優しかった嘘 ざぁざぁと音を立てて地面に打ちつける雨は、容赦なく俺にも攻撃を仕掛けてきた。身体的には痛くも痒くもない。冬真っ只中であるせいで、少し冷たさに痛みを感じたがそれくらいだ。 ただ、精神的には痛かった。自分が惨めだと、今更ながらに思う。ポケットの中に手を突っ込めば、金属の無機質な冷たさが皮膚に伝わる。 「…これ、返す」 取り出した鍵を握りしめた拳を相手の胸板にドンと突きつける。しかし目の前の男は受け取ろうとしない。それどころか顔を歪め、俺を見つめてきた。 「…いやだ」 「何を今更」 首を振って拒否しても、俺は許さない。許したいけれど許せない。全てが今更だ。浮気の理由が「嫉妬してほしかった」だなんてくだらないものだとお前の口から聞いたとしても。いや、だからこそ許せないのだ。 この男は何も分かっちゃいない。その優しい嘘が、どれほど俺を切り刻んだのか。お前は知らないだろう。 「さよならだ」 「っ嫌だ!」 鍵は独特の音を響かせて地面へと落ちる。愛を誓った指輪は俺自身の手によって唸る川へと呑み込まれる。出来ればお前の指輪も投げてやりたかったが、穏便に済ませられそうにもないので諦めることとするか。 弱々しく伸ばされた手を、俺は取る訳もなくコートを翻した。後ろから悲鳴のような俺の名前を呼ぶ声も、もう俺には届かない。お前に俺の心の叫びが届かなかったように。 end 優しかった嘘は君の「愛してる」 ←|戻|→ . |