関ヶ原の合戦―再燃―【本編】 /三官三 | ナノ
「三成さんと……?」

「ああ。ついでにはっきりさせておきたいこともあるんでね」

 そうだ。

 まずはあいつと話をしなけりゃ始まらない。

 そうしなければ小生は恐らく、生涯誰かを本気で想うことなど出来ないだろう――権現の時がそうだったように。

 静かな決意を固めた小生を見て何を感じたのか、風来坊はふっと柔らかい笑みを浮かべた。

「そっか。あんたの心、三成さんにちゃんと伝わるといいね」

「そう、だな……」

 苦笑混じりの小生の答えに満足したか、風来坊は大きく頷くと、杯を置いて立ち上がった。

「じゃあそっちは任せた。俺は家康と話をつけてくる」

 そう語る風来坊の目にも確かな決意が見て取れた。

 権現は、風来坊にとっては旧知の友を討ち果たした張本人だ。色々と、思うところもあるんだろうな。

「――お前さんの心も、権現に届くといいな」

 思わず口をついた、我ながら「らしくない」台詞に、後から気恥ずかしさを覚えたが、風来坊は「ありがとう」と嬉しそうに受け止めて、穴蔵を後にしていった。

 ――淀んだ地下の暗闇の中に、爽やかな風の余韻だけが残った。



   ▲ ▽ ▲ ▽



 それからの小生の行動は早かった。

 天下を狙い飛躍する日の為に蓄えていたアレコレを総動員して大坂に上り、東軍との戦の準備に人を割かれて守りの手薄だった大坂城を包囲し、堂々と乗り込んでやった。

 刑部まで出払ってくれていたおかげで大して時間労力もかからずに済んだ。

 包囲が完了すると、

「三成と二人きりで話をさせろ」

 それだけの簡潔な要求を掲げ、相手の出方をひたすら待った。

 そして。

 三成はその要求を、呑んだ。



   ▲ ▽ ▲ ▽



「――何の目論みがあってこのような愚行に及んだ?」

 突き刺さるような視線を向けてくる三成に一切怯むことなく、小生は口の端をつり上げた。

「言った通りだ。お前さんと話したかった」

 面会の為に用意された座敷。

 三成はすぐにでも斬りかかれるように片膝を立てた状態で座し、刀の鞘を握りしめている。

 小生はそんな三成と向かい合う形で胡座をかいて座っていた。

 小生は武器を置こうにも、自ら枷を外すことは出来ない。

 ある意味では互いに武器を携え、いつでも繰り出せる状態ということか。

 小生と三成らしい、実に剣呑な対面だ。

 ……なんだか笑えてくるな。


「権現への復讐、諦めていないらしいな」

「諦める理由などどこにある……!! あの男を断罪することこそが私の全てだ……!!」

「全て……か。じゃあお前さんにはもう、復讐の他には何も必要がないということか?」

「そうだ、解りきったことを言わせるな……!!」

 中の刀ごとへし折るんじゃないかというほど強く鞘を握り締めながら、三成は小生を睨み、喚き散らす。

 別に怖くはない――あの頃だって喧嘩の度、この剣幕で怒鳴られた。手も足も出された。

 「所有物」が私に逆らうな……そう言ってお前さんはいつも――。

「小生も、不要なのか……?」

 静かに問い掛けた刹那、三成の切れ長の目が一瞬見開かれた。

「――所有物ですらなくなったのか? 小生は……」

 三成を真っ直ぐ見つめながら、自嘲めいた笑みを浮かべて見せる。

 三成は険しい顔つきのまま、視線を逃がすように目を伏せた。

 そして。

「――……貴様を手放したつもりはない……」

 呻くように紡がれた言葉に、思わず胸が騒いだ。

「だったら……!」

 今度は小生が声を荒げる番だった。

「だったらなぜじゃ……!!? なぜ小生を九州に追放した!!? なぜお前さんの元から遠ざけたんだ……ッ!!!」

 長い間押し込められていた感情が一気に噴出した。

 鎖を鳴らして膝立ちで詰め寄り、後先を顧みる余裕もなく、三成の刀の間合いに入り込んだ。

「三成――!!」

 カチ、と短い硬質な音が響くのと、首筋に冷たいような、熱いような、鋭い感触を覚えたのは限りなく同時。

 三成の握る抜き身の刃が小生の首に押し当てられていた。

 薄皮一枚裂かれたのか、ピリリと微かな痛みがそこにある。

「私に近寄るな……」

 突き放すような言葉と裏腹の熱を帯びたような三成の瞳。

 そういえばあの時――小生をこの城から追い出した時も三成はこんな目をしていた気がする。

 あの時は、身に起こった災厄と予期せぬ裏切りに動転してそれどころじゃなかったが……。

「……三成……」

「何度も私を呼ぶな……! 触れようとするな……ッ!――愛しているなどと、嘯くな……」

「……それの何がいけないんだ……」

 三成は、く、と小さく呻くと唐突に刀を握る右手を下ろした。鞘を握り締める左手とともに。

 武器を手放し、空いた両の手をこめかみの辺りに押し当て、自らの頭を抱え込む。

「私に愛など……そんな惰弱な精神を吹き込むな……ッ」

 苦しげに漏らされた言葉――それが小生の得たかった答えだった。

 だが思えば最初から答えは明示されていたんだ。

 主君への不敬が目に余るからだ。

 三成はあの時、そう言っていた。

 秀吉は愛という感情が人を弱くすると言って強く否定していた――自ら愛する者を手に掛けもしたという。

 秀吉を崇拝し、その理想を追い掛ける三成が、もし同じことをしようと考えたのだとしたら。

 いや、実際考えたに違いない。

 斬滅されないだけありがたいと思え、とも三成は言っていた。

 本来は手に掛けるべき存在でありながら、生かしたまま遠ざけることで手を打とうとしたんだ、こいつは……。


 ――そうだったのか。

 三成はちゃんと理由を口にしていた。

 はっきりと態度にだって表していた。

 小生が汲み取ってやれなかっただけだったんだな……。


 重く胸に留まっていたわだかまりが、すっと消えていくのを感じた。


 そして、気付けば身体が動いてしまっていた。

 小生は……



【天】『三成の体を腕の中に引き寄せた』 


【地】『三成の唇に自らのそれを重ねた』 



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