欠落人間 | ナノ

欠落人間












「―――王、一つお聞きしたい事があるのですが」


 僕は目前の恐怖すら感じる整った顔を見上げる。ゆうるりと弧を描いていた口が下がった。不機嫌さを漂わせる王に知らず知らずの内に肩を強張らせる。
 彼の威圧感は僕だけでなく周囲の人間をも凍えさせ、空気が異様なほど静かなものに変わる。恐々と此方を伺う店内の人々をこっそり視界に入れた。どう言おうともこの状況にしたのは僕が原因だろう。


「…何ですか」


 面倒な人ですね、という言葉は吐き出す寸前に無理やり飲み込む。ここで言えば更に面倒な事になるだろう。


「敬語はやめろと言ったはずだが」


 表情と同様に不機嫌な美声が静まり返った店内に響き渡る。僕は王の科白に思わず呆れた。


「そんな事」
「俺にとっては"そんな事"じゃあない」


 この人本気で面倒なんだけど。情報によると王は執着という二文字とは無縁だったはずなのだが、これはどういう事だ。いや、僕が彼の表情を知った時点で情報など無効なのだろう。
 別に情報自体が偽りという訳ではない。どうやらこの人は僕に関してのみ平生ではないようだ。嘆息してしまうのは見逃してほしい。


「分かったよ」


 だから王、聞いて良いかい?そう言ったのに相変わらず王の機嫌は麗しくない。今度は何だと首を横に倒した僕は、次の瞬間唖然することになった。


「陣」


 ただ一言。しかし"ただ"の一言ではない事を僕は知っている。王の本名は王維陣。名前に王がついているだなんて似合い過ぎて笑うしかないのだけど、そこは置いておくとして。
 彼の名を口にしたら最期、殴られる。吹っ飛ばされると言っても良い。何にせよ、彼の名前は禁句であることで有名だ。それを今、王は口に出した。その意図は?



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