関ヶ原の合戦―再燃―【本編】 /家官家 | ナノ
「家康、と……?」

「ああ……権現には話さないとならんことが山ほどあってな……」

 一体、何から話しゃあいいんだろうな……伝えるべきことを何も伝えられないまま逃げ続けてきたもんだから、溜まりに溜まっちまってる。

 ――三成のことは過去に出来た。過ぎた時間が、そして権現のくれる力強い温もりが過去にしてくれた。

 だが、お前さんのことは無理だ。過去にするなんてありえない……だから、会いに行くぞ。

 ――それが、全ての終局に繋がるのだとしても。


 風来坊は、「わかった」と首を上下した。

「じゃあ俺は三成さんのところに行って来るよ。豊臣の……秀吉の忘れ形見、か……」

 風来坊にとっても三成は因縁浅からぬ間……ということか。

 あれがまともに取り合うかは微妙なところだが、それでも風来坊は行くだろう。

「まあ、頑張れ。斬滅されない程度にな」

 冗談めかして励ますと、風来坊は、ははは、と声を出して笑い、それからふと思い出したようにこう言った。

「そういえば……孫市も家康に会いに行くとか言ってたような」

「孫市?東軍と契約しに行ったのか?」

「いや、そうじゃなさそうだったけど……なんかちょっと怖い顔してて聞くに聞けなかったよ」

 孫市が、権現に――か……。

 もしかすると、と思い当たることはあった。

 もしその予感が正しいとしたら――きっと小生は……。



▲▽▲▽



 胸がひどくざわめくのを感じながら、小生は急ぎ三河へ……権現の元へ向かった。

 権現の居城に着いた時には、ちょうど二度目の天下分け目の戦に向けての軍議の最中だった。

 出直そうかと思ったが、権現が随分前から「黒田官兵衛が訪ねて来たら丁重に迎えるように」とよく言っていたらしく、軍議が終わるまで一室を借り、待たせて貰えることになった。

 ――ずっと待っててくれたってこと、か……。

 文の返事すら寄越さず、差し伸べられた手から逃げ続けていた小生を……。


 権現と早く話したいと願う小生の気持ちとは裏腹に、軍議は長引き、気付けば日も暮れ落ちていた。

 夕餉を出され、風呂を勧められ、しまいには寝床の用意までされてしまった。

 これほど長い軍議ともなれば流石の権現も疲れきって話どころではないかもしれない――明日まで待つか。

 そう判断し、小生は床に就くことにした……。



▲▽▲▽



 寝返りを打とうとした刹那、襲いかかってきた違和感で目を覚ました。

「……ん……?」

 何故か体が動かない。

 金縛りか??

 いや、そうではないようだ。

 暗い闇の中で薄目を開け、自らの状態を確かめた小生は思わず愕然とした。

 戒められていた。

 枷のついた両手は元々だが、頭の上に両腕を上げさせられた格好で、鉄球に繋がる鎖を腕に巻き付けられている。

 下肢は膝を折った状態で縛られ、伸ばせない状態のまま大きく開かされており、縛った紐の先を柱にくくって固定されていた。

 挙げ句、就寝される前にまとっていた浴衣も布団も存在せず、全裸に剥かれている。


 仰向けのまま裸にされ、四肢の自由を奪われている……あまりの状況に、小生は絶句するしかなかった。

 何が起きているんだ……?

 狼狽する小生の傍らで、

「――おはよう」

 ひどく静かな声が発せられ、小生は思わずびくりと身を震わせた。

「九州からの長旅は相当疲れたようだな……何をしても起きないから、このまま二度と目を覚まさないかと思ったぞ」

 恐る恐る首を傾けると、すぐ側に「笑顔」があった。

 小生のよく知る男の「笑顔」が……。

「権、現……」

 それはいつもの穏やかであたたかい微笑みとはまるで違っていた。

 張り付いた仮面のような「笑顔」。

 その裏側に、見ているだけで背筋が凍るほどの「怒り」を透けて見た。


「……お前さんが……やったの、か……?」

「ああ、そうだ」

 あっさりと答えられ、二の句が継げない。

 権現とはかつて何度か体の関係を持ったことがあるが、こういう趣向を好むような男ではなかった。

 だがしかし、自由を奪われ、無様に全てを晒した小生を見下ろし、権現は平然と告げる。

「――これはな、官兵衛……お前への罰だ」

「……罰……?」

「ワシに何か隠していることがあるだろう?」

 問い掛けに、どくりと胸が鳴った。

「……っ……知って……いるのか?」

「ああ――孫市に全て聞いた。お前が、四国を……」

 ああ、予感は当たっていたらしい。

 孫市は西海の鬼とも親しい間柄だった……四国攻めの件、何かを察して調べ回っていたとしてもおかしくなかった。

 そして孫市の口から真実は語られた――恐らくもう西海にも伝えられているだろう。

 これで二人が無駄に血を流し合うことはなくなった……そう思えば安堵を覚える。

 だが。

 権現を裏切り、陥れる為に手を汚したことの罪はけして消えない。

 罪を犯した者には罰が下る――それが世の中の決まりごとだ。

「……すまない……」

 自然に口をついた謝罪の言葉に、権現はにわかに笑みを打消し、怖いほどの真顔で小生を見つめた。

「――お前は一体何に対して謝ってるんだ……ワシがなぜ怒っているのかわかっているのか?」

「え……?」

「ちゃんと答えられたら戒めを解いてやろう」

 権現が怒っている理由……? それは――。


【天】「……小生が約束を違えたから……か?」 

【地】「小生が西軍に荷担したこと、か……?」 



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