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フレグランス












「…ん…」


 カタリ。机に伏せて寝息を立てていた海が音に反応して顔を上げた。寝ぼけているせいでトロンと蕩けたダークグリーンの目を瞬かせる。


「…寝ちゃってた」


 机の上で広げられた分厚い本は、すっかり愛読書となった『魔法全書』。幾度も読み返し、完璧とまでは言えないがほとんどインプットしている。海は栞を挟もうとして、ふと動きを止めた。鼻腔をくすぐったすっかり馴染みとなった香りの元を辿る。


「上着、掛けてくれたんだ」


 ずるりと肩から落ちかけた上着を慌てて引き上げる。丁寧に畳んだあとにぎゅっとそれを抱き締めると、ヴァンがいつもつけている香水と、彼自身の匂いとが混じった香りが海を包み込んだ。


「…何してんだ」


 香りを堪能していると、後ろから怪訝そうな声をかけられて飛び上がった。恐る恐る振り向くと、眉を寄せたヴァンが立っていた。海は自分がしていた行為が変態臭いことに気付き慌てる。


「え、えっと」
「ん?」


 わたわたする海に首を傾げて促す。目を泳がせつつ、海は口を開いた。


「その…ヴァンさんの匂いが…」
「俺の匂い?」
「…嗅いでいると、落ち着くんです」


 頬を上気させて顔を背ける。恥じらう海のなんと愛らしいことか。ヴァンはクツリと喉の奥で笑った。それを聞いて海はますます身体を縮こませる。小さくなった彼をグイと掴んで引き寄せた。驚きながらもされるがままにヴァンの腕の中にスッポリと収まる。


「本人がいるんだからそれは要らないだろう?」


 まだ持っていた上着を取り上げて机の上に乱雑に置くヴァン。


「落ち着くのならいつでもこうしてやる」


 見上げると、エメラルドの瞳が優しく眇められていた。海は熱い頬をそのままに、おずおずと腕を背中に回す。そうして包まれる香りが海の表情を緩ませた。


「…ありがとうございます」
「どういたしまして」


 この世界で最も安心できる場所で、海は綺麗に微笑んだ。


end


80万打リクエスト「海とヴァンの無自覚に甘い日常」をテーマに書かせていただきました。恐ろしく甘いです。無自覚バカップルなのは仕様?これが日常だとしたら精霊達には目に毒ですね(笑)お粗末様でした!



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