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 コツコツと清潔感の漂う廊下に自分だけの足音が響く。ある一室の前で止まり、一つ息を吐き出してから横引きのドアを開けた。そうして目に入ったのは多くの機材と管で繋がれた一人の女性。


「桜さん」


 ベッドに横たわる彼女の名前を呼んでも返事は返ってこない。分かっていたけれど、それでも。そこにあった椅子を動かしてベッドの傍らに座り、彼女―桜さんの手を取る。死んだように眠る桜さんの手は温かくて、生きているその事実にホっと息をつく。
 桜さん、白露桜さんは僕の従姉妹にあたる人で、とても優しい人だった。僕が両親に酷い扱いを受ける度に心を痛め涙を流してくれた、とてもとても優しい人。それでも僕は両親に暴行を振るわれる時を見られないようにしてきたのだけれど、今までで1番酷かった暴行の瞬間を見られてしまったのだ。
 あれは、何の時だっただろうか。特に意味は無かったように思う。ただ父の会社でトラブルが起こってその怒りの矛先が僕に向いただけ。その時僕は痛みに耐えながら、絶望的な表情をする桜さんを目の端に映した。


(『嗚呼、見られた』)


 そう心の中で呟いて、目をゆっくりと閉じ、眠るように気を失った。

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