人に恋した人食い鬼9 | ナノ

人に恋した人食い鬼9












「名前を、聞いても良いかい?」


 妖にとって名前は自分の全てである。真名を知れば、その妖を従わせる事が可能になる。そして、その逆もある。だから誰にも名前は教えない。


―――伴侶以外には。


 私は男を見る。緊張した面持ちの男に、微笑んでみせた。


「私は紅緋(べにひ)。御前は?」
「僕は萌葱(もえぎ)。紅緋、僕と結婚してくれるかい?」


 そんなもの、決まっている。名前を教え合った時点で同意義だというのに、律儀な男だ。


「勿論だよ、萌葱」


 感極まった様子で、男―――萌葱は私を腕に閉じ込めた。顎に手を添えられて、上を向かされる。近付いてくる端正な顔立ちに、抗う事もなく目を伏せれば、唇に温もりが触れた。
 それだけかと思いきや、熱いものが口内に侵入してきてビックリした。退く私の舌を巧みに捉え、搦(から)められる。官能的な動きに、初めての体験である私は早々に蕩けていた。
 漸く離されると唇と唇の間に銀の糸が繋がり、プツリと切れた。我に返って顔を真っ赤に染め上げる。羞恥に襲われて萌葱の顔を見る事も出来ず、俯いていると頬を挟まれて強制的に顔を上げさせられた。



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