関ヶ原の合戦―再燃―【本編】 /家官 | ナノ
――どこか頭の片隅では、それが不正解だと……権現の求める答えではないとわかっていた。

「……そうじゃない……わからないのか……?」

 哀しそうに呟くと、権現は身動きの取れない小生を静かに見つめた。

「……官兵衛……」


 ――いっそ失望されたい。

 もう小生のことなど、見限ってくれればいい。

 今この瞬間に、震えるくらいに権現が愛おしい。心の底から求めている――だが、それに気付くのが遅すぎた。

 長い間権現を苦しめ、挙げ句その想いを裏切り、踏みにじった小生に、もうこれ以上愛を注がれる資格などない。

 四国の件が露見していたならいっそ好都合だ。


 ――どうせここへは、すべてを終わらせるために来たんだ。


「――お前さんの気持ちなんぞ知らんね……小生には関係ない」

 くっと喉の奥を鳴らして笑った。

「……で? どうする気だ? このままここにこうして小生を縛り付けておく気か?」

「官兵衛、ワシは……」

 悲痛な表情で何か言おうとする権現を遮り、言い放つ。


「お前さんに縛り付けられるくらいなら、死んだほうがマシだ」


 ああ――心にもない言葉を口にするってのは辛いもんだな……。

 だがそれが小生の受けるべき罰だ……。

 権現は言いかけた言葉を飲み込むようにして黙って俯き、ややあってから、唐突に微かな笑みを漏らした。

「――死んだほうがマシ……か。確かに……今のお前はこの上無く無様だな」

 呟かれた台詞にぞくりと背が粟立った。
 伏せていた目を上げると、権現は見たこともないような冷ややかな顔で、笑っていた。

「――みっともない格好で自由を奪われて、好きでもない男から、辱しめを受けるんだからな」

「っ……」

 全身を視姦するように向けられた視線と、言われた言葉に、かっと体が熱くなる。

「――どうした? ワシに好きにされるのが死ぬより嫌なんだろう?」

 不意に伸べられた手が、無遠慮に小生の股間のものを握り込んだ。

「――なんでここが硬くなり始めてるんだ……?」

「っ……や、め……」

 いきなりきつく扱き上げられて、快楽より先に苦痛が生じる。

 それでも権現が言うように、そこは確かに芯を持ち、熱く昂り始めていた。

「う……ぁ……よせ」

 もう一方の手が、胸をなぞり、色づいた突起を爪の先でこね回してくる。

「っ……あっ……ぅあ」

「随分といやらしい声を出すんだな……痛くされて気持ちいいのか?」

「違ッ……」

「違わないだろう? 上も下もよがっているじゃないか――三成がこんなに淫らになるように仕込んだのか?」

「っ……!」

 三成の名を出されたことが辛くて、息が詰まりそうになった。

 それを言われれば何も言い返せない。

 三成の傍にいた頃、何度も組み敷かれ、開かれ、受け入れてきたこの体は、快楽を受諾する術を嫌と言うほど教え込まれてきた。それは事実だ。覆せない。

 権現の前で淫らな反応を示すことそれ自体が、まるで今この時、三成との情交をまじまじと見られているかのような感覚を呼び起こす。

「あ……ッ……も……嫌、だ……見、るな……!」

 唯一自由になる頭を無茶苦茶に振って、拒絶を示す。

 だがいくら訴えようとも権現は許してくれない。

 小生のものを扱いていた手を離すと、小生の先走りがまとわりついた指で、小生の唇をなぞってくる。

「ここで三成をくわえたのか……?」

「……っ……」

 ぬるりとした感触に、嫌悪を覚え、背けた瞬間、顎を掴まれて引き戻される。

「……三成とワシと、どちらが大きいか試してみるか……?」

「な……っ!」

 愕然とする小生に構わず、権現はごそごそと着物を緩め、自身の雄を取り出す。

「権、げ……っ」

 顎を押さえつけたまま、小生の頭を跨ぐようにして、権現はそれをきつく閉じた小生の唇にぐりぐりと押し付けてきた。

「……口を開けて、ちゃんと奥までくわえてくれ。そうじゃないと比べられないだろう?」

 顎を掴む手にぐっと力を込められ、観念して口を開くと容赦なく押し入ってきた。

「ん……ふっ……ん……!」

 実のところ、雄を上の口で受け止めたのはこれが初めてだった。

 三成との情交で、口腔奉仕をさせられたことはない。

「っ……ぅ……!」

 顎が外れるかと思うほど大きく口を開かされ、涎があふれる。

 喉奥を貫こうとするかのように腰を打ち付けられて、苦しくて息をするのもままならない。

「っ……んふ……ぅ」

 頭の中が真っ白になり、されるがまま揺さぶられ、前触れもなく引き抜かれると、

「――出すぞ」

 短く告げられ、一瞬後にびちゃりと、顔面に熱く粘つくものが吐き出された。

「あ……ぁ……」

 その感触にぞくりぞくりと震え、無理矢理犯されてさんざんな目に遭っているにも関わらず、「次」を期待して疼く自分の体の浅ましさを呪いたくなった。

 ――だがそれでいい。

 蔑んでくれればいいんだ、一時でも真剣に愛したことを悔やむくらいに。

 望むなら……もっともっと、いくらでも醜い姿を晒してやる。お前さんの目が覚めるように……。


 ――しかし、そんな小生の思いは、届かなかったようだった。


「……官兵衛……」

 つい今しがたまでの冷気を孕んだ声音とはまるで違う、穏やかな声。

「……すまんが、もう……」

 もう、なんだというのか――問い掛けようにも水気を失い、呼吸も荒い口からはまともな言葉など吐き出せそうもない。

