コンビニラバー 深夜のコンビニ。客はそう多くはない。来店するのは大抵くたびれたサラリーマンやOL、夜遊びしていると一目で分かる大学生くらい。今はサラリーマンが一人、雑誌を立ち読みしている他、誰もいない。 私はレジにつっ立って欠伸を噛み殺す。本屋だったら注意しなくちゃいけないんだろうけど、コンビニはそれほど厳しくない。どこのコンビニでも同じだ。と思う。 「いらっしゃいませー」 マニュアル通りの言葉を、今しがた来店した客にかける。誰が見ても作ったものだと分かる笑みを浮かべて。しかし、客の顔を視界に入れて目を見開く。愛想笑いもストンと抜け落ちた。 「あれ、由実じゃん」 「…勇気」 ワックスで金髪を逆立て、数個のピアスで耳を装飾した男。外見はチャラ男だが、性格は穏やかで気さくであることを私はよく知っている。私は彼と幼馴染なのだから、当然だ。 勇気は驚いて私を見た後、すぐに笑いかけてきた。元々垂れ目なのが更に垂れて甘い印象を覚える。このへにゃりとした締まりのない顔を見るのはいつぶりだろうか。お互い大学に入ってからは全く会っていなかった。ということは2年ぶりか。 「久しぶりだなぁ。大学入ってから全然会ってねぇし」 「勇気?誰なの?」 隣にいた女の子が不思議そうに私と勇気を見比べる。失礼ながら、バレない程度に観察させてもらう。ミルクティー色に染めた髪はボブカットで、女の子らしい印象。服もブラウスにスカートといったシンプルながら可愛らしいデザインのものを着ている。 まさに、「可愛い女の子」だ。 「幼馴染。家が隣なんだ」 「はじめまして、市川由実です。彼女さん?可愛いね」 「三浦香亜子です。可愛いだなんてそんなっ」 「おいおい由実、俺の彼女を誘惑すんなよ」 にっこりと微笑んだら、彼女さんは面白いくらいに真っ赤になった。こういう反応には慣れている。私はどうやら女の子に好かれる顔立ちをしているらしい。何かイベントがあるたびに男装させられていた。共学だったのに、何故か女の子にキャーキャー言われて男子に睨まれたのは苦い思い出だ。 勇気は彼女さんを抱き寄せた。スッポリ腕の中に収まった彼女を羨ましく思う。私はその位置に行けないから、余計に。 「別に誘惑なんてしてないよ。人聞きの悪い」 「無自覚たらしめが」 「由実さん、とても美人でカッコイイです!」 「かあこ!?」 「ふふ、ありがとう」 思いがけない言葉に、自然と頬が緩む。未だに頬を赤く染めて、私を見る目はキラキラと輝いている。小動物っぽくて面白い子だ。 「かあこ、俺は?」 「由実さんには負けるね」 「ゆーみー!!」 「嬉しいこと言ってくれるね」 彼女さんは嬉しそうにはにかんでいる。可愛いの一言に尽きる。…もし、私が「可愛い女の子」だったら。勇気は振り向いてくれただろうか。 「俺はともかく。由実は?彼氏出来たかー?」 「フリーよ」 「つまらんなー。俺が紹介してやろうか?」 「将来ハゲてしまえ。そういうの、大きなお世話って言うの」 落ち込む勇気に小さく笑った。胸が痛いだなんて、馬鹿みたい。まだこいつを好きだなんて、私もまだまだだ。忘れようと思ってこの二年間は何人かと付き合った。けれど、やっぱりしっくりこなくて別れてしまった。今はレンアイをするのは苦しいから、暫くは誰とも付き合わないと決めている。 「男のデリケートな部分に触れるなよ」 「だったら脱色するの止めたら?」 「無理」 「…ふっ」 「鼻で笑いやがった!」 ぎゃあぎゃあ五月蝿い勇気。香亜子ちゃんは愉しそうにニコニコとやり取りを聞いている。私にも、彼女がとても良い子であることはこの短時間で分かった。だから、私は笑って言うのだ。 「香亜子ちゃん」 「はいっ」 「こいつ、こんなんだけど一途で良い奴だから、ハゲても見捨てないでやってくれる?」 「一言多いんだよ、お前は」 彼女はクスクスと笑いながら勇気の腕の中で頷いた。 後悔はしていない。心残りはある。好きだと言えば良かったとは思う。けど、今ある幸せを壊したいわけではないのだ。チラリと見えた、香亜子ちゃんの左手の薬指に見えた銀色。彼らが結婚する時、私はきっと心から祝福出来るだろう。 誰にも知られずにこの恋が終わっていく。 (それまではどうか、あなたのことを想っていてもいいですか) return |