ジュケンベンキョウ3 | ナノ

ジュケンベンキョウ3












 もうセンター試験まであと3日。ここまで間近に迫ってくると、どうにも落ち着かない。焦っているわけではないんだけど、どうしても勉強をしていないと不安になってしまう。まあ、簡単に言うと寝られない。布団に入っても眠くならなくて、じゃあこのままずっと起きているんだったらいっそのことと思って勉強していると、窓の外はすっかり明るくなっていた。
 あー、やっちゃった。今日も学校あるのになあ。そんなことをぼうっとしながら思う。ふと自分の右手を見ると、小指が黒くなっている。


「真っ黒…洗わなきゃ」


 椅子の上で伸びをすると、コキッという音が響いた。息を一つ吐いて、一階に下りるとお母さんが私の顔を見てギョッとした。


「おはよー」
「おはよう。笑鞠、どうしたの?その顔。酷い隈よ」
「ちょっと寝れなくて。そんなに酷い?」
「顔色も悪いわ。今日は学校休んだら?」


 いくつか会話を交わしながら洗面所に向かう。すると鏡に映った自分の顔を見て目を剥いた。こりゃお母さんがギョッとするわけだわ。今にも倒れそうな顔してるし。無理にでも寝た方が良かったかなあ。でも、あのまま布団の中にいても寝れなかったと思うし…。
 グダグダ考えながら手を丁寧に洗った後に顔を洗う。顔を洗えば少しはマシになるかなあと思っていたんだけど、そう現実は上手くいかないらしい。鏡の中の自分は真っ青だった。


「笑鞠、やっぱり休んだ方がいいんじゃない?」
「うーん」


 でもなあ、休んでも結局勉強しちゃう気がするんだけどなあ。椅子に座って目の前に置かれた朝食を食べながら考える。勉強するなら、学校行った方が上じゃないかな。


「学校行くよ」


 お母さんは何か言いたそうに顔を歪めたが、「そう」とだけ言ってそれ以上は追求しなかった。


「―――あ、美波おはよー」
「笑鞠?どうしたのよ、その顔」


 登校してきた美波に声をかけると、それに気付いた美波が顔を顰めた。そんなに酷い顔かな、と頬を手でさすってみる。


「なんか寝れなくてさ」
「休んだ方がいいんじゃないの?」
「うん。でも家にいても勉強しそうだったから」
「…無理はしないようにね」


 みんな心配性だなあ、とその時は笑っていたが、2時間目が終わった瞬間倒れてしまい保健室行きに。やっぱり休めば良かったと今更ながらに後悔しながら、保健医が自宅に電話をかけるのをベッドで大人しく見守るのだった。


◇◇◇


 お母さんに連れ帰ってもらって帰宅。そして強制的にベッドに寝かされたんだけど、やっぱり眠くならない。これって不眠症ってやつなのかな。そういえば最近まともに睡眠取ってないや。なんてつらつらと考えるが、やはり目はパッチリ。寝ているだけで何もしないのもな、と英単語帳を手にとって捲る。ベッドに寝ておかないと怒られるから、妥協してすぐに隠せるだろう英単語帳にした。
 何度読み返したか分からない手の中の小さな本を、ゆっくりと目を走らせていく。そして。


「今日も休みなさいね」
「…はあい」


 翌日、体調を崩して発熱してしまった。これは本気で寝ないとヤバいと頑張ってみるものの、10分後には目が覚めてしまう。本格的にどうしようかと考えていると、なんだか涙が出てきちゃった。おおう、情緒不安定じゃないか!そうは思っても涙は止まらずに頬を流れ続ける。
 どうやって止めようかと考えていると、ふと涼君の顔が頭を過(よ)ぎった。好きな人。報われない思い。恋って楽しいだけじゃないって聞いたことはあったけど、何も今どん底に突き落とさなくてもいいじゃないか。涼君にとって私は、ただの妹みたいな存在。好きな人は別にいる。『失恋』その二文字が胸に重くのしかかる。
 知っていたよ。私じゃ釣り合わないことなんて。ああ、負のスパイラル。この状態ではどんどんマイナスに考えてしまうとは分かっていても止められない。辛い、痛い、好き、でも報われない。


「…会いたい、な」


 ポロリ、大粒の涙がまた一つ零れ落ちたその時ノックが聞こえた。慌てて服の袖で顔を拭いてから返事をする。


「どーぞ」


 お母さんだろうと腹をくくっていたから、入ってきたその人物を目にして凍ってしまった。


「大丈夫か?」
「…涼、君?なんで」
「体調崩したって聞いて、見舞い」


 涼君は呆然とする私のベッドの近くまで来ると、床に腰を下ろした。涼君は私を見下ろして僅かに眉を寄せる。


「泣いたのか?」


 するりと頬に大きな手が添えられる。目尻を親指でなぞられてドクリと大きく心臓が跳ねた。会いたいとは思ったけど、会いたくないというのも本音だった。会ってしまったらこの気持ちは枷を失う。今、私に優しくしないでほしかった。


「………」
「どうした?」


 会いたかった、会いたくなかった、二つの気持ちがせめぎ合って何も言えずに黙り込んだ私を、涼君は覗き込んだ。目の前にある瞳に映る私は目が腫れてブサイクで、そんな私を見られたくなくて布団の中に潜ってしまった。いやいやこんなとこで乙女を発揮しなくてもいいから自分!
 自分に対してツッコミを入れながらも、一度隠れてしまってはどうすることも出来ずにじっと身体を固まらせていると、不意にポンポンという優しい振動が伝わった。


「………」


 涼君は何も言わずに、ただ私を優しく撫でていた。そんなことされると、泣いちゃうじゃんか。ポロポロと落ちる雫を止める術を私は持っていない。
 涼君、あのね。私、涼君のことが好きだよ。だからね、お願いだから優しくしないでください。余計に辛くなるから。
 ゆっくりと微睡(まどろ)みが襲う。ゆらゆら揺れる思考の中で、最後に捉えたのは涼君の低く優しい声だった。


『おやすみ、笑鞠』


end


早くくっついちまえ!と思いながらくっつかないこのもどかしさが初々しい。…あれ、まだ続くの?



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