関ヶ原の合戦―再燃―【本編】 /慶官 | ナノ
「孫市……か」

 風来坊は何故か少し、困ったように笑った。

「言ってなかったけど、実は俺、孫市にはもう袖にされててさ……」

「そうなのか?」

 意外だった。

 孫市は少なくとも自分の懐に入れる程度には風来坊を気に入っているようだが、男としては見ていないということなのか。

 あるいは他に誰か心に決めた相手でもいるということなのか。

 風来坊は袖にされた理由については多くを語らず、その代わりこう言った。

「官兵衛さんに初めて会った時がまさにフラれたばっかの時だったんだよ」

「あの時……か。そうは見えなかったな」

 初めて会った時から風来坊はいつも笑顔で無駄に明るかった。

「ま、それほど落ち込んでたわけじゃなかったからね……けど流石にちょっと雑賀荘には居辛かったから、気分転換をしたかったのもあって、先伸ばしにしてた墓参りに行ったんだ。そこであんたと会ったってわけさ」

 あの日、2人が同じ時間にあの場所を訪れていなければ、今ごろこうして杯を交わすこともなかったのかと思うと不思議な心持ちになる。

 何か別のきっかけで知り合うことはあるかもしれないが、それでも風来坊に対して同じ気持ちが芽生えるかどうかはわからないからな……。

 風来坊は一度黙って杯を煽ると、なぜか小生の顔をじっと見つめてきた。そして、

「――あの日、官兵衛さんを初めて見た時……俺、なんか寂しそうな人だなって思ったんだ」

「寂し……そう?」

 そんなことを言われたのは初めてかもしれない。

 てっきり小生の無駄に目立つ風体を気に留めてこっちを見てたのかと思ったが、そうじゃなかったのか……。

「変な言い方かもしれないけど――秀吉と半兵衛が、あんたを俺に引き合わせたのかな……って、そう思うんだ」

 風来坊は神妙な顔付きで小生を真っ直ぐ見つめて、はっきりと告げた。

「官兵衛さんを守ってやれ……って、あいつらにそう言われてる気がするんだよ」

「っ……」

 ――なんてこった。

 そんな顔をして、なんて台詞を吐くんだ。

 惹かれているとはっきり自覚した直後に、そんな言葉を向けられちゃ……どんな顔をすりゃいいんだ小生は……。

「……別に……お前さんに守って貰わなくても、小生は一人でだって生きていける……そんなにか弱くは見えんだろ……」

 動揺を悟られまいと、思わず視線を逃がした。

「そういうことは、次に恋をした時に、惚れた相手にでも言ってやればいい……」

 滅茶苦茶だ。

 孫市とのことに嫉妬したかと思えば、好意を向けられて後ずさる。

 小生は臆病になっているのか……?

