人に恋した人食い鬼2 「―――今日も来たのかい?」 屋敷の立派な庭に植えられたこれまた立派な松の木の根元に座って、分厚い本に視線を落としていた男が私を見上げた。私は何も答えずに、朱の着物の袖を風にはためかせながらじっと見据える。 「…御前は相変わらず美味しそうだな」 「そうかい。なら、食べるかい?」 平然と言ってのける男に緩く首を横に振る。男の隣に座り、同じように木の幹に背を預けた。 鶯が鳴く。空は青い。太陽が柔らかく地を照らす。いつもの日常だ。 ―――そう、いつしか日常になっていた。 男に会いに来て、食べる事もせず、隣に居る。それだけ。 「今日は食べる気分じゃない」 男は笑った。 「昨日も一昨日も、その前もそう言っていたじゃないか」 「悪いか」 何となく居た堪れなくなって顔を背けると、穏やかな声が鼓膜を擽った。 「悪くはないけど、そうだな。僕の命はもう残り少ないから、早く食べてしまった方が得策だと思うよ。死んでしまったら、君の言う"魂"とやらは、食べられないんだろう?なら、今がチャンスだよ」 男は生まれつき心臓に病を患っていた。その為世間から離されてこの屋敷から出た事が無いという。 話を聞いた時「なるほど」と思った。魂が汚れていないのは俗世から隔離されているからか。 男は自分の命が残り少ない事に勘づいていた。私にも分かった。不思議と死期には敏感なのだ。 この人間は、そう長くない。なら、さっさと食べてしまえばいい。二度と御目にかかれないような御馳走なのだから。 ←|戻|→ . |