ぐるりと森が広がるほうへと歩いて行った。こっちのほうまで来ると、木の枝で日光がやわらかくなって、心地よいのだ。ここからしばらく歩くと湖があるのだけど、そこまで行くのは今日はよしておこう。
 鳥の鳴き声を聞きながらまわりを見渡していると、ひときわ大きな木が目に入る。このあたりの木の中だと、一番長生きなのだろう。立派だなあ。
 なんて、のんきに眺めていて、ふと気付く。

 あれ……人の足?

 一気に心臓が冷えて足が歩みを止める。その大きな木のかげに、足が見えた。足だ。人の。もしかして何かあったのではないか。そういえば、このあたりは夜になるとオオカミとか野生の動物が頻繁に出没すると聞いたことがある。たまたま昼に出てきたそれらに襲われた、とか、そういうことなら一大事だ。まわりに危険はないか確認しながらその「足」にかけよる。よくよく見てみるとそれは女の子で、白いロングスカートからのぞく足も、同じくらい白かった。
 いやな汗をかきながら倒れている人物の顔を確認すると、血の気が引いていくのがわかった。よく見知った相手だからだ。オミ。君、こんなところでなにをしてるんだ。
 出血はないみたいで、オミは固く目を閉ざして横たわっている。しばらく呆然と見下ろしていたが、我に返ってそっと体に触れる。あたたかい。なんだ、よかった生きてるじゃないか。ひとりで焦って慌てていた自分が恥ずかしく思えて、またまわりを見渡す。よし、誰もいない。
 ほっと溜息をはいて、たぶん寝ているらしいオミに視線を戻す。くそう、よく見てみるとすごく気持ちよさそうにしてるじゃないか。肝を冷やしたぞ。

「オミ、オミ、起きろってば」
「んん〜〜〜あにぃ……おきるからあ……」

 だからしずかにして、って起きる気ないだろう。ぽやぽやと聞き取りづらい声で何かを言ったあと、またすうすうと眠ってしまった。天気がいいとはいえ、最近は寒くなってきた。こんな時期に外で毛布も何もかぶらないで寝るということは、風邪を引くことに直結する。一応オミも女の子だし、ここで放っておくわけにもいかない。というか、この感じだと毎朝アニに起こしてもらってるな。案外しっかりしているところもあるから、自分で起きているかと思えば、結構オミも子供っぽいところもあるようだ。
 しつこくオミの体を揺らしながら名前を呼び続けていると、煩わしそうにまぶたを開いて何度か瞬きをし、目をこする。意識がはっきりしてくると、鮮やかな緑の瞳をこちらに向けて、すごく不思議そうな表情をした。

「え、マルコなにしてるの」
「それはこっちのセリフだよ。何でこんなところで寝てるんだ」

 呆れたふうに言ってみせると、「だってあんまり気持ちよかったから」と間抜けな答えが。まあ、オミらしいといえばそうなんだけど。本日2度目の溜息をはいて、下ろしていた腰を上げる。ぽかんと気の抜けたようなオミの顔が、ずっと下にさがる。

「最近冷えてきたんだから、寝るならちゃんと部屋で寝なよ。女の子が毛布もかぶらないで外で居眠りなんて……」
「マルコ、お母さんみたいってよく言われない?」
「言われないよ!」

 失礼だな! まったくもう、何を言ってもするりするりと流すのがオミのいいところであり、ちょっとした欠点だ。よくいえば何を言われても気にしない、悪くいえば人の話を聞かないところ。
 寝転んだときについたであろう、ちいさな葉っぱを頭から払ってやると、照れたように笑う。なんだかその顔を見て、つられて微笑んでしまった。
 天気がよく、先程もいったようにこのあたりは木の枝がいい具合に日の光を遮ってくれる。風通りもよいので、昼寝をするには向いているのだろう、気持ちいい。オミの隣に座りこんで、大きな木の幹にもたれかかった。

 そういえば、前から聞きたかったことがあるんだった。

「オミ、こないだ食堂にハンカチ忘れていったの、わざとだろう」
「ありゃ、ばれちゃってた?」

 やっぱり。ぺろりと舌を出しておどけた表情をしてみせ、そのあとんふふ、と独特の笑い方。その笑い声を聞くと、どうしてかほっと息をついてしまう。
 このあいだ、めずらしくオミがエレンやアルミンとじゃなく、サシャとご飯を食べていたときのことだ。食事を終えて、宿舎に帰ったあと、ジャンがハンカチを落としていることに気付いた。男子が女子の宿舎に入るなんて言語道断で、さてどうしようとふたりで首を傾げていると、ミカサが話しかけてきたのだ。あのミカサが、だ。正直、エレン以外にはあまり関心がないんだろうなあ、と思っていたので、あのときは本当に驚いた。顔に出ないように必死だったけど。そしてジャンと少しの会話をして、ハンカチを預かってもらったことがあったのだけど、あのあと、もしかしてジャンがミカサと話をできるよう、オミが仕向けたんじゃないのかなと思っていたのだ。

