ジュケンベンキョウ 「ねえねえ涼君」 「先生と呼びやがれ」 「せんせーは彼女いるんですかぁ?」 ワザと可愛い声を出して無邪気さを装って聞いてみた。すると涼君は面倒そうにレンズ越しの視線を私に寄越した後、深く溜息をついた。 「んなこと言ってないで早く問題やれ」 「えー」 口を尖らせながらも大人しく問題集に向き合う。 彼、山瀬涼(やませりょう)君は私の家庭教師。21歳の大学3年生で、絶賛就職活動中。一方、私は高梨笑鞠(たかなしえまり)、高校3年生。大学受験のため勉強中。 大学には、行かなくてはいけないんだと思う。目標とする大学も、ある。でも、時々本当にその大学に行きたいのか、行って何をしたいのかがわからなくなる。将来の夢をまだ見つけられないでいる私にとって、何が自分のためなのかまだわからないでいた。 文系だから、英語と国語が中心。国語はよしとして、問題は英語。なーんかこう、しっくりと来ない。大体の内容は理解出来るんだけど、肝心なところはわからない。たとえば、傍線部を日本語訳にしなさい、とか言われると詰まる。変な日本語になっちゃうんだよね。なんでだろう。たぶん、私は通訳とか翻訳とかいう職業には全く向いてないんだと思う。 「えーっと、『心理学者は不況に陥った何百万という人々を救ったが、彼ら全員を幸せには出来なかった。』…なんじゃこりゃ」 「何で不況…depressionは不況ともう一つ意味があるだろ」 「んー…?」 「憂鬱。覚えとけ」 「おおう」 ということは正解は『心理学者は何百万という鬱病の人々を救ったが、彼ら全員を幸せには出来なかった。』だね。おおおおお、日本語になった! 「お前は微妙にズレてんだよ。ほら、次の問題」 「うーんと、『巣を使う空間の範囲に限りがある鳥もいれば、一方で狭くなったとき、自分の卵を食べる昆虫もいる。』うわ、共食いじゃん」 「正解。よく出来ました」 涼君はポンポンと私の頭を軽く撫でた。離れていく手を見て名残惜しく思う。寂しい気がするのはたぶん、私にとって涼君はお兄ちゃんみたいな存在だからなんだと思う。まあ、兄弟いないんだけど。 そう、お兄ちゃんだから寂しいんだ。 「涼君、私のお兄ちゃんになってよー」 「お前みたいな妹は要らん。次」 「うう…つれないなあ」 『妹』と『要らない』という言葉に何故だか胸が痛んだ。原因不明のこの痛みは、涼君といる時にだけなる。…よくわからない。 「instead ofは?」 「なんちゃらにもかかわらず」 「よし。…おい、someが来たら次は何だ?」 プリントをトントンと叩く彼の指先を辿る。 「あ。others?」 「そう。凡ミスだな。赤で書き直せ」 「はあい」 シャッシャッと赤線を引いた後、その下に答えを書く。私が書き終えたのを見計らって次の問いを叩く。 「これは不可算名詞だからsはつけない」 「ありゃ」 「しっかりしろよ」 そうだった、と頭をかくと肘で小突かれた。 「後はOKだな」 「次はー?」 「長文」 「うげ」 顔を歪めた私を見て涼君は苦笑した。だって長文って苦手なんだもん。雰囲気で読めればそれでいいと思う。 「ボキャブラリー増やせよ。曖昧に単語覚えてるだろ」 「何故バレた!」 「バレてないと思っていたのかよ」 馬鹿だろ、といった流し目をいただきました。全然ありがたくないです。 「涼君ってモテるでしょ」 黒髪は適度にワックスで整えられていて清潔感が漂う。ストイックなカッコ良さがにじみ出ていて、きっと女の子は騒がずにはいあられないと思う。そんな私の発言を、話を逸らしたと思ったのか彼はまた溜息をついた。 「女は好きだよな、ソウイウ話」 「合コンとか誘われそうだよね」 「誘われても行かねぇよ」 行かないんだ。ちょっとホッとした。と同時にやっぱり誘われるくらいモテるんだなあと複雑な気分に。やっぱりお兄ちゃんが取られるみたいで嫌なのかな。私ってそんなに甘えただったっけ? 「…それに好きなやついるし」 「え?ほんと!?誰誰、私の知ってる人?」 「そんなことより問題答えろ!センターまで一ヶ月切ってるんだぞ!」 「…はあい」 しょんぼりした私の頭を、涼君はまた優しく撫でた。胸がポカポカするのに、どうしてだか、また痛みが走る。胸に手を当てて首を傾げながら、敵(問題集)を倒すためにシャーペンを握り直した。 end 焦れったい2人の話は続くのかどうか…。 笑鞠ちゃんはきっと友達に相談して「それって恋じゃん」と言われて初めて気付くんではないでしょうか。そして自覚した瞬間真っ赤になっちゃうウブっ子。 かわいい女子高生をテーマに書かせていただきました!お粗末様です^^ ←|戻|→ . |