 愛することにも、愛されることにも……。

 反応を伺うように視線を戻すと、

「そうか……」

 風来坊はぽつりと呟き、一瞬目を伏せた。

 しかしすぐにまた伏せた目を上げ、晴れ空のようににっこりと微笑む。

「それでも、俺はあんたを守る――一度決めたら、俺結構しつこいよ」

「っ……」

 限界だった。

 内から込み上げるものを抑えきれなくなり、風来坊に身を寄せると、その肩口……この間は小猿が乗っていた辺りに顔を押し付けた。

 泣きそうだった。

 なぜかはわからないが、泣きたかった。

 ぽんと、頭の上に掌が乗っかる感触があった。
 幼子をあやすように撫でられて、ますます目元が熱を帯びる。

 もう一方の手が背中をさすってくれた時、小生はとうとう……泣いた。

 大の男が、いい年をして、嗚咽を漏らしながら泣いた。

 そういえば、ずっと泣けなかった。

 三成に突き放された時も、権現からの文を握り潰した時も、小生は泣かなかった。

 泣いてもどうにもならないと知っていたからだ。

 鳥や獣は、鳴いて仲間や連れ合いを呼ぶが、小生がここでいくら泣いたところで――誰に届くでもない。

 ただより深く冷たく、孤独に蝕まれるだけだとわかっていたから泣かなかった……。

 だが、今は違う。

 こうして受け止めてくれるやつがいる……。

 独りじゃない――ただそれだけのことに、こんなに救われた気持ちになるなんてな……。


 ――どのくらいそうしていたのか。

 ひとしきり泣いた小生は、ゆっくりと顔を上げた。

 今ほど前髪を長くしていて良かった、と思ったことはない。泣き濡れて腫れた目元を見られなくて済む。

「いきなり悪かったな、風来坊……」

 バツが悪いにもほどがある。いたたまれない。

 だが風来坊は、先刻と変わらない笑顔で小生を見つめている。

「――あんた、可愛いね」

 囁かれた言葉に、体がかっと熱くなった。

「か、可愛いわけないだろ……!」

「可愛いよ」

「可愛くない……!」

「可愛いってば……」

 更に反論しようと開きかけた唇を、ちょん、と人差し指でつつかろた。

 なんだ、と思った次の瞬間、風来坊の顔がぐっと近づいて。

「……んっ……」


 口付けられた。


 柔らかな感触が、唇の形を確かめるようになぞり、ちゅっ、と音を立てて離れる。

「……ふ……風来、坊……?」

「言っとくけど、男相手にこういうことしたくなったのは官兵衛さんが初めてだよ……そんだけ、あんたは可愛いってこと」

 時間差で、じわじわと体の熱が上がり出した。

「風来坊……」

 もう一度そう呼んだ途端、また風来坊の指が小生の唇にそっと触れた。

 ゾクリと背中が波打ち、思わず吐息を漏らした小生の耳元で、

「――慶次って呼んでよ……」

 息を吹き掛けるかのように吹き込まれた囁きに、目眩すら覚えた――。

「――……慶、次……」



   ▲ ▽ ▲ ▽



「っ……あ……ぅ」

 向かい合って座った状態で、着物の隙間から侵入した手に直接肌をなぞられて、悲鳴めいた声が出てしまう。

 ほんの少し触れられただけで過敏に反応する体――男に慣れたこの体を知られることに羞恥が襲う。

 それなのに。

「……可愛過ぎるよ……ほんと」

 馬鹿のひとつ覚えみたいに繰り返しながら、熱っぽい眼差しが、愛しげに見つめてくる。

「風ら……慶、次……あんまり、見るな……」

 枷のついた手を伸ばし、視界を覆おうとしたが、ぐいっと押し退けられてしまう。

「なんで……? もっと官兵衛さんの可愛い顔が見たいよ」

 当の小生には到底理解出来ないことを口走りながら、隠れていた肌を暴いていく。

 先刻の口振りでは、衆道とは縁が無かった様子だが……小生の衣を解き、剥がす手に迷いは感じられない。

「……ぁ……」

 とうとう下帯まで。

 期待にどくどくと血が集まり、浅ましく猛るモノがさらけ出される。

 自分が持つと同じ雄の象徴を目の当たりにしても、慶次は動じない。

「――もうこんなにしてたんだ」

 恥ずかしくて堪らないのにそれを上回る波が押し寄せてくる。

 この男の前ではもう、小生は何も我慢出来ないかもしれない。

「慶、次ッ……」

 枷で繋がれた両腕の輪の中に慶次を入れて、引き寄せ、すがりついた。

「……好、きだ……慶次……お前さんが…ッ」

 すぐさま強く抱き返されて、

「うん……俺も……たぶん、あんたに恋してる……」

「……いいのか? そんなことを言って……男には興味が無かったんだろう?」

 不安と期待の両極に震えながら、慶次の顔を至近距離から見つめて問う。

「……小生を……抱ける、のか?」

 慶次は一瞬目を見開き、少し照れたように笑った。

「――どうやればいいの? 教えてよ……?」

 小生は首を縦にし、まずは慶次にも着物を脱いでくれるように頼んだ。

 慶次は素直に身に付けていたものを全て外していった。
 均整の取れた逞しい体を露にしたその時、ちらりと盗み見た慶次の一物が、半ば勃ち上がりかけているのを見て、安堵を覚える。

