関ヶ原の合戦―再燃―【本編】 /官慶 | ナノ
「え?」

 まるで意味がわからない様子の風来坊に、小生はにやりと笑って見せた。

「ここでお前さんに手を付けても、問題はないかと聞いたのさ」

「手を、付ける……って……?」

「つまりな」

 小生は素早く風来坊の顎を掬い、油断しきってうっすら開いた唇を奪った。

「いっ!?うわっ」

 色気のない悲鳴を上げて逃げようとするところに、追い討ちを掛けるようにもう一度口付ける。

 わざと音を立てながら離れ、薄く笑んだまま、

「こういうのは、嫌いか……?」

 と問い掛けると、風来坊は一瞬目を見開き、小生の顔を凝視したかと思うと、

「か、か、か……官兵衛さん!??」

 気の毒になるくらい狼狽し、自らの唇を手で覆った。

 面には明らかに酒のせいだけではない赤みが生じている。

 思いの外初々しい反応をするな、こいつ……。

 いかにも遊び人めいた風体をしちゃいるが、それほど経験は多くないのか……?

 ――可愛いもんだな。

「ちょいとばかり新しい恋ってやつをしてみたくなったんだ……お前さんが付き合ってくれると大いに助かるんだがね」

「こ、恋……? 俺と……?」

 冷や汗を滲ませつつ、小生の言葉を頭の中で懸命に咀嚼すると、風来坊はややあってから軽く後ろ頭をかきながら口を開いた。

「えっと、俺今ひょっとして口説かれてんのか、な……」

「まあ、そういうことだな」

「……いや……なんていうか……官兵衛さんのことはいい人だな、と思うし、そう言ってもらえて嬉しくはあるんだけどさ……正直俺、男と、ってのは今まで考えたことなくて……」

