「官兵衛……ッ!!」 小生を突き飛ばした三成は、殺気立った声音で小生の名を叫び、覆い被さるかのように体の上にのしかかり、両腕を伸ばすと、十の指を小生の首に絡めた。 「ぐっ……ふッ」 本気で息の根を止めようとしているかのように力一杯首を締め上げられ、苦悶に呻く小生を見下ろし、三成が吠える。 「幾度こうして傍らで眠る貴様をくびり殺してやろうとしたか……!!」 「っ……ぐ……ぁ」 「命だけは取らずにおいてやったものを……ッ……!! のこのこと私に殺される為に舞い戻ったか……ッ!!」 意識が白む。 ――ああ、そんなに小生を殺したかったのか……三成……。 枷の付けられた両手をそろりと伸ばし、三成の胸元に押し当てた。 ドクドクと胸を打つ激しい鼓動が伝わってくる――今ここが、小生への殺意で満たされている。 権現への復讐心以外、何もいらないと言った男の心を、確かに今小生への感情だけが満たしている。 不意に、首を締め上げていた力が緩んだ。 「っ……ゲホッ……ゲ、ホ……!」 急速に空気が喉を通り始め、噎せ返りながら三成を見た。 三成の表情は驚愕に染まっていた。 「……何故、笑う……気が触れたのか……?」 首を絞められながら笑っている小生がさぞや異様だったのだろう。 ――ああ、まったくどうかしていると自分でも思うがね。 「――三成……お前さんが、小生を殺そうとするのは……小生を愛しているから……なんだろう?」 誰よりも深く、誰よりも強く、自らを脅かすかもしれないと恐れを抱くほど――秀吉にとってかつて奥方がそうだったように。 三成にとって殺したいほど愛せる相手が小生だけだというなら。 「――お前さんに殺されても、構わない……」 三成の胸に当てていた手を滑らせ、青ざめ呆然としているその面に添わせた。 「お前さんと離れて長生きするよりは……お前さんに看取られて逝くほうがいいさ……まさか小生がこんなことを言うとはな、笑えるだろう?」 ひたすらに天下の掌握を目指してきた小生が、たった一つ――目の前の男の心を掌握出来たことだけで満ち足りて、死すら受け入れられる心持ちになることができた。 ――まったく、愛ってのは恐ろしいもんだ。 人間一人くらい、簡単に壊す。 お前さんたちが滑稽なまでに怯え、忌避するのもわからんでもない……。 「馬鹿が……」 ぽつりと三成が呟いた。 顔色は悪いが端正な面相が、クシャリと歪む。 「――貴様のような馬鹿は他にいない……この世のどこにも……貴様に代わるものなど、ない……」 首にしっかりと両手を添えたまま、三成はじっと小生を見下ろしていた。 小生もまた三成に触れたままじっと見つめ返していた。 まるでごく普通の恋人同士が互いに触れ合い、熱い視線を絡ませるかのように。 胸がざわつき、たまらなくなってくる。 「三、成……」 歯止めの利かない衝動に突き動かされ、三成の顔を撫でるようにしながら、小生は乾いた喉から言葉を絞り出した。 「――三成……死ぬ前にもう一度……小生を、その……抱いてくれないか……?」 三成は微かに目を見開き、小生の首を握っていた両手を離した。反射的に小生のほうも離す。 三成は少し体を後方に動かして、背後に手を伸ばし、置き去られていた抜き身の刀を手に取った。 黒光りする刀身を見つめて、これで刻まれるのだろうか――と思っていると、三成は手にした刃を無言で瞬間的に繰り出し、直後、衣がずれる音がした。 三成の刀が、小生の着物を縦に切り裂いていた。 再び刃を手放した両手が、裂かれた布を思いきりよく左右に開く。 「……っ」 息を呑んだ瞬間、覆い被ってきた三成に唇を奪われた。 「ん……ぅ」 長い舌を差し込まれ、口内を甘やかに蹂躙される。 この舌はいつも酷い言葉ばかり喋る癖に、口付けとなると嫌になるくらい優しい。 枷と手が三成の体に押し潰されるような格好になり、少し痛かったが気にもせず、ひたすら舌技に酔いしれる。 同時に、剥き出された素肌の上をこね回すように動き回る三成の手に身悶える。 「っふ……ん……ぅ」 鼻にかかった声が漏れ出してし、勝手に腰がゆれる。 うずうずと熱がわだかまる下腹を三成に擦り付けるようにした刹那、布ごしに三成の熱をも感じ、背中がぞくぞくと粟立った――。 ▲ ▽ ▲ ▽ 「ぁ……ぁ……ぁ」 枷のついた両手でガリガリと畳を引っ掻く。 俯せ、上体を畳で擦るようにしながら、膝を折り、尻だけを高々と上げる――そんな屈辱的な体勢を取りながら、小生はひたすら喘いでいた。 視界の外側にいる三成が小生の尻を鷲掴んで押し広げ、ぱくりと開いた溝に顔を埋めていた。 口付けの時と同じように、長い舌が小生を蹂躙する。 本来受け入れる場所ではない奥まった窪みに舌を差し込まれ、唾液を送り込まれながら犯される。 「あ……ぁ……っ」 一気に水音を立てながら侵入し、ゆっくりと引き抜かれ――その度に排泄感に酷似した恥ずかしい快感が生まれる。 だが舌を入れられるだけでは到底、奥までは届かない。 気持ちよくてもその刺激だけでは達せられない。 自分で半勃ちの前を扱こうにも、この姿勢では枷で自由を制限されてしまい、どうにも出来ない。 