「さっきと同じように……女にするみたいに、触ってくれてる……か?」

 要望を言葉にして伝えるってのは、また、頭の中が煮えるくらい恥ずかしい。

 だが、枷のせいで動きを制限されている小生は、どうしても行為が受け身になる。慶次のほうで動いてくれないとどうにも辛い。

「……わかった」

 仰向けに寝転んだ小生に覆い被さるようにして、慶次は小生の首元に口付けた。

「っ……ぁ」

 それだけのことにも反応してしまい、壊れ物に触るようにゆっくりと体中を撫でる慶次の手がもたらすもどかしい刺激に身悶える。

「っあ……胸……胸も……弄ってくれ……」

 もはや恥も外聞もない。

 慶次は小生の望み通り両の掌で胸全体を優しく揉み、触れられる前からすでに芯を持っている淫らな飾りを指先でくりくりと弄る。

「っあ……ぁ……イイ……!」

「……ここ、そんなに気持ちいいんだ……なあ、口吸いは……?」

「ん……欲し……」

 ねだればすぐに与えられて、深く深く口付けられる。

「ん……ふっ……」

 貪欲に唇を貪って、その間も休まず続く愛撫に、勝手に腰が揺れる。体の奥で燃える熱が、どうしようもなく高まっていた。

 口吸いを一旦中断すると、小生は慶次の利き手を取り、人差し指と中指を口に食んだ。口吸いの間飲み込まずに溜めていた唾液を絡ませるように舐めて、濡らす。

 そして、情欲と羞恥に焼かれながら、おしめを替えられる赤子のように足を開き、そそり立つ陰茎の奥、ひくひくと物欲しげに誘う慎みのない穴を、よく見えるように晒した。

「……頼む……ここ、を……」

「――わかった……痛かったら言ってくれよ?」

 慶次は慎重に唾液で濡れた指を小生の後孔にあてがい、ゆっくり押し込む。
 情交に慣れたそこは、指の2本程度は難なく根本まで飲み込んでしまう。

「中を……掻き回したり……指を抜き差しして……ほしい……」

 どんどん淫猥になっていく懇願に、慶次は律儀に応える。

「……っあ……はぁッ……ッ……も、指、増やし……て」

 まだ勝手のわからない少しぎこちない指技がもどかしく、しかしそれが返って小生を乱れさせる。

 半分わけがわからなくなりながら、

「ぅ……ぁあッ……慶次ッ……っ、慶次が……欲しい……!」

 とうとうそう懇願していた。
 夢中のまま口にしてから、不意にはっと我に返り、慶次の顔を覗く。

 慶次は小生の不安を掻き消すような、優しい笑みを浮かべていた。

「うん……実は俺も、もうきつかったんだ……挿れる、よ?」

 何度も頷く小生を見つめ、慶次は愛しげに両目を細めた。

 抜かれた指の代わりに入り口に触れた熱に、体の奥から悦びがあふれ出す――。


 繋がった瞬間、心の隙間が、満たされていくのを感じ、小生は心から思った。

 今度こそこれが、小生の運命の恋かもしれない……と。



 もしこの出会いが、本当に「導き」なのだとしたら……感謝しなけりゃならんだろうな……。

 今もどこか遠いところで小生らを見守っているあいつらに……。

 また今度、墓参りに行ってやろう。その時は、2人でだ。

 墓前で盛大にのろけて嫌な顔をさせてやろうか。

 なあ……面白そうだろう?


 ――……慶次……。






《終》




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