幸せの味 「―――森永先生」 「怜那君」 俺が保健室のドアを開けて愛しい恋人を呼べば、彼は頬を緩ませた。つられて微笑んでみせると、森永先生はほんのりと頬を染めてワタワタと慌て出す。 「こ、コーヒー要る?」 「あ、いただきます」 「ちょっと待ってて」 いそいそと備え付けの給湯室に入っていった。汚れの無い白衣が翻るのを見届けて俺はソファに座った。 この保健室独特の空気も、毎日のように来ている為慣れた。先生と付き合い始めて丁度半年が過ぎた。生徒と教師(まあ保健医だが)ではやはり暗黙のルールで恋人になってはいけない。 …という普通の常識はこの学園では当て嵌らない。なんせ教師にまで親衛隊があるから公の場で公表している。もちろん森永先生にも親衛隊はあるが、アッサリと認められた。 正直、その時は思いっきり拍子抜けしたものだ。どうやら事前に先生から報告していたようだ。しかもその"事前"が俺と付き合う前、つまり俺に惚れた時から言っていたそうだ。 それを親衛隊の子からコッソリと教えてもらった時は、少し照れ臭かったけど凄く嬉しかった。愛されてると思えたから。 「お待たせ」 カップを二つ持って戻ってきた先生がコトリと俺の目の前に置いた。コーヒーの香ばしい香りが室内に充満する。何も言わずとも先生は俺の隣に腰掛けた。いつもの定位置である。 「…先生?」 「ん、何?」 「いや…」 そんなに見られると恥ずかしいんだが。 「幸せだなって思って」 先生はそう言って本当に幸せそうに笑った。元々タレ目なのが益々垂れて甘い印象が残る。俺はその顔がとても好きだ。自分が想われているのがよく分かるから。 「怜那」 先生が唐突に俺の名前を呼び捨てにした。俺は驚いて凝視する。この人は滅多に呼び捨てで呼ばない。普段から「怜那ちゃん」だし、そのことについて俺は文句もない。ただ、俺を素のまま呼んだ時は決まって彼が真剣な時だ。 ←|戻|→ . |