ジュケンベンキョウ2 | ナノ

ジュケンベンキョウ2












「なにってそりゃ、恋でしょ」
「………………鯉?」
「古いよ、そのボケ」


 え、『コイ』って『恋』ですか!?
 思わずレモンティーの紙パックを握りしめてしまい、机の上が大惨事に。慌ててハンドタオルを鞄から取り出して机を拭きながらさっき親友である美波(みなみ)に言われたことを反芻する。
 今、私は学校に来ている。3年生だからか、午前中の授業で『ハイ解散』なんだけど、私は補習を取っているから午後にもちゃんと授業がある。美波はもう私大に合格していて午後の補習も取っていないんだけど、いつも昼食を一緒に食べてくれる。
 そこで私は彼女に涼君と一緒にいる時に胸が痛くなるという話をサクっと話したんだけど、その返答が『恋』だって。…まっさか〜!


「私が恋なんて似合わないよー。何をおっしゃる美波サン」
「笑鞠の方が何をおっしゃるか。あんた結構モテるんだよ?」
「なんですって!?」


 なんじゃそりゃ初耳だ!目を丸くする私に、美波はニッコリ笑って言い放った。


「あたしが駆除してるからね。気づかなくてもしょーがないよ」
「駆除!?美波ってば何してんの!」
「やだ、ただの虫退治よ。あたしの親友は安くないからね」
「安いとか高いとかの問題なの、それって」
「うん」


 だ、大事にされてるってのはわかりましたが。私の知らないところで美波がそんなことしてただなんて…。


「笑鞠って恋したことないの?」
「…生まれてこのかた、一度もしたことありません」
「天然記念物がここにいる!」


 天然記念物って何さ。酷くない?
 だってさあ、友達でいいって思っちゃうんだもん。友達だったら別れることもないし、気まずくなったりしないじゃん。そう言うと、美波は呆れた顔をした。


「笑鞠、あんたねえ。友達じゃキスもエッチも出来ないでしょ」
「…美波サン、ここ教室なんですケド」
「気にしない気にしない」
「気にしてクダサイ」
「だーかーらあ。友達じゃなくて、もっと親(ちか)しい関係になりたいって思ったことないの?」


 彼女の言葉について考え込む。親しい関係って言われてもねえ。あんまりピンとこないんだよなあ。男友達もそれなりにいるけど、やっぱりそういう風には考えられない。
 暫く考えてふるふると首を横に振る。


「じゃあその涼サン?はどうなの」
「涼君でそんなこと考えるのはおこがましいっていうか、私釣り合わないもん」
「あーもう面倒!だったら聞くけど、涼サンに彼女が出来るの嫌じゃないの?」


 むむむ。涼君と、私の知らない女の人が仲良く歩いているところを想像してみる。


「………嫌、かも」
「でしょ!?」


 美波の顔がパッと輝いた。「だからそれは恋なんだって」と言われるけど、でもこれってただお兄ちゃんを取られたくないっていう妹みたいな感情じゃないの?


「ダメだわこの子…」
「ダメってなによー」
「お姉さんはもどかしくて見ていられません!」
「誕生日私の方が早いよ」
「細かいことは気にしないの」


 そんなこんながあり、昼休みは終了。午後の補習をみっちり受けて帰宅。制服のままボフリとベッドに倒れ込んだ。


「『恋』…かあ…」


 呟いてみるけど、やっぱりわからない。恋ってどんな感じ?まさか少女漫画みたいなキラキラしたものではないでしょ。恋、ねえ…。


「私が、涼君を『好き』…?」


 言葉にしてみると、ドクリと心臓が跳ねた。同時に顔に血がのぼってガバリと起き上がった。頬に手を添えると、発熱している。部屋にある姿鏡に映るのは真っ赤な私の顔。


「…うそ」


 本当に、私ってば涼君に恋しちゃったの?


「うわーどうしよ」


 両手で顔を覆う。今日も涼君が来るのに、どういう顔をすればいいのかわからなくなっちゃった。いつもどんな顔してたっけ?
 冷静に、いつも通りに、と考える都度自分がわからなくなる。でも、とも思う。涼君はこの前『好きなやつがいる』って言っていた。私にはもう勝敗が決まっているに等しい。自覚した途端失恋ってキツイなー…。


「まあ、考えても始まらないか。涼君のことが好き、それだけ」


 今、気付いたこの気持ちを大切にしよう。初恋は実らないって言うしね。自分で言っといて切ないや(笑)


「笑鞠、涼君来たわよー!」
「はあい!」


 階下から聞こえてきた母の声に元気よく返す。ベッドから起きて、姿鏡を見て乱れた髪を直す。
 おお、これが恋する乙女か。自分で感心しながらクスリと笑った。


「笑鞠ー?」
「今行くー!」


 部屋で深呼吸をして息を整えてドアを押し開けた。玄関に向かえばいつも通り眼鏡をかけた涼君の姿が。なんだか少し恥ずかしくて、でも会えたことが嬉しくてはにかんだ。


「いらっしゃい、涼君」
「おう。今日はご機嫌だな、何かあったのか?」
「内緒ー!」


 いつか、この気持ちを伝えられたらいいな。


end


相変わらず焦れったい人たち。

●高梨笑鞠(たかなしえまり)
高校3年。受験真っ只中。ものすごく鈍い。

●山瀬涼(やませりょう)
大学3年。就活真っ只中。笑鞠の家庭教師。

○美波(みなみ)
笑鞠の親友。姉御キャラ。



←||→

.