にんげんかんさつ2 | ナノ

にんげんかんさつ2












「あのね、明音ちゃん」
「うん?」
「山里くんのことで相談があるんだけど…」


 ごにょごにょと周囲を気にしてか、声のボリュームを落としてそう言った。チラリと新川くんを見やる。彼は自分の席で食べているからきっと夢の声が聞こえたんだろう、かすかに身体を強ばらせたのがわかった。


「どうしたの?」


 夢は視線を弁当箱に落とした。


「明日、調理実習があるでしょ?」
「うん。クッキーだっけ」
「そう。山里くんにあげたいなって」


 目を泳がせてほんのり頬をピンクに染める夢。完全な恋する乙女だ。そんな夢を見る度につくづく女の子だなあと思う。


「いいんじゃない?ラッピング用品は準備した方がいいと思うよ」
「迷惑にならないかなあ」
「大丈夫だよ。甘いものは割と好きみたいだし」


 私がそう答えると夢は目を瞬いた。次いでコテリと首を倒す。


「なんでそんなに詳しいの?」


 ここは素直に白状することにしよう。変な言い訳をして勘ぐられても困る。


「最近人間観察が趣味なの。山里くんも観察対象の一人」
「へー!他には?」
「ナイショ」


 夢は口を尖らせて「えええ」とブーイングした。


「でも、そっかあ。甘いもの好きなんだ」
「うん。この前たまたまチョコレート食べてるところ見かけたから」


 目を丸くして「よく見てるね」と言われた。まあ、趣味だからね。だけど、と目を瞑った。私は誰を応援すればいいのだろう。夢を応援するべきなんだろうけど、新川くんにだって幸せになってほしい。
 私は観察しているうちに、いつしか新川くんのことが気になり始めていた。初めての感情に、正直言って戸惑っている。でも、そこまで強い気持ちではない。見ているだけで充分だ。彼の視界に私は映らないのだから。


「あっ」


 夢が小さく声を上げた。つられて彼女の視線をたどると、そこには山里くんが教室の前の廊下を歩いているところだった。山里くんは夢に気付いたらしく小さく手を振ってみせた。同じように手を振り返す夢。実はすでに仲の良い二人。そのやり取りを新川くんはただ無表情で見つめていた。
 たぶん、いやほぼ確実に山里くんと夢は両思いだ。みんなに分け隔てなく優しい山里くんだが、夢にはそれ以上に優しい。それにあの夢に向けた甘い目を見れば誰にだってすぐにわかる。二人が付き合うようになるのは時間の問題だろう。


「手、振ってくれた」


 えへへ、と頬を染めて笑う夢はとても綺麗だった。新川くんは一瞬だけ彼女を見ると、何もなかったかのように前を向いて再び箸を動かし始めた。その横顔からは彼がどんな気持ちでいるのかは読み取れなくて、余計に切なくなった。なんて無謀な恋をする人だろう。そして、私もまた。


「明日、がんばるね!」
「うん、がんばって」


 夢の笑顔をレンズに映る。レンズは私を繕ってくれる。この時ばかりは視力が悪くて良かったと思う。そうでなければおそらく、私は無表情を保つことができなかっただろうから。


end


御題サイト「確かに恋だった」様から拝借



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