サイキンノワカモノハ | ナノ




サイキンノワカモノハ






 "今の若者はなっていないとうるさい大人。その若者を育てたのは他でもない馬鹿にしている当本人であるのにそれを認めようとしない。古代から言われ続けている最近の若者は、という言葉はきっとこれからもなくならないのだろう。なっていない若者である私も今を生きているのに馬鹿にされ続けるのはやはり気分が悪い。ゆとりだとうるさい世間も、そんな世の中を形成したのはその世間だということに気づけばいい。そも、学歴重視の世間自体が間違っているのではないか。"





 ルーズリーフに綴られた言葉の羅列は、なんとなく、不快になる。私自身が書いたというのに。消しゴムを握りしめた手を緩めた。だって、これは他でもない私のホンネなのだ。考えなのだ。消さない。消すんだったら翻せばいい。




"いや、5000年前の古代エジプトでも最近の若者は、と言うのだったら、今それを言っている人だって若者だった時は言われていたはず。だとしたら私はその言葉を悔しくとも甘受するしかないのだろう。馬鹿みたいな循環は、きっとこの先、私がつまらない大人になった時にも起こるはずだ。人間はいつまで経ってもつまらない人間にしかならないのだろうか。"




 そこまで書き終わってから小さく息を吐いた。あのギゼン盗み見事件から自重して、あの男子が近くの席にいない授業の時に書くようにしている。思考が渦巻き、手がうずうずする時があっても出来る限り書かないように努力している。
 自意識過剰と思うなかれ。ふと顔を上げるとこちらをじっと見つめる双眸に出くわすのだ。確実に見られている。目が合うとまたあの榛色の目を細めて唇をつり上げるのだ。おそろしい。私は常に警戒しなければならない。なんということだ。あんな失態をしなければ今頃は悠々となんちゃってテツガクを書いていたのに。
 私はあの男がいつしか苦手になっていた。書き留めたなんちゃってテツガクは丁寧にファイルに閉じている。いつの間にかソレは随分溜まっていて、授業の板書ノートよりも場所をとるようになっていた。どうしてくれようか。
 頭の中で財布の中身を思い出す。今日はお小遣い日の一週間前。懐は寒い。野口英世が一枚、財布に住んでいた気がする。まあ、ファイルをひとつ買うくらいなら余裕がある。放課後は文房具屋に寄ることに決めた。





「…あ、」


 嫌な、声を、聞いた。聞こえないフリをしたのに、向こうはKYの道を堂々と歩むらしい。あの忌々しい薄い唇で言葉を紡ぐ。


「松本さん」
「…、」


 我ながら、失礼なほどに顔を歪めている自覚はある。しかしどうしようもなかった。あの恥ずかしい独白を、この男はその手中に入れているのだから。


「ナニ買いに来たの。ファイル、と、ルーズリーフ?」


 私の手元を覗き込んでぬけぬけと言う。声を出したくなくて頷くだけに留める。こいつには本当に嫌なところを見られてばかりだ。

 松本さん、いつも同じファイルにルーズリーフ挟んでるよね。それは、例の、アレ用?

 妙に鋭いところがとってもとぉってもうざったい。それに、なんだ、いつものって。いつも見ているのか。いや、実際に見ているな。見るんじゃない。減る。減らないけど、減る。
 ぶちぶちと心の中で文句をいえども、本人に言えるほど度胸が据わっているわけではない。私よりも10センチは高い男の顔を見上げて、すぐに目を逸らした。いつもの軽薄そうな顔が透き通っていて、見ていられない。やはり、苦手だ。


「また、見せてよ」
「…気が向いたら、ね」


 早くこの場から逃げたくてレジに向かった。追ってこなかったことにホっとした反面、なぜかもやもやと心を何かが覆ったことには気づかぬフリをした。

return