不毛な恋 | ナノ

不毛な恋












 私があの人に初めて会ったのは、私が5歳、その人が14歳の時だった。私は今17歳で華の女子高生。あれから12年の月日が経ち、件(くだん)の彼は26歳。すっかり大人になってしまった。
 彼は兄の親友だった。滅多に他人を家に連れて来ない兄が連れてきたのが彼だった。不良と呼ばれる人種である兄の友達にしては珍しく優男の外見をした彼は、その印象通り私と目線を合わせるためにしゃがんでくれた。その甘い垂れ目に、私は一瞬にして恋に落ちたのだった。
 彼に恋をして、私は早く大人になるように努力した。9歳という年齢差は大きく、私が本気で好きだと告白しても彼は笑って取り合ってくれなかった。やっと高校生になって一人の女として見てもらえるところまで来たと思っていたのに、兄が破顔して知らせてくれたのは私にとって凶報だった。


「あいつ、結婚するって」
「………え」
「結婚式の招待状が届いたんだ。んな相手がいるなんて知らなかったわ。水くせぇよな」


 そう言って拗ねたフリをしつつ、兄はとても嬉しそうだった。私は頭の中が真っ白になって、どうやって自分の部屋まで戻ってきたのか覚えていない。


「…けっこん」


 「結婚」。その二文字が重くのしかかる。今までの12年間すべてをあの人のために捧げてきたと言っても過言ではない。それが今、無駄になったことを知った。涙は出ない。ただただ呆然とベッドに腰かけるだけだった。


「幸(さち)、来てやったぞ」


 そんな時、ノックと共に部屋に入ってきた男は虚ろな私を見て眉を潜めた。無言で私の隣にドカッと座る。


「…聞いたのか、兄貴のこと」
「………」


 小さく頷くことしかできなかった私に対して、男は頭を掻いた。この男は叶(かなう)。22歳で今年社会人デビューした、私の好きな人の、おとうと。


「…知ってたの」


 結婚のこと。尋ねた声は震えていて弱々しかった。


「…まあな」


 この男は私のことを笑っていたのだろうか。私が彼のことが好きなことを知っているくせに、彼が結婚することを知っていたくせに。そう考えたらカッと頭に血が上った。


「ッ」
「無様だった?滑稽だった?傷ついた私を見て笑って、アンタはそれで満足したわけ!?」


 叶は私が爪で引っ掻いてできた傷に僅かに顔を顰めた。
 ちがう、違う。わかってる、ただの八つ当たりだってこと。
 私はちゃんと知っている。女の子にモテる叶は不真面目に交際したことなんてない。彼とは違って男臭い叶だけど、周囲に気を遣って場を和ませることに長けている誠実な男なんだ。私はそれを知っているんだ。なぜだか私の部屋によく押しかけてくる叶とは、彼と同じくらい長い付き合いだから。
 ごめん。ごめんね、叶。私が悪いんだ。私がただ嫉妬しているだけ。


「…出てって」


 ちがう。こんなことを言いたいんじゃない。


「出てってよ!」


 なんで、なんで。私はそんなこと1ミリたりとも思ってなんかいないのに、口が勝手に言葉を吐き出した。叶が立ち上がる気配がした。顔を両手で覆った私。動きたいのに動けないこのもどかしさ。
 不意に暖かいなにかに包まれた。叶が縮こまった私を抱きしめていた。


「…ごめんな」


 それは私のセリフ。今度はスルリと言葉が出た。


「私こそごめん。…八つ当たり」
「ああ」


 叶は私を離さなかった。それどころか腕の力を強めて私を胸の中に閉じ込めた。鼻をつくのは香水のまじった叶の香り。私が欲しいのはこの人ではないのに、どうしてだか抵抗しようとは思えなかった。
 熱い涙が頬を滑り落ちる。ひとりだと泣けなかったのに、人肌があると安心してしまうのだろうか。それとも、叶だからなのか。


「私、本当にあの人のことが好きだったの―――」



 静かに、12年という長い月日を重ねた恋心が散ってゆく。なんて不毛な、それでも恋だった。
 叶は無言で私の頭を撫でた。その暖かな手が、なによりも印象に残った。


end


御題サイト「確かに恋だった」様から拝借

のちのち叶くんとくっつくといいなあ、と思いながら書きました。癇癪を起こす女の子が書きたかっただけとも言う。



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