ギゼン







"美しくありたいと願うのは美しくないからで、優しくありたいと願うのは優しくないから。だったら私が優しくなってしまったなら、優しくなりたいと願うことがなくなる。それはそれで寂しい。だから私はこの先ずっと優しくなくていいし、優しくありたいと願いたい。そうやって生きていたい。私を構成するすべては偽善でいいし、正義でなくてもいい。そう考える私は異常なのだろうか。"










 私はルーズリーフに走らせていたペン先をぴたりと止めて黒板を見る。白いチョークの粉が舞い落ちる様子は、エコを馬鹿みたいに謳う人間を嘲笑っているかのようだった。
 ぼーっとしていたせいで、前から回ってきたプリントに気づかなかったらしい。前の席に座る男子が振り向いて私のルーズリーフをじっと見つめていた。


「ッ」


 それに気づいた私はルーズリーフをぐしゃりと丸め込んだ。今にも顔から火を噴きそうだ。男子はぱちりぱちりと目を瞬いて丸めたルーズリーフを持つ手からゆっくりと私の顔へと視線を滑らせた。
 人懐っこいアーモンド型の瞳が私をひたと見据える。すべてを見透かされているような、そんな気がして恐ろしさに体が震えた。


「松本さんはギゼン?」


 なんでもない風を装ってプリントを受け取ったというのに、それでも前を向こうとはしない男子が形の良い軽薄そうな外見の通り薄い唇を動かした。
 見なかったフリをしてくれたらいいのに、なぜ。忘れてくれたらいいのに、なぜ。
 榛色の瞳がゆるく細まる。気持ち悪いくらいに凪いだ瞳を見ていられなくて、ついと目を逸らした。


「ソレ、要らないならチョーダイ」


 真っ直ぐな目に動転していたからだろうか。あっさりと抵抗する暇もなくぐしゃぐしゃになったルーズリーフは彼の手に収まっていた。


「な、なん、」
「俺は好きだな、ギゼン」


 だって、正義振りかざすよりも、悪役っぽくてカッコイイじゃん?

 こっそり、誰にも聞かれたくないような秘密を話すように、私にだけ聞こえる音量でそう言うと、彼は何事もなかったように前を向いた。
 呆然と、何も考えられぬまま、新しいルーズリーフを取り出して機械的に黒板をうつした。隅っこの、日付を書くところに"偽善"と書いて、消しゴムで消した。

 前の席では、肘をついて黒板を見る男がいた。

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