欠落人間2 | ナノ

欠落人間2












「…呼べ、静」


 妖しい声で名前を呼ばれた僕は瞠目して体中の毛が逆立つのを感じた。身の危険を感じる。頭の中で警鐘が盛大に鳴るのをどこか遠くの事のように思う。頭で分かっていても体は彼に従ってしまう。


「…じ、ん」


 初めて口にした。彼の本名を知っていても呼ぶ事は憚られた。神聖なものに思えたのも、殴られたくなかったのも嘘ではない。だけれど、一番の理由は。


「もっと呼べ、静」
「じん、陣…っん」


 彼を自分の中に入らせない為…かもしれない。それでももう拒む事は出来ない。壁を破ったのは彼。受け入れたのは僕自身。もう否定する理由を失くしてしまった。
 触れるだけのキスを数回繰り返された後、熱い舌が口内に入り込む。絆されてしまったと自分でも思うけれど「それでも良い」と思う自分も居て、重症だと苦笑する。


「っい!」
「余計な事考えるな」


 ガブリと下唇を噛まれて眉を寄せる。血が出たそれを優しく宥めるように吸われた。ああ、そういえば聞きたい事があったのだと思い出して王…陣の顔を手で押しやった。


「質問しても?」
「…良いだろう」


 不満そうな顔をされたが承諾してくれたらしい。そして漸く遮られ続けた言葉を紡ぐ。


「僕の瞼にどうして口付けたんだい?」


 予測しなかった質問だったのか、陣は不意を突かれたような顔をした。ぼくはどうしても憧憬を抱かれるような覚えは無かった。ただ純粋な疑問。


「…お前だけは」
「?」
「俺を真っ直ぐに見ただろう。恐怖も何も無く」


 それは、そうかもしれない。初めて会った時も今も、陣を恐怖の対象として見た事はない。
 確かに絶対的王者だとは思う。美貌や存在感、威圧感もその他も全て含めても納得する。けれどその前に彼は一人の人間である事を理解していた。敬遠される彼だが、それでも人の子としてこの世に生を受けた対等な人物である事を。



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