無意識じゃいられない | ナノ




無意識じゃいられない







 おれには、幼馴染がいる。生まれた病院も一緒で、家も近いから家族ぐるみで付き合いがある。もう16年目に突入しているけれど、今も昔も仲が良い。
 おれは今日もまた幼馴染の部屋に転がり込み、ベッドを占領してウトウトしていた。これほどにまで図々しく身勝手に出来るのは、家族以外には幼馴染しかいない。
 幼馴染はいつだって人の中心にいる人だ。彼が笑うだけで華やかになる。そこそこイケメンで、話し上手で、頭はあまり良くないがスポーツ万能。男女ともに好かれる人物である。
 一方でおれは引っ込み思案な上に人見知り。本当に友達と言える存在なんて、両手で足りるくらいしかいない。休み時間になれば図書室に行くような、絵に描いたような文学少年。だと幼馴染によく言われる。
 そんなことはない。好きな本は純文学です、なんて言えるほど高尚な人間なわけがない。ライトノベルが好きで、少年漫画(ギャグ寄りの)が好きなそこらへんにいる凡庸な男である。
 出来た幼馴染がいることに対して、優越感も劣等感も憧憬も抱く、普通の人間だ。人気者な幼馴染に嫉妬するような、ふつうの、特出したもののない人だ。…それなのに。


「かわいいな、くそっ…」


 まどろんでいるとそんな声が聞こえた。瞬間、唇に柔らかい感触。
 突然の出来事に声をあげそうになり必死に留める。すっかり目が覚めた。ばっちりだ。さっきのはなんだ、夢?そんなわけがない。寝たふりをしながら顔に熱が集まるのを感じた。
 …キス、された、よな?どうしよう。どういうこと。待って、整理しよう。
 おれは幼馴染のベッドで寝ていた。そうしたら「かわいい」とつぶやいて、キスをされた。…かわいいっていうのはおれのこと、だろうか。この状況からいうと、そうなんだろう。
 気配が遠ざかってドアを閉めた音がした。ガバリと起き上がる。唇に震える手を押し当てた。どうしよう、どうしよう。そればかりが頭の中をぐるぐるとかき混ぜた。


「…でも、」


 ふと思った。


「いやじゃなかった、な…」


 声に出した内容を反芻して頭を抱えた。本当に、どうしてくれよう。男同士だというのに。
 今までなんとも思わなかったこのベッドでさえ、あいつの匂いが染みついていると思うとどくどくと心臓が暴れ出す。どんな顔をして幼馴染に顔を合わせればいいのかさえわからない。いや、混乱してるな、おれ。そういう問題じゃないだろう。
 おれのことを「かわいい」と思い、そしてキスをした幼馴染は。おれのことを。


「…すき?」


 ボンっとこれ以上ないくらいに顔が赤くなった。うわあああ。考えないようにしていたのに。
 ただひとつわかったのは、幼馴染の唇はおそらく、きっと、直視できないだろうということだけだった。


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