関ヶ原の合戦―再燃―【本編】 /官家 | ナノ
 小生の答えに、権現は一瞬目を丸くし、それからゆっくり細めた。

「――わかって、くれてはいたんだな……」

「権現……」

 たったひとつ、権現が小生に求めたもの――いつも与えるばかりの愛の細やかな見返り。


――何があってもワシを、ワシの想いを信じてくれ

――それだけでいいんだ……


「何故、すぐに話してくれなかったんだ……お前が好き好んでそんな行いをするなんて……思うわけないだろう……」

 権現は苦しげに顔を歪めながら、そろりと動き出した。

 小生の四肢の戒めを解く為に。

「――ワシが誓った想いは、お前がどれほどの罪科を負おうと揺らいだりはしない……それを、信じては貰えないのか……?」

 縛られた紐が、巻き付いた鎖が解かれ、無理に固定されて多少痺れを残しながらも、小生の体は幾らか自由になった。

 解放された腕で初めて行うこと――それは、

「……権現……」

 権現の肩を引き寄せ、唇を重ねるということ。

「ん……」

 ほんの一瞬触れるだけの口づけを落とし、目の前の権現の顔を両手で包んだ。

「――お前さんの想いを疑ったことなんぞ、一度もない。ただ、何の罰も与えられず、笑って許されることが怖かっただけだ……」

 罪を犯した者が何の報いも受けず、許されて幸福になる――それを小生の心が受け入れきれなかった。

「官兵衛……」

 自分より体温の高い肌の温もり――ひどく懐かしい。

 深い穴蔵の底に落とされても、この温もりが日の光の暖かさを思い出させてくれた。

「罪ならワシにだってある……お前一人が苦しむ必要なんてないんだ」

 ほら、そうやってお前さんは許すじゃないか。

 何もかも全て受け入れようとするじゃないか。

 居ても立ってもいられなくなり、小生は権現を腕の中に抱き寄せた。

「――もっと小生を責めればいい。辛かったと泣けばいい、許せないと喚けばいい……なんでお前さんは無理をするんだ……」

 精一杯背伸びをして大人になろうとしている。

 せめて少し……ほんの少しでいいから楽にしてやりたい。

「ほら、小生に甘えてみろよ。なんでもいいからわがままを言え――今なら特別に叶えてやってもいい」

「官兵衛……」

 権現はしばらく躊躇うように視線を泳がせた後、小生を真っ直ぐ見つめて、告げた。

「――官兵衛が、欲しい……」



   ▲ ▽ ▲ ▽



 権現の口から「欲しい」という言葉を聞いたのはこれが2度目だった。

 最初はそう――権現の中に見つかりもしない三成の面影を探してしまいそうで、ずっと触れることのできなかった小生に焦れてのことだったか……。

 それでも構わないと権現は言ってくれて、何度か枕を交してはみたが、どうしても「最後」までは出来なかった。

 ――権現を抱いて、「やっぱり駄目だった」と感じてしまうことが恐ろしかった。

 権現が想ってくれているほど権現を愛せていない自覚と、そのくせに権現の存在を救いとして自分の心の拠り所にしてしまっている頼りなさ。

 ――何もかも、原因は小生の弱さだった。

「……権現……」

「ん……」

 名前を呼び、唇を合わせながら、以前よりも更に逞しさを増した身体を抱き寄せた。

 先程まで独り寝だった寝床に2人で転がり、すでに何もまとっていない互いの身体を擦り合わせ、絡ませ、位置を変えながら、じゃれ合う幼い獣のように触れ合う。

 小生の体が敏感なところに触れる度に、ビクリと震え、微かに頬を紅潮させながら、権現は少し照れたように微笑む。

「――久々だと、少し気恥ずかしいな……」

 権現は綺麗だ。

 薄汚い欲で汚すことを躊躇ってしまうほどに。

 だが。

「――恥ずかしいことは、これからじゃないのか……?」

 小生が耳元に囁きかければ、熱っぽい息が首元に吐き出される。

「……今更だな……いつだってワシは、それを望んでいた……っ……ぁ……」


 脚を少し開かせ、初めて触れた権現の後孔は、ほとんど何の抵抗もなく小生の指を呑んだ。

「うっ……ぁッ」

 せつなげに自ら腰を揺らし、より強く快楽紡ぐ場所へと小生の指を導く様は、先刻までの初々しさの残る反応と裏腹にひどく淫らだ。

 到底初めて異物を受け入れた、というような雰囲気ではない。

 権現はそんな自分の痴態を恥じ入るように顔を赤く染め、泣きそうな目で小生を見つめてきた。

「……官、べ……これは……」

 必死に言い訳を探す権現に、思わず苦笑が漏れる。

 弁明など求める必要も理由もない……小生は大人だぞ、そのくらい言われなくても理解出来る。

「――いいから、お前さんは素直に愉しんでろよ」

「っあ……ぁ……」

 指を増やし、今教えて貰ったばかりの権現の気持ちがいいところを責めてやる。

「あ、あ……っ……」

 嬉しそうに締め付けてくる、権現の中。

 小生が満たしてやれなかった分の愛欲をもてあまし、独りでここを慰めて来たのだろう。