 体に自由はなく、今はもう言葉すら口に出来ず、ただすべて委ねることしか許されていない小生を、権現はせつなそうな顔で見つめていた。

「――もうこれ以上、お前を傷つけるのは無理だ……官兵衛……」

 精にまみれた顔を両手で包まれながら、唇に触れるだけの口付けが落とされた。

「それが……お前の望みでも――ワシにはもうお前に罰を与えるのは無理だ……」

「……え……?」

 頼りなく掠れた声を漏らし、呆然とする小生に自嘲めいた笑みを向けると、今度はぴちゃぴちゃと自分が汚した小生の顔を舐め始めた。

 自分の精を舐め取るなど気持ちのいいことではないだろうに、丁寧に舌を這わせる。

 くすぐったさに肩を竦めている間にそれは終わり、

「ん……綺麗になった……」

 と満足そうに呟き、優しく髪を撫でてくる権現を、小生はまだぼんやりとした頭で見つめていた。

「お前が自分を許せないと感じる気持ちはよくわかる……ワシもそうだ……」

 権現はそう言うとしばらく押し黙り、ずっと小生の髪を撫で続けていた。

 小生はされるがまま、権現の次の行動を待つしかない。

 送れど送れど返りのない文を送り続け、待つしかなかった権現の気持ちを今少しだけ味わいながら。

 そして権現は小生を撫でていた手を止め、意を決したように口を開いた。

「――官兵衛、恐らく三成は……お前のことをまだ愛しているぞ……?」

「……?」

 あまりにも思いがけない言葉に、権現の顔を凝視してしまった。

 権現はひどく苦しそうな顔で、けれどどうにか笑みを作って言葉を紡ぐ。

「――ずっとワシは、気付いていた……三成がお前を憎くて遠ざけたのではないことを――気付いていながら、弱っているお前に近づき、心の隙につけ込もうとしたんだ」

 まだ三成が小生を、愛している……?

 憎いから、遠ざけたんじゃない……?

 告げられた言葉を頭の中で咀嚼するのに時間がかかる。

 そんな可能性など思い描いたことは一度もなかった……だからすぐには理解出来ない。

 戸惑っている間に、すっといきなり下肢の強ばりが解け、戒めを解かれたのだと気付いた。

 腕に絡んでいた鎖もほどいてくれた後、くっきりと残った拘束の跡を労るようにさすりながら、権現はぽつりと呟くように言った。

「三成のところに……戻れ、官兵衛……」


 戻れ……?

 三成の傍に?

 三成を想っていた頃の小生に?

 戻れ、だと――?


 ――勝手なことを言うなよ。


 ほとんど衝動的に権現の腕を掴み、引き寄せて抱きついた。


「っ……官べ……!」


 両腕、両脚でしっかり捕まえる。あんな拘束など生温いと思えるくらいしっかりとだ。

「……権、現……」


 必死に名前を呼び、唇を触れ合わせる。

 つい今しがたまで、もう見限られたいと思っていた相手に、滑稽なくらい真剣にすがりついた。

 すぐさま同じ強さで抱き返され、口付けが深いものに変わる。

「ん……ぁ」

 馬鹿みたいな話だ。

 狸の化かし合いでもあるまいし、自分の本心を偽り合って何やってたんだ。


 離れられやしないくせに。
 離れてほしくないくせに。


「官兵衛……」

 熱情を帯びた声で名を呼ばれ、中途半端に煽られて放っておかれた体が震えた。

「ぁ……」

 権現の腰に両脚を絡ませ、中心を擦り付けるようにして、誘う。

 こんな恥知らずな真似をして見せたのはお前さんが初めてだ……権現……。

 権現は熱に浮かされたような顔で、前髪の隙間から小生の瞳を覗き込んできた。

「――信じていいんだな、これがお前の『本当』だと……」

 はっきりと首を縦にした途端、また激しく口付けられ、そして――貪欲に、互いを縛り合うかのように、小生らは求め合った……。



   ▲ ▽ ▲ ▽



「……お前さんが気にする必要はない……小生が、お前さんを選んだんだ」

 権現の腕を枕にして、事後の気だるい身を預けながら、小生はそう囁いた。

「それならお前も気にすることはない――ワシも元親も、お前を責めるつもりなどない」

 罰し合うことを諦めて、許し合うことを選んだ――そういうことだ。

 権現も甘いが、小生も相当かもしれない……。

 自分のベタ惚れっぷりを自覚すると、なかなか恥ずかしいもんだ。

 さて、これからどうしたもんか。

 風来坊の言うように、戦を止めるよう権現を説き伏せてみるか、あるいは今更だが権現の求めに応じて東軍の軍師になってみるか。

 どちらにせよ小生のすることはあまり変わらない。

 権現とこの先少しでも長く共に在れるように力を尽くす――愛した男が、戦で命を落とさないように守るということだ。

 ――ああ、いっそのこと小生が天下を取っちまうってのが一番いいかもなぁ。

 そんなことを考えていると、つ、と頬を指でつつかれた。

「なんだか楽しそうだな官兵衛、悪巧みをしている顔になってるぞ……?」

 見透かしたような言葉に一瞬どきりとしながらも、小生は笑った。

「――そういう男だぞ、お前さんが捕まえたのは」

「ああ、わかってるさ――そんなところも堪らなく、愛しい。誰よりも愛してるぞ」

「っ」

 面と向かって、真摯に囁かれる愛の言葉。
 恥ずかしさに視線を逃そうとした瞬間、今度は唇の先で頬をつかれた。


「目をそらさずに、ちゃんと受け入れてくれ――こういう男だぞ、お前が選んだのは……」






《終》



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