醜い嫉妬ごと息絶えてしまえばいい







 おれの大好きな人が、目の前を横切った。見知らぬ女の人が、彼の隣で上品に微笑んでいた。
 腕を組みさえしていなかったけれど、彼のパーソナルスペースの内側には確実に入っていて、おれの醜い嫉妬がむくむくと心を覆い茂った。
 そんな2人の姿はお似合いでしかなくて、やはり彼も女の人の方が好きなのだろうか、と自信がしおしおと萎れていく。
 自分が釣り合わないことくらい分かっている。彼は少し面倒臭がりだけど基本的になんでもこなしてしまう。おれが彼に勝てることなんて全然出てこないくらいに。
 彼の方が年収高いし、料理も美味しいし、恰好良いし。
 ほんと、おれのどこがいいのだろう。
 卑屈なおれなんて面倒でしかないのに、彼は俯くおれを優しく笑って抱きしめてくれるのだ。
 こんな平凡な下っ端サラリーマンのどこを好きと言ってくれるのか、理解出来ない。
 おれが彼の立場なら面倒の塊みたいなおれなんてすぐに見捨てて違う人を捕まえるに決まっている。


「どうしたの、暗い顔して」
「…なんでもない」
「そう?」


 マンションに帰ってきた彼を出迎える。彼は不思議そうに首を傾げて微笑んだ。
 穏やかな笑みがいつもどおりでホッとしてしまうあたり、おれはほんとこの人がいないと駄目なんだろうなと思う。
 別に依存してるわけではない。今すぐ彼と別れてもひとりで生きていけるくらい自立しているけど、やっぱり傍にいたいと思う。
 いなくてもいいけど、誰かをパートナーにするのなら彼がいい、そんな感じ。
 彼と別れたらこんなややこしい感情ともおさらば出来るのにな、なんて考えること数知れず。
 それでも今もこうして彼の隣にいるということは、つまりは、そういうことだ。


「好きだよ」


 彼のそんな一言で醜い感情が霧散するくらいには、おれも彼のことを愛している。
 額に降ってくる唇を甘受しながら、泣きそうになる。
 醜い嫉妬ごと息絶えてしまえばいい。
 そんな臆病なおれを、彼はまるっと受け止めて微笑む。嫉妬を綺麗な感情だとは言えないけれど、と前置きして、嬉しいよ、と笑う。
 それだけ愛してくれてるんでしょう、と本当に嬉しそうに笑うものだからおれも嬉しくなってしまうのだ。
 おれの恋人は、おれにとても、甘い。


「そんな君が愛しいと思うよ。馬鹿だって笑うかい?」
「笑わない、だって」
「だって?」


 おれも馬鹿だから。
 言葉を呑み込んで彼の唇に触れた。




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