 一度や二度じゃない――何度も何度も、だ。

「っ……あ……あぁっ……!!」

 ほどなく迎えた絶頂に身体を震わせ、それでも離したくないとばかりにまとわりつくそこから、ゆっくりと指を引き抜く。

「……ぁ……」

 寂しげに漏らされた声とともに、達したばかりだというのにひどく物欲しげな目で見つめてくる。


 権現は綺麗だ。


 その権現が人知れず、小生一人を想いながら、夜毎自らの欲で己れを汚す――そんな様を想像すると、ひどく胸が張り詰めて苦しくなってくる。


 張り詰めて苦しいのは胸だけ、ということでは済まないが。


 痛いほど勃ち上がったそれの先で、指を抜いたばかりの後ろの入り口をなぞる。

「――待たせて悪かった……」

「……官、兵衛……」

 離れてみてようやくわかった……なんて、実にありがちな顛末だが。

 ようやく、お前さんをちゃんと満たせる自信がついたんだ――権現……。


 ゆっくりと腰を進める。


「……あ……官兵衛の、が……入って……」

「そうだ――これが、小生だ……感じるか? 権現……」

 目を閉じたまま、何度も頷き、権現は微かに口許に笑みを浮かべた。

「……熱、い……な……」

 奥の奥まで深く繋がった途端、すぐに動きたくなる衝動を抑え、そのまま権現を抱き締めた。

 まだちゃんと、伝えてなかったことがある。

「――お前さんが好きだ……愛してる」

 権現は目を閉じたまま、乱れた呼気を吐き出しながら口を開いた。

「……やめて、くれ……官兵衛……お前と初めて繋がる時……は、泣かないと、決めてたんだ……」

 何を言うかと思えば……小生は思わず小さく笑んだ。

「小生は、お前さんの泣き顔も見たい気がするんだがね……」

「……駄目、だ」

 嫌々するように頭を横に振る姿が子どもじみて見えて、堪らなく愛おしくなる。

「――乱れても泣いても、きっと綺麗だぞ……小生の恋人は」

 頑なに閉じられた瞼に口付ける。

「そうだろう――家康……?」

「っ」

 閉じていた両目がはっと開かれて、至近距離で視線がぶつかった。

 権現の黒い目に、ニヤニヤといやらしく笑う小生の顔が映っていた。

 だがそれは、ゆらりゆらりと揺れて、次第に輪郭を失っていった。

「――この、卑怯者め……」

 どこか呆れたような溜め息混じりの囁きの後。

 ゆっくり再び下りて来た瞼の端から、音もなく溢れた雫を見つめ、小生もまた幸福な溜め息をついた。

 これで――ようやく、始められる。

 権現の身体を抱き直し、小生はようやく待ちわびていた熱を解き放つべく、動き始めた――。



   ▲ ▽ ▲ ▽



「なんだ、もう音を上げたのか?」

 ぐったりと横になっている小生に馬乗りになるような格好で、涙の乾いた丸い瞳が見下ろしていた。

「もう……ってなぁ……こちとら若い盛りのお前さんと同じようにはいかないんだよ」

 正直それでも、己れの限界に挑むくらいの勢いで挑んだんだがね……。これでまだ足りないなんて言われた日にゃ御手上げだ。

 まだ中に収まったままの小生のものは、悪いがもうこれ以上は役に立ちそうもない。

「……お前さんがこんなに好き者だったとはな……」

「言っておくが、相手がお前だからだぞ……?」

「……ああ、わかってるさ」

 小生が今までどれだけの我慢を強いてきたのか、どれほどのものを溜め込む羽目になっていたのか。

「今夜一晩で満たせない分は、これから分割でいいだろう?」

 そう問えば、

「――お前はこれから、ずっとここに、居てくれるのか?」

 答えではなく、確認するように問い掛けが返ってくる。

「そのつもりだ……前田の風来坊から、お前さんに戦を止めさせるよう頼まれていたこともあるしな……」

「慶次が……?……そうか……だがワシは……」

 あそこを繋げたままする話にしてはひどく深刻な雰囲気になりそうだったが、小生はそれを鼻で笑った。

「お前さんを説得するのは難儀そうだからな、当分離れることも出来んだろうよ」

「官兵衛……」

「まあ、何はともあれよろしく頼むぞ――権現」

 これでとりあえず話はまとまった……と思ったが、権現はどこか残念そうに目をすがめた。

「……呼び方が戻ったな」

「ん?……ああ、そうか」

 指摘されてから気付いた――今までずっと権現、と呼んで来たからな……そう簡単には癖が抜けない。

 おまけに、自分から仕掛けておいてなんだが、冷静になるとなかなか照れ臭い。

 ならば。

「――あれは、お前さんの泣き顔が見たくなった時のために温存しておこうか」

「――官兵衛……!」

「うっ……!?」

 ぐぐっと萎えた一物を締め付けられて、思わず声が漏れた。


「もう少し付き合わせてやろうか?」


 調子の乗りすぎた罰とばかりに、斜め上から、いい笑顔で投げ掛けられた恐ろしい問いに、小生は思わず乾いた笑みを浮かべた――。






《終》


 
戻る
Topへ戻る
- ナノ -