フロム・フラワー2 | ナノ

フロム・フラワー2












 青い空に白いシーツがたなびいている。そのコントラストが清々しくて両手を上げてぐんと伸びをした。


「いいお天気だー」


 かくも気持ちが良いと鼻歌を歌いたくなるものだ。ふんふん言わせて身体を反転させると我が家が視界に入った。実際には私が「我が家」と言っていいのか疑問だけど、およそ一年一緒に過ごしているから愛着も湧く。
 玄関に人影を見つけて背中から生えた羽を使って近寄る。その人は私に気付いてのっそりと振り向いた。


「おかえりなさい!」
「…ああ」


 胸板の前くらいに飛んできた私を見て、その人―――オリヴィエールさんは眩しそうに目を細めた。
 お気づきの方も多いだろうがオリヴィエールさんとはやまおとこさんのことである。あの日に私を家に連れ帰ってくれたオリヴィエールさんは親切にも色々と教えてくれた。
 まずはじめにわかったのはここは異世界であるようだということ。武器を携帯するのが当たり前で、魔法は存在しないが精霊やらなんやらがいてそれらを使役する人のことを精霊使い(フェアリーマスター)と言うのだそう。わお、ファンタジック。なんて驚いていたのもつかの間、次いで衝撃の事実が発覚。

 ―――私はどうやらその精霊とやららしい。

 ファンタジーな世界だなあというのはすんなり受け止めることができたけど、さすがに自分自身がそんなファンタジーの一部であることは受け止めきれなかった。すっかりキャパオーバーでそのまま気絶。
 気を失ってから目が醒めるまで3日間という日にちが経っていた。その間、オリヴィエールさんは不眠不休で甲斐甲斐しく私の看病をしていてくれたらしい。私が起きたのを確認して安堵したのかベッドに倒れこんで爆睡。まるっと一日寝ていた。
 驚いたけど健やかな寝息をたてていたから大丈夫だと判断してとりあえず私は起き上がった。幸いなことにドアは開けっ放しだったので行き来し放題。私はひとまず家の中を探索した。一人暮らしなんだろうなあと確信できるくらいに殺風景だった。必要最低限の物品しかなくてどこかもの悲しい。
 私はリビングルームと思わしき部屋にある木目がきれいなテーブルの端に腰かけた。そこでようやく自分の置かれている状況について考え始めた。
 ここは、異世界。日本という母国は存在しない世界。私はどういう経緯でここに存在しているんだろう。私はかつて日本人だった。もちろん性別は女。名前は、………思い出せない。家族も思い出せない。でもこれだけははっきりわかった。日本での私は死んだ。それがどういう理由なのかはわからないけど、十中八九私は死んだんだろうと思う。なんとなくそう確信していた。
 そして気づけば花の香りがして、強くなったと思って目を開けるとやまおとこさんがいた。これは、アレか。流行りの転生とかいうやつか。でも普通縮む?小人になっちゃうとか聞いたことないよ。小槌をください。おっきくなりたいです。
 冷静を装ったけど、内心ではパニックだった。証拠に次から次へと涙がぽろぽろこぼれ落ちていた。目が溶けるんじゃないかってくらいいっぱい泣いた私は猛烈な眠気に襲われて、無意識のうちにやまおとこさんのベッドに潜り込んでいた。寝返りでもうたれてプチッとつぶされなかったのは奇跡だったと思う。
 そして二人同時に起きてお話タイム。そこでやまおとこさんの名前がオリヴィエールということを教えてもらい、名前を思い出せない私にオリヴィエールさんが「ラティーシャ」という名前をくれた。なんだかキラキラしていて私にはもったいない名前だけど、ありがたく頂戴しました。
 そう、名づけてもらったのだ。私は名前がある方が便利だなあ、くらいの軽い認識だったんだけど実はこれがフェアリーマスターが精霊(イコール私)と契約する方法だったのである。知らないうちに従属させられちゃった、テへ。
 オリヴィエールさんは「使役するつもりはないから好きにしていい」と言ってくれたのでお言葉に甘えて好きにさせてもらうことにした。じゃあ使役しないのになぜ契約したのか聞いてみると「…なんとなくだ」といった曖昧な答えが返ってきた。なんか含んでいそうだったけど言いたくないのなら別にいっか、と思って追求しないことにした。
 で、オリヴィエールさんが薬師であることを知った私はお手伝いをすることを決めた。ちなみに私を見つけたのも薬草を探している時にたまたまだったらしい。働かざるもの食うべからず。そんなわけで私は生えていた羽を使って飛行しながら家事をしている。
 小さい身体は便利だと思える時もあるけど、不便な時の方が多い。今日だってシーツを干すのに悪戦苦闘した。人間サイズになりたいなあとしみじみ思う。


「ただいま、ですよ。オリヴィエールさん」
「…ただいま、ラティーシャ」


 むん、と腰に手をあてて訂正するとオリヴィエールさんは小さな苦笑いをこぼして素直に従った。一緒に暮らしてわかったこと。オリヴィエールさんは無口で必要なことしか話さない。ちょっぴりめんどくさがりで洗濯物を溜め込んで一気に洗う人。そのめんどくさがりの証拠がいつも寝癖がついたままのボサボサの髪にめんどうだからと剃らないヒゲ。
 私が初めて「ヒゲを剃ってください」と言った時には無言で反抗された。二回目、特上の笑顔を浮かべて「ヒゲを剃りなさい」と言ってようやくのそのそと行動に移した。どんだけめんどくさがりなんだか。
 そしてさっぱりヒゲのなくなったオリヴィエールさんのお顔は、鳥の巣頭を差し引いても男前だった。予想通りすぎてちょっとどぎまぎしちゃったけど、その後に髪を梳いてあげたらますます美形度が上がっちゃって思わず見惚れた。
 モデル並みの二枚目さんだー!わー!と内心大はしゃぎの中でオリヴィエールさんはキョトンと目を瞬いていた。その様子がかわいいと思ったのはナイショです。男の人に「かわいい」は失礼だもんね。


「用事は終わりましたか?」


 尋ねるとコクリと頷いたオリヴィエールさん。今日の用事は腰を痛めたロリエさんに痛み止めの薬と塗り薬を渡すこと、それとアミンさんの3歳の息子さん、ジェラルドくんが発熱したのでその処方に行くこと。オリヴィエールさんが右手に持ったカゴに様々な薬草が入っているのを見て、ついでに今日の分の薬草摘みも終えたことがわかった。


「ジェラルドくん、どうでしたか?」
「熱は高いが落ち着いている。2、3日でよくなるだろう」


 その言葉を聞いて安堵の息をつく。幼い子どもの病気はへたをしたら命を落としかねない。回復に向かっているのなら安心だ。


「ご飯は温めるだけなのですぐできますよ」
「…ああ」


 二人(この場合私は一匹と数えられるんだろうか)で家の中に入ってそんな会話を続ける。オリヴィエールさんはカゴをリビングルームのテーブルの隅に置いて椅子に座る。


「手を洗ってきてくださいね。あ、うがいも忘れないでください」


 私の言葉に立ち上がり家の庭にある井戸へと向かうオリヴィエールさんはなんだか子どもみたいで微笑ましい。ちなみに私は霊力でいつでも清潔です。霊力というのは精霊だけが使える魔法のようなもの。普通は生活にちょちょいと使っちゃうようなものではなく神聖でありがたい力らしいんだけど、使えるものは使う精神である私は気にせずにばんばん使っている。だって便利なんだもの。
 さてと、いっちょ料理を仕上げますかね。



||

.