「だってジャン、あのときずーっとミカサ見てたから、なんかかわいそうになっちゃって」
「あはは、かわいそうって」
「ほんと、ミカサってエレン以外にはほぼ無関心に近いから。幼馴染としてちょっと申し訳ないというか、まあジャンも無謀というかなんというか」

 ねえ? と首を傾げて聞かれても。というか、オミから見てもミカサってそんなものなのか……ジャン、君、本当に諦めたほうがいいかもしれない。身の程知らずとまではいわないけど、結果が見えちゃったよ、僕。

 と、話しているあいだ、オミはごそごそと近くに咲いた花を集めて、茎を適度な長さに手折っていた。濃いピンク、淡いピンク、白。彼女はセンスがあるようで、その3色をいいバランスで混ぜ合わせて、小ぶりの花束を作った。あんまり草木に興味がないけれど、きれいだな、と思った。と同時に、この花の名前が思い出せなくてもやもやする。なんだったかなあ、この花。

「私、コスモス好きなんだ」

 ああ、コスモスだ。素朴な花だけど、かわいらしい。色合いのせいかな。
 花束の中に鼻をうずめ、かおりを楽しむオミ。こうしていると、大人しい女の子って感じに見える。喋り出すともれなく残念な感じになるのだけど。

「コスモスってね、この3つの色くらいしか見ないけど、オレンジ色とか黄色とか、茶色っぽい花もあるんだよ」
「詳しいね」
「お母さんがね、こういうの好きだったの。だからたくさん花の名前覚えてるんだ」

 金木犀でしょ、カスミソウでしょ、シロツメクサで花冠も編めるよ。

 たくさんの花の名前をすらすらとあげていって、にこにこと嬉しそうに、楽しそうに笑う。オミはよく笑う子だ。そんな子のまわりにも笑顔は絶えないらしい。確かにオミのまわりはいつも笑顔であふれている。妹がいるとこんな感じかな。ああ、でもたしか僕たちは同い年だ。こんなこと言うと怒られるかもしれない。

 オミが好きな花の特徴とか花言葉とか、いろんなことを教えてもらっていると、遠くのほうから彼女を呼ぶ声が聞こえてきた。この声はクリスタかな。
 見慣れた金髪と青い瞳が見えてきた。今期の訓練兵で断トツの人気を誇る彼女は、やはりかわいらしい。小走りで僕たちのほうに近寄ってきて、オミを見つけてほっとしたような表情をした。

「探したよ。ミカサが街に行く約束してるのに見当たらないって」
「あっしまったそうだった」

 すっかり忘れていたらしいオミは、急いで立ち上がっておしりの汚れを雑に手で払う。まだ葉っぱついてるよ。さすがにそんなところは触れられないので、黙ったままでいる。

「マルコ、これあげる!」

 胸のあたりにおしつけられたのは、さっきのコスモスの花束。それを見てクリスタが表情を明るくさせて、「かわいいコスモス」と笑った。さすが、女の子は花の名前に明るいね。といっても、コスモスは名前の知れている花だと思うけど。束の中から1輪抜いてクリスタの耳にかけてあげると、わたわたと慌てて、照れたようにまた笑い、ありがとうと言った。

「わあ、マルコ、かっこいー」
「え、なんか恥ずかしいかな、これ」
「んなことないよ、下心なくさらっとそういうことできるひと、好きだけどなあ」
「なんていうか、マルコがするとキザじゃないね」
「ねー! なんか似合ってるよ」

 なんだかすごく褒められてるんだかなんなんだか。ちょっと恥ずかしいからもうやめてくれないかな。
 ミカサが探してるんだろう、というと、また忘れていたのかオミははっとして「そうだった」という。この子、座学の成績はそんなに悪くないのに、どうしてこうも記憶力がないんだろうか。
 手を繋いで宿舎のほうにかけていくふたりを見て、女の子はキラキラしてるなあと思った。もらった花束の中に顔をうずめると、思っていた以上にかおりが強くて、むせてしまった。さて、どうしようか。食堂からグラスを借りて、水にさしてあげようか。あまり日持ちはしないだろうけど、窓のそばに飾ってみよう。あの子が気付いてくれたらいいんだけど。

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