「……そいつはよかった。小生がお前さんの初めての男になれるわけだ」

「えっ」

 さっきらから何度目かわからない「えっ」に苦笑しながら、

「……まあ、悪いようにはしないさ。……たぶんな」

 そう告げると、答えも待たずに、風来坊の肩口を掴むと、もう一度唇を塞いでやる。

「っ……ふ……!」

 今度のは思いきり深い口吸いだ。

 慌てて逃げようとする舌を捕まえて、絡めとる。

「ん……っ」

 舌を吸い上げ、歯列と口蓋とをなぞると抵抗が弱まった。

 水音を立てながら存分に貪って少し離し、至近距離で顔を見つめれば、うっすら涙を浮かべた目がそこにあった。

「……ちょ、官兵衛、さん……俺、いいなんて……」

「口吸いは、善くなかったか?」

「いや……そういう『いい』じゃなくて……」

「善かっただろう? ――下手だったら命が無かったんだ」

 軽く唇の表面を舐めてやると、掴んでいた肩がびくりと震えた。

「――こういうふうに、ただお前さんを気持ち良くさせてやるだけだ。それ以上はお前さんがその気になったらでいい……小生の好きにさせてくれないか?」

 我ながら強引な口説き方だとは思うが、なんだかんだ男ってやつは……。

「……まあ……それくらい……なら……」


 押しの一手と快楽には弱いもんだ。



   ▲ ▽ ▲ ▽



「ん……ぁ……」

 色付いた胸を舌で愛撫する。

 唾液を塗り込めるように色付いた部分を舐め上げて、中心の突起を吸ったり舌で潰したりを繰り返し、緩急をつけながらしつこいくらい刺激を与え続ける。

「……ッ……! そこ、もう……駄目……だって……!」

 ちゃんと感じているか反応を確かめながら。

「……なるほど、ここをこうされるのが好き、か……」

「ちょ……違っ……えっ……うぁ……!」

 枷を付けたままでの情交を重ねてきたおかげで、自由に手を使えない分、口を使うのは巧くなった。

 失敗ってのは繰り返してもまるで無駄にはならないもんだ。
 経験は蓄積されて糧になっていく。

 三成や権現との交わりから学んできたことで、今こうやって風来坊をよがらせてやれているのかと考えると、多少複雑な思いもなくはないが、それは別に悪いことではない筈だ。

 身を包む絢爛な飾りを剥ぎ、いつも結い上げている髪も下ろした状態で、粗末な寝床に怖々横たわった風来坊は、随分と頼りなく、心細そうに見えた。

 だが反面その様は、ひどく艶かしくも思えた。

 愛撫を続けるうち、青ざめて鳥肌が立つほどだった肌がじんわり赤く染まり、微かに汗ばんでいく。

「も……ほんと……ダメ、だから……官兵衛、さん……!」

 挙げ句上擦った声で名前を呼ばれ、興奮するな、と言われても無理な相談だろう。

 怒涛のように押し寄せる劣情をぎりぎり押し留めながら胸への刺激を止めて、膝を曲げた状態で軽く開かせていた風来坊の脚の間に頭を埋め、小生のものと同じように欲望を訴える風来坊の一物にしゃぶりついてやる。

