フロム・フラワー前編






 ふわり、ふわり。意識がおぼろげな中で微かに花の香りがする。大輪を誇るローズのような華々しいものではなく、道端にひっそりと咲く小さな白い花弁で身を飾る花のような優しい香り。包みこむこの香りがもっとほしい、と思った途端に香りが濃くなった。
 不思議と香りが強くなる分だけ力が湧いてくる気がする。段々と体を動かす活力を得て、思い切って伸びをした。そして錘でもぶら下げているのかというくらい重たい目を開ける。


「………」
「………」


 たまたま、大きな大きな人と目が合った。見上げすぎて首が痛いだなんて通り越して、別の種族―――巨人のように大きなその男の人は私を見て驚きに目を見開いているようだった。
 ここまで大きな人に会ったことがなくて、正直こわくて目をそらし周りを確認する。そして次に瞠目するのは私のほうだった。
 どうやら私は大きな白い花の花弁に座っているらしい。座れるくらいの花って聞いたことがないんだけど、これは一体どういうことなんだろう。否、冷静に考えれば気付いたのだが理解したくなかった。

 ―――まさか私、縮んでる?

 まさかね、と笑い飛ばす気力が存在しなかった。大きな男の人、大きな花、そして私を囲うようにして咲き乱れる花々と青々と覆い茂る草は私を簡単に隠せるくらい巨大だ。頬が引きつるのもそのままに、再び男の人へと顔を戻した。
 男の人は「やまおとこ」と言われて納得できるような外見だ。髪はボサボサ、ヒゲも生え放題。でもその髪もヒゲも、ついでに眉毛と睫毛も色素の薄いブラウンで、見上げている私の視点からだと陽の光によって透けて金色に見える。そんなブロンドの睫毛にかたどられた目はこれまた色素が薄いのかグリーンだ。
 ブリーチでもあてているのかという考えがよぎったが、そんな安っぽい金色でもないし第一睫毛まで染めることなんて出来ないだろう。グリーンの瞳だってカラーコンタクトをしているようには思えない。分析すると総じて天然ものである、と。


「………」
「………」


 意図せず見つめ合う構図になってしまった。ううむ、どうしよう。私って英語あんまり話せないんだよね。出来て中学生で習ったところくらいまで。でぃすいずあぺん、この一文の発音でどれだけ英語が苦手なのか、もとい身体が英語を受けつけないのかわかっていただけるだろう。だって別に英語がしゃべれなくても生きていけるじゃない。日本人だもの。
 なんて現実逃避を試みつつやまおとこさんの目を見つめ続ける。ここは私がアクションを起こすべきなのか、敵(?)の出方をうかがうべきなのか。私がとったのは後者。右も左も自分の状況さえもちんぷんかんぷんな私には行動するなんて勇気はありませんでした。
 そうして暫く相手の出方を探っていると、ゆっくりと手が差し出された。手のひらはまめだらけで、きれいな手とは言いがたいけどなにかしらの努力の証である手は嫌いじゃない。私は手とやまおとこさんとを数度見比べてからおそるおそる花弁から手へと飛び移った。
 温かみのある手はとても居心地が良くてしっくりする。まるで親といるかのような安心感に身体の力を抜いた。
 それにしても本当に大きい。いや、たぶん私が小さいんだけどね。見るからに屈強そうなやまおとこさんなら一握りでぐしゃっと潰れてしまいそう。想像したらゾッとして身震いしてしまった。でもこの手はむしろ壊れ物を扱うかのような優しい手つきだ。手と同じようにきっとやまおとこさんも優しい人なんだろうな。


「…俺と来るか」


 低いバリトンボイスはやまおとこさんの外見に見合って私の耳に届いた。おお!日本語お上手ですね。これなら安心して私も話せます。
 それから、その問いかけ愚問ですよ。私がやまおとこさんの手に乗った時点で覚悟はできているってもんです。逆に連れていってもらわないと困る。なんにもわからない場所に放り出されたら確実に死期が近づくもん。


「はい」


 頭の中ではぺちゃくちゃおしゃべりを楽しんでいても、口に出たのは簡単な肯定だけだった。人見知りなんだからしょうがないのです。初対面なんてこわくてガチガチに固まっちゃう。だけどやまおとこさんは安心するからあんまり警戒はしていない。それでも緊張はするから返事は一言だけ。声がうわずらなかったのが救いだ。
 やまおとこさんは私の言葉にまなじりを僅かに下げた。そうするとちょっぴり強面なのが和らいだ。もしかして、やまおとこさんってイケメン?髪を整えてヒゲを剃ればかなり美形なんじゃ?疑問をぶら下げながらも歩き出す彼に身を委ねた。



中編

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