「み……つな、りぃ……!」 請うことしか出来ない。 「も……入れて……くれ……」 さっき布ごしに感じた熱をそこに根本まで突っ込み、奥の奥まで攻めてほしい。 浅ましく尻を揺らし、誘う。 自分と同じ雄を受け入れて快楽を得ようとする体――だがそれは相手が三成だからだ。 三成だけがこんなにも小生を狂わせる。 「官、兵衛……」 小生の名が情欲に掠れた声で紡がれたと同時に、求めていた熱が押し当てられた。 「あ……」 恍惚感に背をそらせる。 流し込まれた唾液で濡れた秘処へと、にゅるにゅると内壁を擦りながら押し入る三成の剛直。 「はぁ……っ……ぁ」 久々過ぎる挿入は流石にきつかったが、押し寄せる悦楽が苦痛を霞ませていく。 三成の恥毛が尻と擦れる感覚で、根本まで完全に穿たれたのだと知った。 「ぁ……あ……」 早く動いてほしい。いいところを擦り上げながら、最奥を抉り、小生の中へ孕むほどの子種を撒き散らしてほしい。 「……三、成ぃ……みつな……り……!」 懇願しようにも、もはやまともに言葉に出来ず、気が付けば何度も三成の名前ばかりを連呼していた。 三成の手が、そんな小生の背中をそっと撫で上げる。 そのいつになく優しい触れ方に、「今三成はどんな顔をしているのだろう」と思う。 その手がしっかりと腰を掴み、とうとう望んでいた律動が開始された。 「ひっ……ぁあ……!!」 激しく大きく、素早く幾度も打ち付けられ、いくらもしないうちに絶頂感が突き抜ける。 精をぶちまけて震える小生を、容赦なく新しい波が襲う。 「あ……ああッ……」 目眩すら引き起こすほどの強すぎる快感に、泣き喚きながらも、貪欲に自ら腰を蠢かせる。 ああ――この時が永遠に続けばいい……ずっと繋がっていたい。 あるいはいっそ今この瞬間、この首に刃を打ち下ろされたら幸せだろうか……? ▲ ▽ ▲ ▽ 「……ん……」 互いを貪り合うような激しい情交の後、仰向けに戻された小生は、数度に渡る絶頂と狂乱の反動で全身を覆う、心地よい倦怠感に身を委ねながら、また三成の口付けを甘受していた。 今度のそれは情欲を煽る類いのものではなく……まるで、労るかのような。 結び目を解かれて乱れた髪をそっと撫でられ、泣きたいような気持ちが込み上げる。 ――三成が優しいのは、恐らくこれが最後だからだ。 三成にならば殺されてもいいと言った気持ちに偽りはない。 だが……。 ――こいつと別れたくない……な。 もう一つの偽りのない想い。もっと長く、三成の傍らに留まりたいという願い。 切実なそれが一滴の水に代わり、小生のまなじりを伝った。 「……ん……?」 交わっている最中に流した喜悦のそれとは明らかに違う涙に、三成が反応し、口付けを中断した。 「……何故泣く……どこか痛むのか?」 問い掛けに応えられず、小生は口を閉ざした。 殺されてもいい。 だが出来ればもっと生きたい。 そんなことを伝えたところでまた三成を苦悩させるだけだ。 苦悩の末に、また遠くに遣られるかもしれない――それだけは嫌だ。 三成は何も言わない小生を軽く睨む。 「私の問いを無視するな……」 「――無視、したわけじゃない……これはなんでもないんだ……」 そう言って自分の手で涙を拭おうとしたが、三成に枷を掴まれて押し止められた。 そして、涙の跡を遡るようにして三成が舌を這わせてきた。 目尻まで舐め上げた舌が、 「なんでもないなら泣くな」 と不機嫌そうに言の葉を紡ぐ。 「――今後、私の手の届く範囲においては、貴様の一切の悲嘆を認めない」 「……三成……?」 言っている意味がよくわからなかった。 腑に落ちない顔をする小生に少し苛立ったように、三成は軽く舌打ちをした。 そして。 「――貴様の生涯の幸福を、私が保証する……故に悲嘆など認可しない」 「……」 ――それはつまり言い方を変えると……「私が幸せにしてやる。だから悲しい思いなどさせはしない」……ということ、なのか……? そう思い立った途端、思わず顔が熱くなった。 「だが……お前さんは小生を殺めるんじゃないのか……?」 そう尋ねると、三成は驚くほど静かな声音で言い放った。 「貴様は殺さない」 「え……?」 思いもしない答えに戸惑う小生を見下ろし、三成は言葉を続ける。 「――愛……というものが私を堕落させ、弱くするものだとしても私はけして屈さない。それすらも、乗り越えてみせる」 「三成……」 ――じゃあいいのか? 小生は生きていても構わないのか? お前さんとともに……約束された幸福の中で。 「――貴様ッ、まだ泣くか……私の話を理解していないのか? 底無しの馬鹿がッ……!!」 ――馬鹿はどっちだよ。 泣いてるからって悲しいとは限らんだろうが……。 気が変わったやっぱり殺す、などと言い兼ねないほどご機嫌斜めな凶王殿をなだめるべく、小生は口の端を吊り上げ、微笑んで見せた。 「――愛してるぞ、三成……」 あるいは自らの破滅を促す魔性の誘惑かもしれないその囁きに、三成もまた満足げに微かな笑みを浮かべた――。 「――私もだ」 《終》 ★戻る★ ★Topへ戻る★ |