「ひっ……あ」

 一瞬腰が跳ねて、びくびく震えた。

 すでに先走りを滲ませて、いつ弾けてもおかしくないそれに、舌を這わせ、くわえ込んで吸う。

「あ……っ……う」

 堪り兼ねたように、風来坊の腿が小生の頭を挟み込むようにしてぐっと内に閉まる。

「あ……っ、出る……もう出る……から……離し……っ」

 離せ、ったってお前さんが捕まえて離さないんじゃないか。

 思わず心の中でほくそ笑みながら、根本から先端まで強く吸い、吐精を促してやる。そして風来坊は、


「うあ……ッ……出るッ……あ……ああッ……!!」

 悲鳴を上げながら果てた。
 小生はどぷりと吐き出された精をそのまま飲み下し、隙間に残ったそれも綺麗に舐め取ると、すっかり脱力した両脚の間から頭を上げた。

 もっと愉しませてやりたいところだったが、一方的な奉仕だけをこのまま続けるのは流石に辛い。

 はあはあと荒く息をつきながら、潤んだ眼差しでぼんやりこちらを見ている風来坊に、軽く微笑んでみせる。

「どうだ……悪くなかったろう?」

 風来坊は絶頂の名残か少しぼんやりした小生を見つめながら、

「……すご、かった……」

 と間の抜けた声でぽつり呟いた。

 どうやら一応ご満足は頂けたようだ。

 乱れて古い箒みたいになっちまってる髪を撫で付けて、申し訳程度に整えてやりながら、

「湯浴み出来るように準備してやるから、待ってろ」

 そう告げて、立とうとした刹那、

「……待った……!」

 やや強い口調で引き止められた。

 何事かと思えば、

「……あんたは……? あんたはいいのかい……? それ、辛そうに見えるけど……」


 つ、と指差されたのは薄なりのせいで布越しにくっきり分かる小生の昂った雄だった。

 正直、湯の準備は半分口実で、収まりのつかないコレを適当に鎮めて来る為にこの場を離れたかったんだが。

 風来坊はそんな小生の考えに気づいているのかいないのか、ふっと柔らかい笑みを浮かべて口を開いた。


「――……俺も、シようか……?」


「えっ」


 今度は小生が「えっ」と言う番だった。

「だって……俺ばっかり気持ち良くして貰って終わりってわけには……さ」

 ほとんどなし崩しの行為だったのにも関わらず、律儀な気遣いを見せる風来坊が愛しく思えて、思わず抱き締めたいような衝動に駆られた。

 お前さんはなんて可愛いんだ……。

 二つ返事でよろしく頼みたいところだったが、ぎりぎりのぎりぎりで理性を保つ。

「気を遣って無理することはないぞ? 衆道の気はからっきしだと言ってたろう」

「そう……だけど……けどさ」

 風来坊は少し照れ臭そうな顔で、頭をかきながら告げる。

「俺だって男だし……惚れてくれた人と褥を共にするからには、ちゃんといい思いをさせてやりたいんだ」

 思いもかけない言葉に心臓が跳ねた。

「いいのか……?」

 確認するように尋ねると、風来坊はこくりと首を縦に振った。

「いいよ……ただ、勝手がよくわかんないからさ。教えてよ……?」

 風来坊の、ほとんど無自覚だろう凄絶な色気に息を呑みながら、小生は「わかった」と答えた。

 風来坊の腕を引っ張って体を起こし、枷で繋がれた腕の中に招き入れて抱き寄せるようにすると、互いの身がぴたりとくっついた。

 主張する欲を布ごしに風来坊の腰の辺りへ押し付けながら、

「前を開いて、ここを触ってくれるか……?」

 と問うと、

「わ……かった……やってみる」

 そう素直に頷いて、緊張したような面持ちで小生の着物をはだけさせ、これ以上ないほど張り詰めたモノをやんわりと握った。

 それだけでも堪らなく心地好くて、熱っぽい息を吐いてしまう。

「そのまま扱いてくれりゃいい……自分で抜く時と同じ要領だ」

「ん……」

 風来坊は言われた通り自慰の時のことでも思い返しているのか、目をつぶって、手を動かし始めた。

 はじめはゆっくり、拙く、そのうちにコツを得たようにだんだん滑らかに。

――巧いじゃないか。こいつは、なかなか善い……。

 おまけに眉根を寄せて、薄く開いた唇から浅い呼吸を繰り返す風来坊の様子が目をも楽しませる。

 まるで独り遊びを盗み見ているような倒錯した興奮を覚える。

 風来坊の手に合わせて軽く腰を揺すりながら、まじまじと見つめていると、不意に目を開けてこちらを上目加減で見つめ返してきた。

「……官兵衛、さん……ごめん、俺また……」

 何が言いたいのかはすぐわかる。
 先程一度吐き出して萎えていた風来坊の陰茎がまた勃ち上がりかけていた。そりゃまあ無理もないだろう。

 すぐに慰めてやりたかったが、この体勢じゃ枷が邪魔になっちまって難しい。

「……一度離してくれ」

 短く指示し、小生のモノから手を引かせると、再び風来坊に横にならせて、小生は風来坊と頭の向きを逆にして寝転んだ。

「お前さんは続きをやってくれ……こっちは小生がシてやる」

 そう言って風来坊の腰を引き寄せ、先程と同じように口に含んでやった。

「っ……はぁ……」

 喜悦の声を漏らして背をのけぞらせながら、風来坊もまた小生のそれに再度指を絡めた。

 目を閉じて、そのまま扱き出すと思いきや、風来坊は徐にその先端に口付けた。

「っ……」

 驚いてあからさまに反応してしまった小生を薄目を開けてチラリと見て、風来坊は悪戯っぽく笑んだ。

 そしてそのまま、今しがた口付けたそれを頭から口の中へ……。

「っ……」

 ねっとりと絡み付く口腔と、風来坊の淫蕩な仕草に煽られてすぐにでも果ててしまいそうになるのを意地で堪えながら、小生もまた目の前で脈打つ欲への濃密な愛撫を開始した――。



   ▲ ▽ ▲ ▽



「あー……なんか新しい扉開いちゃったかも……」

 整え直した床の上にうつ伏せで倒れ込み、湯浴みを済ませたばかりの大きな体をだるんとだらしなく伸ばし、柄にもない深い溜め息をつく風来坊。

「まだ扉は開けてないだろう?」

 そう言って、不意討ち気味に尻を撫でてやると、書き文字では表せないようなへんてこな悲鳴を上げた。

 なかなかからかいがいのある面白い男だ。

「……どっちにしろ開く気満々に見えるんだけど」

「そりゃあな……お前さんも言ってたろう? 人間、欲望には抗い難いもんだ……」

 まだ半分濡れている長い髪を一房掬って、口付ける。

「――さて、お前さんに止められかね……」

 風来坊は首をねじるようにして小生を見上げ、小さく苦笑した。

「こりゃあ……参ったねえ……」






《終》




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